第20話 強烈、ネルメ四天王!
楽勝だと思っていた戦争だったのに、見事なまでにネルメ四天王に裏切られ、あっという間に窮地に立たされちまった。
「
ゲームでも使用してきた腐薔薇の騎士の必殺技が、俺の頬をかすめる。避けれたのは運が良かっただけ、はっきり言って剣速が速すぎる。
戦いに関しては完全に素人なんだ。
俺はグリーンスライムでレベル上げただけ。
レベルが二十も違えば大人と子供が喧嘩するぐらいの力量の差があって楽勝だが、相手が大人、しかも武道の達人とあっちゃ、それは俺の許容範囲を超える。
切っ先から動きを読むとか、そういうのが出来るわけがねぇ。単純に目で見て躱す、それで精一杯。 それを超えられちまうと、俺には成すすべがない。
必死になって避けていると、急に世界が暗くなった。いや違う、空からの奇襲だ。見上げるとそこには黒光りする巨大な牙が。
「グオオオオオオォ!」
目の前に壁。いや、ドラゴンゾンビの爪。
ギリギリすぎる。めっちゃギリギリすぎる。
あと一歩前にいたら押しつぶされて死んでた。
「フンヌッ!」
生きてることに感謝する間もなく、今度はオークキングゾンビの戦斧が俺めがけて振り下ろされる。んが、これは前に踏み込んで剣で受け止めることが出来た。
やったぜ……と冷や汗流すところに腐薔薇の騎士のレイピアが突き刺さってくる。咄嗟にしゃがんで避けたけども。
はいこれ無理。
どうあがいても勝てないクソゲーだ。
難易度ハードなんてもんじゃない、インフェルノとかヘルモードとか呼ばれるレベルだよこれ。そもそもなんでコイツ等が共闘してんだよ、コイツ等はネルメの居城で一体ずつ倒す中ボスだろ。ゲームの設定通りの場所にいろよ。
「ヌンッ!」
オークキングゾンビが放った戦斧が、俺の足場を砕いた。しまった、踏ん張りが効かねぇ。そこに腐薔薇の騎士の一撃が俺めがけて飛んで来る。
ぐはっ。
鉄の剣で受け止めたものの。
胃液が込み上げてくる。
口の中が酸っぱい、気持ち悪い。
「あああああああああああ」
くそ、背後にゾンビの軍団かよ。
噛まれる訳にはいかねぇ。
逃げないと。
……だが、どこに逃げるよ。
前方にネルメ四天王、周囲はゾンビ。
バグ技【逃げる八回】も使えない。
「貴殿、弱いな」
腐薔薇の騎士の剣が、避けないと。
「フンヌッ!」
避けた先に戦斧。
オークキングゾンビの攻撃がモロに。
ッ……! 身体が打ち上げられちまった。
「禁忌の魔術師」
「わかったなの、大殺界、奈落の死」
わかったなの?
禁忌の魔術師、随分と声が可愛くない?
いやいやいや、ダメだ、ヤバい、大殺界奈落の死は禁忌の魔術師の必殺技だ。
喰らったが最後、そのキャラは麻痺になり、継続的にダメージを喰らい続ける。ゲーム設定上、麻痺は他のキャラが治療しない限り、自然治癒はしない状態異常だ。
そして今の俺は一人。
喰らったら終わる。
だが、勇者魔法ブレイブパワーを唱えて魔法防御を上げれば、無効化出来る。急いで唱えないと。
「……」
おっ? 声が出ない。
魔法が唱えられない?
……、そうか、ドラゴンゾンビの効果か。
戦闘開始直後から発動するサイレントヴォイス、これによりゲームでも勇者達は魔法を使うのを禁止されていた。ゲームなら仲間を転職させて全員戦士、武道家にして挑むところなんだがな。
逃げるも出来ねぇ。
魔法も使えねぇ。
仲間もいねぇ。
あれ、これ、詰んだ?
