第19話 勇者、裏切られる。
戦争初日を終えた後のアークグリッドの街は、怒りと悲しみに包まれていた。
息子を失った家族の嗚咽や、突然の戦争に怒りを狂う人たち、その全ての感情の矛先は、国王がいるアークグリッド城へと向けられていた。
なぜ不干渉を保持しなかったのか。
腐肉の王の逆鱗に触れた者たちを生贄にしろ。
芸術の街、ソルグレッドでの悲劇を考えようともしない自分勝手な意見を口にし、街の人たちは今晩も来るであろう恐怖を退けようと必死だった。
だが、そんな街の人達よりも重苦しい空気に包まれていたのが、誰でもない最前線で戦った兵士達だ。それもそうだろう、仲間だったはずの者たちがゾンビとなり襲いかかってくる。これまでの平和が砂上の楼閣だと思い知る一日を過ごした彼等の目には、既に光が無かった。
「……勇者か」
白銀の騎士ベルザバも、その中の一人だ。
「既に我が騎士団は半数を失ってしまった。中央に布陣する不滅騎士団、アイツ等に勝てる気がしない。第一騎士団も敗走し、他の部隊も撤退するだけで精一杯だった。町民の声の通り、不干渉が正しかったのだろうな。人食いネズミを討伐した、それだけで終わりで良かったんだ」
信じられないぐらいの落胆ぶりだな。
彼の前に立ち、腕を組み見下ろすように語る。
団長であるお前がそんな体たらくでは、勝てる戦いも勝てなくなる。立て、お前には隊員を従え、この国を守る義務がある。弱音は許されないんだよ。
「……国を守る義務がある、か。確かにその通りだ。俺が諦めてしまっては、何もかもがダメになる。分かってはいるんだが、怖くて身体が動かないんだよ。俺にはもう、責任を負えそうにない」
まるでハラスメントに怯えている社員を見ているみたいだ。どうやら、初戦だけで予想以上の戦果を上げてしまったらしい。
予想通りとも言えるか。
ネルメの軍団、強そうだったもんな。
さて、このままじゃ本当に国が滅んでしまいそうな雰囲気だからな、ここらで勇者らしく、希望の種を撒くとしよう。
「ゾンビ化が治せる薬がある……だと?」
ああ、嘘じゃない。
それを入手する為に、太陽の巫女が遠方の大教会へと向かっている。彼女が戻り次第、ゾンビとなってしまった者たちを人間へと治療する。
大丈夫だ。
お前達の部下は、まだ死んではいない。
「……そうか、アイツ等はまだ、戦っているんだな」
それに、今晩からは俺も戦線に参加する。
俺の実力は折り紙付きなんだろ?
ベルザバの肩をぽんと叩くと、彼はようやく、その顔に笑みを浮かべてくれた。
その後、ベルザバと共に、俺はアークグリッド軍の軍事会議へと出席することとなった。
初戦の失態により鎮痛極まる団長たちであったのだが、ベルザバの進言によりゾンビ化が治ることを知ると、やがてそれは一筋の勝機へと変わる。
「魔王軍の布陣を確認した、だと?」
ここで、俺は更に、魔王軍の布陣についての情報を軍議会議の場で明らかにした。布陣が分かれば対応策だって考えることが出来る。
鶴翼の陣、この陣形は中央に大将を配置し、左右に展開した翼のような部分で、入り込んできた相手の部隊を包囲し殲滅することを目的とした陣形だ。
だが、腐薔薇の騎士は鶴翼の陣を敷きながらも、騎士と数体の仲間を引き連れてこちらへと攻め入ってくるのだから、厄介極まりない。
腐薔薇の騎士を仕留めようと中央へと入り込んだところで、鶴翼を閉じるようにし、更には後詰によって討ち取られる。
初日の敗因は、まんまこれだ。
綺麗に総崩れになる様は、見ていて気持ちが良いくらいだった。
もちろん、鶴翼の陣にも弱点は存在する。
狙うべきは鶴翼の先端部分、どうあがいても救援が来れない位置を攻め込み、相手の陣形を崩す。
両端に配置されていたのはオークキングゾンビ率いるビーストゾンビ軍団だが、両端にオークキングゾンビが配置されている訳では無い。
今日は北側に奴はいた。
よって、北側に主力を集めれば、勝てる。
「なんと素晴らしい戦術だ……勇者殿は知恵者でもあらせられるのですな」
上座に座る将軍様が関心しているが。
もちろん、そんな訳がない。
俺の知識は動画サイトで戦国時代の戦争から学んだだけの、薄っぺらいものだ。
だが、ある意味実績のある知識とも言える。
人を奮い立たせるにはこれで充分だ。
「では、勇者殿はベルザバと共に北側に配備を」
いや、俺は中央を攻める。
「……は? 今さっき、中央はダメだと」
鶴翼の陣、もうひとつの弱点を狙う。
「もうひとつの弱点?」
ああ、翼の根本だ。
ここを制圧してしまえば、翼は完全に折れる。
先端から攻める部隊と根本から攻める部隊、二部隊での挟撃を成功させれば、ビーストゾンビ軍団といえど俺達で壊滅させることが出来るはずだ。
いや、壊滅させないといけない。
俺達にはもう、負けは許されないのだからな。
「想像以上の存在感だったな」
軍事会議を終えた後、俺はベルザバと共に騎士団の詰め所へと向かっていた。
「将軍からお前専属の部隊を預けるという言葉を聞いた時には、俺は心の底から誇らしい気持ちになってしまったよ。それと同時に、悔しい気持ちも生まれてしまった」
悔しい気持ち?
