第21話 意外な援軍、意外な正体。
ゲームでは、勇者が街の人を殺すことは不可能とされている。だが、街の人との戦闘はイベントでのみ存在し、それを倒した場合に得られる経験値は一で固定されていたはずだ。
グリーンスライムは二で固定されている以上、俺と同じように街の人を殺し続けていたとしても、四天王のレベルはそこまで上がってはいないはず。
だが、これがもし街の人だけではなく、兵士や将軍が含まれていたら? 彼等は戦争イベントや数多のイベントで戦う機会があり、経験値もそれなりの数字で設定されていた。
それを二十年、考えたくはないが、その場合、俺のレベルを遥かに超えている可能性の方が高い。
つまり、俺とベルザバ、レベル五十が二人いたとしても勝てないってことだ。
「案ずるな勇者! この俺の強さを信じろ!」
ベルザバ君が腐薔薇の騎士へと斬りかかるも、オークキングゾンビと禁忌の魔術師のサポートが入り、結果として押し返されちまっている。
俺もそこに加勢したいんだが、俺は俺でドラゴンゾンビとの睨み合いが続いている。コイツの一撃をさっき喰らったが、一撃で骨が粉砕されちまった。
ベルザバが飲ませてくれた全快の薬のおかげでなんとか今は立ち上がれてはいるが、あれをもう一回喰らったら終わりだ。
いろいろと思考を巡らせていると、ブゥンッ! と空気を切り裂いてドラゴンゾンビの尻尾が襲いかかってきた。コイツ、巨体のくせにやたらと速いんだよな。咄嗟に屈んで避けたものの、やっぱりベルザバの助けには行けそうにない。
せめて魔法が使えたら。
勇者魔法ブレイブパワーさえ発動出来れば。
それを実現させる為にもドラゴンゾンビを倒さないといけないんだが、鉄の剣じゃどう見ても火力が足りねぇ。何回攻撃しても鱗すら切れていない。
加勢が欲しい、俺一人では無理だ。
ちらりと、白銀の剣士ベルザバを見るも。
「勇者! これは一人では無理だ! こちらに加勢して欲しい!」
まったく同じことを考えてんじゃねぇよ。
こっちだって加勢して欲しいくらいなんだが?
つまり手詰まり。
状況は良くなったものの、何も変わっていない。
いずれ詰み、このままじゃやられちまう。
もう一人、仲間がいないと無理だ。
ゲームでも三人パーティが基本だった。
あと一人、仲間の枠があるのに。
「ちゃんと役に立つの! 束縛の棘、捕縛する檻」
足元に蔦。
しまった、禁忌の魔術師の束縛魔法か。棘のある蔦が絡まり、二ターンは行動出来なくなる魔法だ。 ダメージは大したことないが、動けないことが致命傷になる。
「グオオオオオオオオォ!」
待ってましたとドラゴンゾンビのヤツが翼で浮き上がり、俺へと飛びかかってきた。象よりも大きい巨体でのしかかりとか、圧殺間違いなしだ。
ヤバい、俺、死んだ。
アクションゲームでしくじった時みたいな雑な感想が脳裏を横切った時、誰かが俺の前に立ちふさがる。
「ふんっ!」
その誰かはドラゴンゾンビの巨体をその身ひとつで受け止めると、そのまま押し返し、ドラゴンゾンビをひっくり返してしまった。
服従した犬のように腹を曝け出したドラゴンゾンビへと、その者は飛び上がって強烈な一撃をお見舞いする。拳での一撃、たったそれだけで、ドラゴンゾンビは硬貨へと姿を変えた。
はだけた服から除く筋肉が、彼の強さを物語る。
圧倒的膂力、背筋、 引き締められ過ぎた肉体を披露しているその男の正体は——「大丈夫ですか、勇者殿」——俺の良く知る人物、童貞バツイチ中年王子だった。
というか、何その身体。
確かに街道の修復辺りから、なんか馬鹿力だな、とは思ってはいたが、ここまでだったとは。
しかしおかしい、ゲームでの彼は僧侶役であり、回復魔法のエキスパートではあるものの、肉弾戦で戦えるほどのステータスではなかったはずだ。
ステータス……ん? ステータス?
まさか王子、親が持たせたステータスアップの種を食べ続けていたのか?
「あ、バレましたか? はい、小腹が空いた時に美味しかったので食べておりました」
お前、ステータスアップの種をオヤツ代わりに食べる人なんか聞いたことねぇよ!
