第15話 いざ、アークグリッド公国へ!
「誠に申し訳ありません、まさかこのような結果を招いてしまうとは、浅はかな進言でした」
出立前、太陽の巫女が謝罪してきたが、そんなものは不要だと俺は伝えた。なぜなら今回の命令により、俺達はまだ行けないはずのアークグリッド公国へと潜入することが可能になったからだ。
本来、アークグリッド公国へは、同盟国であるシルバスタリニア帝国からの推薦状が無ければ入国することが出来ない。魔王軍との戦争区域と指定され、あらゆる道に検問が設置されているからだ。
だが今回、俺達は役務という形での入国を果たすことが出来る。そして入国さえしてしまえばイベントスイッチがONになり、アークグリッド公国でのイベントが勃発する可能性が高い。
アークグリッド公国でのイベント。
つまりは腐肉の王。
ネルメ・グッド・リアルデスとの戦争だ。
「ネルメさんもごめんなさい。無駄に力を使わせてしまいました」
「ん? いーって別に。アタシは勇者様に頭撫でて欲しかっただけだから。あ、そういえばまだ撫でて貰ってない。頭撫でてよぉ、勇者様ぁ」
最近のネルメはどこから調達したのか、長袖のワイシャツに短めのスカートを穿いている。ツインテールもほどいているため、見た目的にはどこかのギャルギャルしい女子高生にしか見えない。
こんな可愛い女の子が、まさか腐肉の王だとは誰も気づくまい。そして恐らく、イベントは設定通りに進むはずだ。アークグリッド公国は腐肉の王へと戦争を仕掛ける。
ここに、当の本人がいるとも気付かずに。
そして、ネルメのゾンビを操る能力は未だ健在だ。ゲームによくある【仲間になったら弱体化】というのも見当たらない。彼女は俺達と戦った時と同じままの強さを保持している。
つまり、戦争を起こすだけの力もあるし、アークグリッド軍相手にバレない程度に戦い、ワザと負けることも可能ってことだ。
ネルメ撃破により得られる報酬。
それは、勇者の宝物庫の鍵を三個。
三個もあれば免罪符の購入どころか、本格的に魔王城へと向かう為の準備だって出来る。
装備が必要なのは俺と太陽の巫女、それと宝物庫に眠る古代魔法をひとつ。これだけ揃えば残る必須イベントは楽勝だろう。
童貞バツイチ中年王子に関しては、ネルメにゾンビ化の魔法を掛けさせれば良い。ゾンビ化の間は不死の存在になる、ある意味、無敵の存在だ。
「また何か、良くないことを企んでおりますね?」
太陽の巫女がジト目で俺を睨んでいる。
声に出ていたのだろうか?
まぁ、出ていてもやることは変わらないが。
「来たか、貴様らはこの馬車に乗れ」
街道の修復作業にあたっていたのは俺達だけではなかったのだが、他の人達はまた別の場所へと送られるらしい。聞けば、罪の軽い者たちから順に、早めに終わる作業場所へと搬送されるのだとか。
そして俺達が乗り込んだ馬車には、なぜか人が誰も乗っていなかった。
「相当早く終わるのでしょうか?」
童貞バツイチ中年王子がそんなことを言っていたが、とてもそうとは思えない。俺達の本来の作業量は数年は掛かるはずだった街道の修復作業だ。
つまり、数年は掛かるであろう雑務が俺達を待ち構えている可能性だってある。もしくはネルメとの戦争の際に、肉の壁として最前線に立たされる可能性だってあるだろう。
個人的には後者を望むのだが、決定権が向こうにある以上、俺達はただ黙って受け入れるしかない。
「城到着まで十日は掛かる、静かにしておけよ」
十日か、それだけの移動と考えると、人がいないこの荷馬車で良かったと思える。白いホロ布で覆われた荷台は、休むには最適な空間だった。
ネルメも最初の内は景色を眺めていたのだが、次第に飽きてきたのだろう。俺の側にやってくると、俺の膝を枕にして眠り始めた。
眠気というのは
思えば昨日はロクに眠れていなかったし、彼女が普段通りに振る舞っていただけでも凄いことだ。男と違い女は用意に時間が掛かる。その大変さを感じさせないのだから、さすがは太陽の巫女と言ったところか。
しかし、膝にネルメで肩に太陽の巫女では、俺は身動きがとれんな。
そんな俺を羨ましそうに見ていた童貞バツイチ中年王子だが、彼は彼で大変だったはずだ。二度のゾンビ化、しかも一度は両腕を切断され失血死までしている。そこからゾンビとして宝物の発掘、街道の修復作業も行っていたのだから、認識はせずとも彼は疲労困憊のはずだ。
王子も大変だったな。
彼へと微笑みかけると、何を血迷ったのか、童貞バツイチ中年王子もおずおずと近寄り、そして俺の左肩に頭を預けて来た。
そういう意味で微笑んでいた訳では無い。