「あの時、お前の推薦状を書くべきだったとな」
ベルザバの口がニヒルに歪む。
どうやら、前の調子は取り戻した様子だな。
それにしてもいきなり俺に部隊を預けるとは、今のアークグリッド軍の人手不足は、想像以上に深刻なのだろう。
「……ああ、そういえば、お前には言っておかなければならないことがあったな」
俺に言っておかなければならないこと?
「お前の仲間でもあったグラーテン第一王子だが、彼はゾンビとなってしまった」
……!
「もとより強靭な男だったのだろう、ゾンビ化した王子を誰も止めることが出来ず、城内の将軍や団長、兵士が何人も犠牲になってしまった」
それでその、王子は今?
「どうやら女には手を出さないことが判明してな、城の女たちが誘い出し、今は牢獄の中にいる。……そうだ、彼の遺品を渡さなくてないけないな。詰め所へと向かう前に、一度城内の教会へと向かうとしよう」
ゾンビ化することは手筈通りだったのだが、それによって生まれる副産物を考えていなかったな。
しかし女には手を出さないとか。
死んでも性格ってのは変わらないらしい。
嫁さんが貰えたら、良い愛妻家になりそうだ。
「これが、彼の遺品なのだが」
童貞バツイチ中年王子の遺品。
それは小袋いっぱいのステータスアップの種が入った袋だった。一粒食べるだけで該当のステータスが一から四上がる種なのだが。
一体いつの間にこれだけの数を?
城を出る時に国王様が持たせたのだろうか?
子供部屋オジサンが相手であっても、親から子への愛情は変わらないってことかな。
「すまないが、仲間であるお前に託すとするよ」
ああ、大丈夫だ。
しっかりと親御さんに渡しておく。
……まぁ、王子は牢屋にいるみたいだし、戦争が終わったら本人に返せばいいか。
その後、俺は自分の部下とも言える兵士たちへと激励を飛ばし、詰め所にてベルザバと共に酒を呑み交わす。
飲みニケーションか、若かった頃にも同じようなことがあったな……そんな、平成時代を思い出してしまうような、ちょっとだけ楽しい時間を過ごし。
そして、夜が訪れる。
日没と同時に、警鐘が鳴り響いた。
「俺達が一番槍だ! 安心しろ! 道は俺が切り開く! 一人では戦うな! 絶対に二人になってから攻めに転じろ! 勇者隊、突撃ぃ!!!!」
真正面に腐薔薇の騎士が見える。
左右に獣の姿、どうやら昨日と同じ陣形らしい。
「俺と残る数名はこのまま正面にぶつかる! 右折隊、左折隊は役割を果たせよ!」
普通なら死地へと赴く蛮勇だ。
だが、俺に負けはない。
全ては確約された勝利なんだ。
後はどれだけ俺がこの戦争に貢献出来るか。
張り詰めた空気の中、必死になって剣を振るう。
予定通りというか、そもそもレベル差があるというか。ゾンビ兵をあっさり倒しながら、左右に展開した部隊はそのまま薄い部分を突き破り、見事に鶴翼の根本を破壊した。残るは、俺がこのまま正面を抑えきれば、羽は落ちる。
そのはずだったのだが。
「うぐわー!」
「うわわ! 勇者殿! 勇者殿ー!」
俺と共に続いた兵たちが、夜空に舞うドラゴンゾンビたちによって捕食されてしまった。食われた者はあばら骨の隙間から落下し、ゾンビとなって起き上がる。
腐薔薇の騎士が率いる不滅騎士団も、全く手を抜いている感じがしない。あっという間に少人数だった兵士はいなくなり、残るは俺だけという状況へと陥ってしまった。
……どういうことだ?
演出にしては少々やり過ぎなんじゃないか?
腐薔薇の騎士は剣を縦に構え、握りしめる。
仮面の奥の瞳が、赤く揺らめく。
「腐肉の王が四天王、仕えるはネルメ様ただ一人」
彼が持つレイピアのような細身の剣を払うと、それを合図に地中からオークキングゾンビが、空からドラゴンゾンビが飛来し、腐薔薇の騎士の背後に禁忌の魔術師が姿を現す。
……なるほど、そういうことかい。
コイツ等、裏切りやがったな。
大人しく敗北を受け入れるかと思いきや、そうかいそうかい。
「剣を抜け、勇者。貴様の首を見れば、ネルメ様の迷いも消え失せよう。そして我らはネルメ様と共に、人間共を駆逐する。全てはネルメ様の為に」
コイツラのレベルは四十ちょっとだ。
そして俺はレベル五十がいいところ。
ははっ、状況……最悪じゃねぇか。
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次話『強烈、ネルメ四天王!』
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