「勇者!」
俺を呼ぶ声?
魔法じゃなければ声が出せるのか。
「大丈夫か! 助太刀に来たぞ!」
というか、白銀の騎士ベルザバじゃないか。
北側の殲滅を任せたはずなのに。
「話しは後だ、まずはゾンビを蹴散らす!」
一気になだれ込んできた騎士たちが、取り囲んでいたゾンビたちとの乱戦を始める。凄いな、北方の翼をほとんど蹴散らしてきたのか。
「北側には大将らしき魔物がいなかったんでな、部隊を引き連れてここまで馬を走らせたのだが。これはまた、厄介そうなのと対峙しているな」
厄介どころじゃねぇ。
作戦は失敗、一時撤退だ。
「一時撤退? そんなこと出来るはずがないだろう。安心しろ、俺が来たんだ。いや、勇者であるお前となら、どんな相手にも勝てる! 俺達は最強だ!」
いやいやいや。
ベルザバ君のレベル二十ぐらいだから。
俺の半分以下だから。
勝てるはずがないっしょ。
今からゾンビ倒してレベル上げに勤しむか? そんな時間ある訳がない。今まさに、俺達はボスと対面しているんだからな。一回レベル上げしただけでレベル二十がレベル五十に
ん? そういえば、バグ技がもう一個あったな。
その名も種バグ。
ステータスアップの種を食べた後にレベルを上げると、なぜか種の効果が二倍になるという意味不明なバグだ。
通常、種を食べたところで上がるステータスは一から四なのだが、種を食べた次のレベルアップに限り、なぜか種の効果が倍になってステータスに反映される。
つまり二から八、ステータスが上がるバグ技だ。
そして今、俺の手元には童貞バツイチ中年王子の遺品として、ステータスアップの種が小袋いっぱいの状態で手元にある。
レベル五十以上の俺が弱いゾンビを倒したとてレベルアップは望めない。だが、レベル二十のベルザバなら一レベル上げるぐらい可能なんじゃないか?
どうせこのままじゃ敗北を待つだけだ。
試せることは何でも試した方がいい。
おい、ベルザバ君。
「なんだ」
一生の頼みがある、聞いてくれるか。
「一生の頼み? なんだ、早く言え」
この王子の遺品の種なんだが、コイツは自らのステータス……筋力や体力を上げる効果を持っていてな、これを全部、ベルザバ君に食べてもらえないだろうか?
「はっ? 俺が? 勇者が食べればいいだろうに」
この種の効果が出るのは若い男だけなんだ。
俺はもう若くない、君にしか頼めないんだよ。
「……そうか、なら、全部食べてやる。しかしこれ、グラーテン王子の遺品だろう? いいのか?」
ああ、構わないさ。
きっと王子も喜んでくれる。
「わかった」
受け取ると、小袋をそのまま口にあてて、一気に全部バリボリと食べきってしまった。凄いな、リスみたいに頬も膨らんでいるし、なんていうか若い。
「……食べたぞ」
ああ、じゃあ、そこいらにいるゾンビを数体倒してきてくれないか?
「は? 目の前に強敵がいるのにか?」
ああ、今じゃないとダメなんだ。
種の効果が発動しない。
「そうか……わかった。お前を信じるぞ」
言うと、白銀の騎士ベルザバは付近にいたゾンビへと斬りかかる。数体倒すも、彼に変化は起きてはいない。しばらく時間が掛かりそうだ。
それにしても。
俺は剣を構え、四天王へと向きあう。
「律儀に会話の最中は攻めて来ないんだな。四天王の面々がただ黙ったまま待っているとか、ある意味恐怖なんだが?」
「非道は、姫様が悲しむ」
ああ、そういえばネルメってばこの戦場全体を把握しているんだっけか? じゃあアイツも四天王の暴走を把握しているってことか。お前達のその行為こそ、ネルメが悲しむんじゃないか?