ってことはアレか、常に倍加しながらレベルアップしてたってことか? だとしたら今の王子のステータスって、相当ヤバい事になっているんじゃないか? まさにチート、難易度激下がり間違いなしじゃないか。
「おお! 援軍か! って、グラーテン王子!? ゾンビ化していたのではなかったのですか!」
白銀の騎士ベルザバも俺達の側に駆け寄る。
確かにそうだ、王子はゾンビ化していたはず。
……ネルメだな。
四天王が言っていたが、ネルメはこの戦場を見ているんだ。ゾンビにするもしないも自由自在、きっと彼女は約束を反故した四天王を戒める為に、俺の仲間である王子を元に戻したんだ。
勇者魔法、ブレイブパワー。
「おお、勇者殿にそんな特技が」
ああ、そういえば王子がこの姿を目にするのは初めてだったかもしれないな。この魔法を使い、俺はネルメと一度対峙したんだ。
そして今、彼女の部下と対峙している。
ネルメも見ているんだ。
この姿になった以上、負ける訳にはいかない。
「フヌグオオオオオッッ!」
三対三、真っ先に動いたのはオークキングゾンビだった。駆け出した一歩一歩で大地が粉砕される、あの踏み込みから放たれる一撃は、喰らったただじゃ済まない。
「勇者殿、ここは僕にお任せ下さい」
なんとも頼れる言葉を放ちながら、王子がオークキングゾンビの前に立ちはだかる。
「ふむ、筋肉に自信がありそうですね。実は僕も勇者殿のトレーニングを受けて以降、自分の力がどれほどのものなのかを知りたくてウズウズしていたところなのです」
「ヌグオオオオオォ!」
「さぁ、かかってきなさい!」
闘牛士の牛のように突進してきたオークキングゾンビを、王子はその身一つで受け止めやがった。ぶつかった衝撃で地面が揺れる。
「ふん!」
「ブフォ!」
両の手を広げ相手の手を握りしめ、プロレスで言うところの手四つで組みあい、王子とオークキングゾンビは力比べを始めた。
え、本当に力比べをするつもりか?
さすがにそれは無謀なのではないか?
相手は小高い山のような身長を持つ豚の化け物だ。人間で言うところの上腕二頭筋だけで相撲取りよりも太ましく、ぶっとい血管が浮き出ている。
「ブグオオオオオオオオオオォ!」
雄叫びを上げながら、オークキングゾンビが更に筋肉をパンプアップしながら王子に抵抗する。互いの地面が砕け、周囲の空気が変わる。
「ふっ」
「ブモッ!?」
だが、王子はその場から微動だにしない。
どれだけオークキングゾンビが前のめりになろうが、そんなのおかまいなしと直立した姿勢を保持している。なんていう僧帽筋、 丸太のような広背筋、背中だけで見惚れてしまうぞ。
「まったく、こんなものですか」
「ブモヒッ!?」
ビキッ、鈍い音が聴こえてくる。
王子の両腕が膨らむと、握り合っていたオークキングの手が、徐々に握り潰されていく。
「ブモッ!? ブモオオオオオオオオオォ♡」
「まだまだ、僕の本気はこんなものではありませんよッッ!!!!」
「ブモヒィッィ!!!♡♡♡♡♡」
血管の張り巡らされた彼の腕が、握りつぶし押し返し、そのままオークキングゾンビを反り返らせ、地面へとへしゃぎ折った。
「♡!」
無理矢理に巨木をへし折ったような感じ。
圧倒的すぎる力に、俺達も息を飲む。
というか。
なんか、オークキングゾンビの悲鳴が卑猥な感じだったんだが、聞き間違いだよな? 最後、ハートついてなかった?
「どうやら、勇者のトレーニングを受けた僕の敵ではなかったみたいですね」
まぁ、いいか。
王子に敗れたオークキングゾンビの姿は消え、多量の硬貨へと変わる。
おいおいマジかよ強すぎんだろ。
こりゃこのまま王子一人で禁忌の魔術師も腐薔薇の騎士も倒せちゃうんじゃないか?
「では、次は俺の番だな」
ん? なんかベルザバ君が一人で前に出て、それに応じるように禁忌の魔術師が一歩前に出たが。
別に一対一で戦う必要なんかなくない?
三対二で戦っちゃえば良くない?
「大将は勇者に譲ってやる。それまでそこで休んでいるといい。ふふっ、王子の筋肉、触発されるぜ……ッ! 今の俺がどこまで戦えるか、貴様で試してやる!」
とはいえ、ベルザバ君は脳筋バカになっただけなので、禁忌の魔術師の魔法攻撃で束縛、延々とダメージを与えられ続け敗北となった。
「卑怯だぞ! もっと男らしく戦ってだな!」
「うるさいの。私、女だからいいの」
やっぱり声が可愛い。
うお、仮面を外すともっと可愛い。
琥珀色の瞳、青髪に緑のメッシュが入った感じのボブカットの女の子、見た目的には十歳……いや、もっと若いか? とにかく子供、マジかよ、禁忌の魔術師ってこんな可愛い子だったの?
「俺は……あんな少女に負けたのか」
禁忌の魔術師の素顔なんか攻略本にも載ってなかったぞ? というか性別とかあったの? 単なる中ボスだと思っていたのに、これは新発見だ。
ネットがないのが悔やまれる。
こんなの公開したら万バズ間違いなしなのに。
「……」
既に、戦いの場に腐薔薇の騎士がいやがる。
早く来いってか?
まったく、こっちは一体どうやって勝てばいいのかさっぱりなんだけどな。
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次話『騎士として』
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