第18話 時間という名の毒

 夜、月明かりの下。

 ネルメは己が拳を天へと突き上げ、叫ぶ。


「知っての通り今回はアタシ達の負け戦だ! だが、待ちに待った戦いでもある! みんな、悔いの残らないよう、全力で戦争を楽しもう!」


 全ては魔王アザテリウス様のため。

 魔物たちの勝鬨の声が上がる。


 作戦は既に出来上がっていたのだろう。


 来たるべきこの日のために各部隊が淀み無く動き始めるこの様子は、本来俺が相手にすべき強敵を意味している。


 白銀の騎士ベルザバでは勝てないだろうな。


 そんなことを一人思っていると、ワンピースのような祈祷師の服に着替えたネルメが、俺達の前へと姿を現した。宝石が散りばめられた彼女の服装を見て、太陽の巫女も「可愛い!」と褒めちぎる。


「勇者様、今回アタシはゾンビを使役するために魔操室に籠もるから、戦争中は一切の手助けが出来ないと思ってね」


 ああ、了解した。


「それと、万を超えるゾンビを使役していると、さすがのアタシでも何をされても抵抗出来なくなると思うんだよね」


 そうか。


「意識がね、戦場の全体を包み込むような感じになるの。だから、その時のアタシに何をしても、アタシは分からない。ああ、でも、魔操室に勇者様は入ってもいいからね」


 そうなのか?


「うん、だって、アタシ無抵抗だから。さすがに万を超えるゾンビの使役は大変でね、勇者様がアタシに手を出したとしても、アタシは何も抵抗出来ないんだ」


 そうか。

 じゃあ、頑張ってな。


「アタシ! 無抵抗なんだけど!」


 分かったから行けって。


 何かぶつぶつ言いながらネルメは魔操室とやらに消えた。俺も与えられたマントを羽織っていると、太陽の巫女が「お似合いですよ」と微笑む。


 そして俺は、彼女とは違う意味で口端を上げた。

 いや、引きつらせたがきっと正しい。


 太陽の巫女、厚化粧に禍々しいビキニアーマーを装着していて、なんていうか、昔のヒーロー戦隊の悪役女幹部にいそうな格好をしいてる。


「そんな目で見られたら、私だって意識してしいまいますよ。これはあくまで今だけ、魔王軍幹部、ダークメイデンとしての姿ですからね」


 太陽の巫女はダークメイデンへと転職したらしい。どこにあったんだよそんな衣装、まさか巫女の手作りか? サイズもバッチリあっているし、完全に今の彼女にフィットした感じの衣装だが。


 ……まぁ、詮索するのは止めておこう。

 誰にだって青春時代があるもんだ。

  

「勇者殿、この仮面を」


 ああ、ありがとう。

 腐薔薇の騎士も、もう行くのかい?

 

「我が部隊は壱番隊故」


 全身に茨を模した鎧を着込む細身の騎士は、俺へと仮面を手渡した後、消えるように戦場へと向かった。壱番隊、命を張ることが彼の忠義の示し方なのだろう。素直にカッコいいと思える。


 彼から手渡された仮面を顔に当てると、仮面が膨らみ、顔全体が一瞬で包みこまれる。髪や耳、声や首筋から俺だとバレないよう、不死軍団の武具係が作成した魔法の仮面だ。


「お似合いですよ、勇者」


 目の部分も隠れているはずなのに、視界は良好、息苦しさも暑さも感じない、よほどの名工がこの仮面を作ってくれたのだろうな。

 

 マントを羽織り、仮面を付ける。

 ガラスに写った俺は、完全に別人だった。


「では、まもなく天空投影を開始します。勇者、準備はいいでしょうか?」


 ああ、宜しく頼む。


 玉座に座り、頬杖を付く。

 魔王軍が戦争を仕掛けるんだ。

 こんなのは要らないのだろうけども。


 戦争ってのは、開始の合図が必要だ。


 今から攻めますよ、なんてのは、相手に教えるためにあるんじゃない。これから死地へと赴く、味方への鼓舞の為に必要なんだ。


「では、天空投影魔法、発動!」


 太陽の巫女……じゃなかった、ダークメイデンの合図により、俺の姿はアークグリッド公国の夜空に映し出される。不思議なもので、俺の目にもアークグリッド公国の全景が映し出されていた。


 門兵の一人が俺を指さしして何かを叫んでいる。あれはカルケットさんか? それに白銀の騎士ベルザバの姿も見えるぞ。


 ふふっ、みんな慌てているな。

 だが、ニヤけている場合ではない。

 