「姫様は、この戦争を楽しめと仰っていた」
……そういうことかよ。
思えばネルメも言ってたっけかな。
——もしかしたら反抗的な態度を示す子もいるかも。その場合はちょっと我慢してもらえると嬉しいかなって思ったり——
反抗的過ぎんだろ。
我慢どころの騒ぎじゃねぇわ。
「行くぞ——
ゲームでも腐薔薇の騎士が繰り出していた技のひとつだ。一言で言えば分身の術、しかも実態のある分身の術だ。脅威が更に増えちまった。
「いくなの。漆黒の闇、常夜の太陽」
夜の闇が更に深く。
禁忌の魔術師の魔法か。
状態異常くらやみ、目の前が何も見えねぇ。
「フンガァ!」
オークキングゾンビか、足を捕まれ物凄い勢いで地面に叩きつけられる。肺から空気が全部抜け出ちまった。そこに斬撃、ヤバい、心臓と頭、首だけは守らねぇと。
突然の衝撃で、身体が『く』の字に曲がる。
多分、ドラゴンゾンビの尻尾だ。
物凄い衝撃、多分、相当数の骨がいっちまった。
交通事故の直後みたいな感覚なんだろうな、幸い、痛いという感覚がほとんどない。ただ、ヤバいっていうのは全身で痛感してる。
このままじゃ終わるぞ。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
満身創痍で吹っ飛んでいたんだが。
「なんだこれは! なんなんだこの力は!」
吹っ飛んでいた俺を、ムキムキのベルザバ君が受け止めてくれた。凄い速度だな、どうやら、種バグが無事発動してくれたらしい。
彼が食べた種の数が百個だと仮定すると、種による平均ステータスアップ値は二、通常二百上がるところ、種バグにより四百も上がった計算になる。
この数字は、レベル五十に匹敵する。
つまり今、白銀の騎士ベルザバは俺と同じ……いや、俺を超えた存在になった可能性が高い。 本来の最大値が四だからな、それの倍、八の方を多数引けば、俺なんて余裕で超えているはずだ。
「勇者!」
ああ、頼もしいね。
吹っ飛んでいた俺を受け止めてくれてありがとう。
「ボロボロじゃないか! この薬を飲め! 俺とお前、二人がいれば俺達は最強だ!」
これは、全快の薬か?
おお、凄い効き目だな、あれだけボロボロだったのに、身体の調子が全部もとに戻ったぞ。痺れもない、目も見える。
「……」
腐薔薇の騎士のヤツ、回復した俺とパワーアップしたベルザバを見て攻め手を止めやがったな? アイツ等のレベルが四十程度のはずだから、レベル五十が二人いれば充分に勝機はある。
「考え方が、甘いな」
ん? なんだ?
腐薔薇の騎士のヤツ、笑ってる?
「勇者よ、ヒントをやろう。なぜ、ネルメ様は万を超えるゾンビを使役することが出来たと思う? その死体は、一体どこから出てきたのだと思う?」
なんだ、謎掛けか?
万を超える死体?
墓場から持ってきたんじゃないのか?
「芸術の街、ソルグレッドでの死体はいくつあった? お前が動かなかった二十年間で、たったあれだけの死体の数だと思っていたのか?」
……嫌な考えが思い浮かんじまった。
ゲームでも、仲間になった魔物はレベルが上がる。
それがもし、仲間にならなくても上がる設定だとしたら? 奴らが俺にとってのグリーンスライムと同様、二十年間人を殺し続けていたとしたら?
「その顔を見れば分かる、そして答えてやろう。……正解だ。我々は貴様と同じく、人を殺し、肉体を強化している」
……最悪じゃねぇか。
レベルアップしていたってことかよ。
ようやく勝てると思ったのに。
全然、何も変わってねぇ。
相変わらず、ピンチのままじゃねぇか。
——————
次話『意外な援軍、意外な正体』
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