だが、動くと二人も起きてしまう。
どうしてこうなった。
やむなし、俺もそのまま目を閉じることにした。
疲れていたのだろう。
意識が飛ぶのに、時間はいらなかった。
そんな感じで、非常にまったりとした十日間を過ごし、俺達は白銀の騎士ベルザバの本拠地、アークグリッド公国へと到着した。
石畳の目抜き通りに、木材や石材を組み合わせた家々、三角屋根の教会に街を囲う城壁、The洋風RPGと言わんがばかりの町並みは、見ていて感動を覚えてしまうほどだ。
「ベルザバ第二騎士団長、お疲れ様です!」
城下町に入る為の検問で、ベルザバへと敬礼している門兵がいたが、どうやら彼は役職付きの騎士様だったらしい。
偉そうな態度だなとは思っていたが、重責から来るものだったのだろうか? そういう責任を負うような仕事は、俺はもうごめんだな。
アークグリッド城も、それはそれは見事なものだった。現実世界だったら間違いなく世界遺産、観光地として名を馳せていただろう。
そんな、いるだけで溜息が出てしまうような城のエントランスへと案内されると、しばらくして白銀の騎士ベルザバが一人の男と共に戻ってきた。
おかっぱ頭の三十代ほどの男性。
前掛けに剣をモチーフにした刺繍が施してある。
この国のシンボルだったかな。
つまりは城付き、そこそこの文官様だろう。
「では、お前達とはここで別れだ。後のことは
それだけを伝えると、白銀の騎士ベルザバは俺達の前から消えた。その後カルケットと呼ばれた男と共に城内を案内され、この城での役務について説明を受ける。
それから更に十日後。
「いやぁ、君は物覚えが良いね。私なんか未だに城で迷子になってしまうこともあるんだよ。それにこの城は歴史のある城だ。錠前も工事の度に交換してしまっているからね。こうして一個一個、鍵がちゃんと合うか確認し、リストを作らないといけないんだ」
城の二階、三十四番の鍵、問題ありません。
「三十四番、問題無しっと。うん、今日のところはここまでにしておいて、もう終わりにしようか。家で家族が待っているんだろう? 早く帰って、家族の笑顔を見てくるといい。英気を養い、また明日一緒に、役務を頑張ろうじゃないか」
役務者である前掛けを外し、袋にしまう。
俺は、与えられた役務を素直に
警吏のカルケットさんに教わりながら城内を巡回し、時には今日のように扉の鍵合わせを行ったり、門兵のように搬入業者の検閲をしたり。
どうやら市民権も与えられているらしく、俺達専用の家まで用意されていた。
「お帰りなさい、今日もお仕事お疲れ様でした」
家に帰るなり、俺のことをエプロン姿が似合う太陽の巫女が出迎える。
そして最近では当然のように、若い女の子の服を着込んだネルメが「おかえりー!」と叫びながら、俺の首へと飛びついてくるんだ。
「聞いてよ勇者様ぁ、今日街でナンパされちゃってさぁ? アタシは勇者様以外の男なんてぜーんぜん興味ないのに、めっちゃしつこくってさぁ。ホント、勇者様いなかったらアイツ等全員ゾンビにしてやるところだったんだよ? でも、勇者様の言いつけをちゃんと守って、ゾンビにしなかったの。偉い? 誉めてくれる? 誉めてくれるでしょ?」
太陽の巫女は教会で神官の仕事を、ネルメは街で店の手伝いをするよう言いつけられたらしい。太陽の巫女はともかく、ネルメが素直に手伝いをしていることには正直驚いた。そこそこ評判も良いらしく、誰も彼女が腐肉の王だとは気づいていない。
「ほらほら、勇者は疲れているの。ネルメちゃんも離れて、一緒に御飯の準備しましょ」
「はーい、あ、お風呂出来てるからね! アタシの魔法で湯を沸かしておいてあげたから、ゆっくり浸かって疲れを癒やしてね! また後でね勇者様!」
ぱっと見、仲の良い親子にしか見えない。
言われた通り、俺は風呂へと向かった。
熱いくらいの湯に浸かり、呆然と、湯気が出て行く格子、そこから見える夜空を眺める。そして考えるんだ、何かが間違っているということを。
戦争イベントは、一体いつ発動するのだろうか?
なぜ、俺達はこんなまったりとした生活を送っている? 罪人じゃなかったのか? これはもう完全に町人としての生活じゃないか。
ごしごしと顔を洗い、湯船から上がる。
何ちゃっかりのほほんとしているんだ俺は。
ここに来た、本来の目的を果たさないと。
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次話『平穏な生活の理由』
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