 深呼吸ひとつ。

 よし、やるぞ。


「人間諸君、我が名は魔王軍幹部、六人衆が一人、腐肉の王、ネルメ・グッド・リアルデスである」


 一息つこう。

 大丈夫、オペラと同じようなものだ。


「これまで我らは互いに接触をしない、不干渉を貫いてきた。だが、貴様ら人間共は我らが居城のひとつを破壊し、崩落させた。我が軍が受けた被害は甚大である。よって、ここに腐肉の王ネルメの名において、貴様ら人間へと制裁を加えることを決定した」


 街の人たちが呆然と俺を見上げている。

 さすが騎士団、既に戦争の準備をしているな。


 ふう、一息つこう。

 よし、最後の締めだ。


「ゆめゆめ忘れるでない、先に手を出したのは貴様ら人間共だ。甘んじて受け入れよ。……覚悟しろ。これは戦争ではない、一方的な蹂躙だ」


 視線をダークメイデンへと送る。

 

「天空投影魔法、終了! 勇者、お疲れ様でした」


 人前で喋るのとか、俺はやっぱり慣れないな。

 なんか昔を思い出しそ。会議とかコンペとか。

 ああ嫌だ嫌だ。


「お上手でしたよ。我が軍の士気も上々です」


 本来、それって喜ぶべきことじゃないんだけどね。魔王軍の士気が上がっちまったら、いずれ人類が滅んじまうよ。


「アークグリッド城へと戻られますか?」


 いや、戦争初日はこのままこの城に残ろう。

 この場所からでも戦場は確認出来るんだろ?


「はい、戦場を机上に投影することが可能ですので、ここからでも確認、指示が可能です。魔王軍、凄い技術ですよね。とはいえ、軍団長の皆さんは自由に動くみたいですけどね」


 ダークメイデンの言う通り、不死の軍団は各々自由に戦場を形成していた。


 先の宣告通り、真正面に陣取るは腐薔薇の騎士率いる死滅騎士団だ。白骨化した騎馬にまたがる姿は、相手への恐怖を植え付けるには最適だろう。


 左右に展開するのはオークキングゾンビ率いるビーストゾンビ軍団であり、空を舞うはドラゴンゾンビ率いる空竜団、後方支援が禁忌の魔術師率いる不滅魔術団と、ある意味完璧な布陣を敷いている。


 まるで武田信玄が唱えた戦国八陣のひとつ、鶴翼の陣みたいだな。ただその場合、腐薔薇の騎士の裏にいるべきは不滅魔術団ではなく、大将である俺がいたほうが良いのだろうけど。


 対するアークグリッド公国の方は、とてもじゃないが誉められたものではなかった。平和ボケした兵士たちが慌てて列を形成し、必死になって武具を構えるも、それにしたって遅すぎる。


「なんていうか、練度の差を感じますね」

 

 ダークメイデンが愚痴ってしまうほどの醜態。

 二十年前なら、もっと違ったんだろうけどな。

 時間という毒が彼等を弱くした。

 剣聖もいない、勇者もいない。

 今のアークグリッド公国がどこまで戦えるのか。


 牛歩のように進み。

 そして月の下、両軍がぶつかる。


「相手はゾンビだ! 首と胴体を切断しろ!」


 白銀の騎士ベルザバの懸命な声が聴こえてくるが、どう見ても劣勢だ。相手は死なないだけじゃない、攻撃を受けた者は数秒でゾンビへと変わる。


 もとより数の差もあったんだ、今回ネルメが使役しているゾンビは一万と言っていたが、アークグリッド軍が保持していた戦力は見た感じ半分以下だ。


 この差はさすがに大きい。

 しかもその差は増えていく一方だ。


 次第に押し込まれていったアークグリッド軍は、退却を余儀なくされる。城壁を守るように配備された決死隊を仕留めた後、朝日が上がり、初日は幕を閉じた。


 一日目にして籠城を強いられる。

 援軍でも来ない限り、負け確定だな。


 よし、そろそろ城へと向かう。

 後のことは頼んだぞ。


「はい、行ってらっしゃいませ」


 サータイちゃんにまたがり、専用の地下通路を使い、家へと向かう。当然ながら家の中には誰もおらず、温かな料理を作ってくれた太陽の巫女も、俺の首に飛びついてくるネルメの姿もない。


 いつかまた、あの生活に戻れる日が来るのかな。

 

 ……いやいや、俺の本当の家族は別にあるだろ。


 なんでだろうな。

 少しだけ、寂しいって思っちまった。


——————

次話『勇者、裏切られる』

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