第16話 平穏な生活の理由。
翌日、城の中を探索し、訓練場にて白銀の騎士ベルザバを見つけることが出来た。鎧を脱いでいる彼はとても端正な顔立ちで、城内にいるメイドたちが思わず足を止めてしまうほどの美男子だった。
「なんだ、今の生活に不満でもあるのか? 嫁と娘、家族水入らずでの暮らしのどこに不満がある? 仕事だって斡旋した、金にだって不自由はしていないだろう?」
金に不自由はしていないように見えるが、俺には待たせている船員たちがいる。こうして何もせず過ごしてしまった二十日間分の給料だって工面しなくてはいけないのだから、実際のところ家計は大赤字、火の車過ぎてそろそろ大爆発しそうだ。
それに俺には確かに嫁と娘がいるが、あの二人じゃない。あれはサマードム城の箱入り娘と魔王軍六人衆が一人、腐肉の王ネルメだ。なんか知らんが二人共その気になっているように見えるが、俺にはちゃんと別に家庭がある。言えないけど。
「魔王軍との戦争?」
俺は話題を変え、魔王軍との戦争について質問することにした。確か当初、白銀の騎士ベルザバは魔王軍との戦いに備え、騎士をそちらに向かわせたいと言っていたはず。
「ほう、物覚えがいいな。確かにあの時、俺はそのような物言いをしたが、今は状況が変わった。というか、元に戻ったと言っていい」
元に戻った?
「ああ、魔王軍の居城はあるものの、こちらが手を出さなければ相手も何もしない。膠着状態へと戻ったということだな。何もしなければ被害も発生しない、目の上のたんこぶではあるが、我が国ではあの居城は相手にしないということに決まっている」
それって、いつから?
「なんだ、意外と知りたがりなんだな。良いだろう、教えてやる。そこに座れ」
言われた通り訓練場の椅子に座る。
すると彼は俺の前に立ち、教鞭を執り始めた。
「二十年前、魔王軍幹部が領土内に突如居城を構えた時はこちらも臨戦態勢を取ったらしいが、その後魔王軍は一切の手出しをしてこなかった。ある程度の小競り合いはしたらしいが、こちらが仕掛けない限り魔王軍も何もしてこない事が判明してな。それ以降、二十年間、我々は共存に近い関係性を築き上げていたのだ」
二十年か……やはり、他と同様に、シナリオは動き始めていたんだろうな。だが、俺が動かなかったせいで中途半端な形で止まり、それがそのまま今まで続いてしまっている。だが、それなら何故急に騎馬隊を魔王軍へと向かわせようと思ったんだ?
「芸術の街、ソルグレッドの人食いネズミ騒動の知らせが入ったのと時を同じくして、魔王軍の居城に動きがあったと斥候から一報が入ったのだ。居城内の魔物たちがざわめき始め、城の周辺に何万というゾンビの姿があるとな。その様子はさながら地底にあるという、死者の国を彷彿させるような光景だったのだとか。だが、それも数日もすれば消え去り、今は元の状態へと戻ったらしい」
それで、今の平穏な日常が戻ってきたって訳か。
もうひとつ質問なんだが、どうして俺は今、アークグリッド公国内で市民権を得ているような生活を送れているんだ? 俺は身勝手な行動で街道を破壊した極悪人じゃなかったのか?
「元の状態には戻ったものの、いつまた魔王軍に動きがあるか分からないからな。貴様の実力はいろいろいと言いたいところはあるが折り紙付きだ、家族がいる以上、有事の際には貴様だって立ち上がるだろう?」
なんだ、見方を変えれば家族という名の人質ってことか。だが、そういう感じの方が分かりやすくて良い。ギブ・アンド・テイク、与えたんだからちゃんと返せよってことだな。
「それと、処刑しようとしたグラーテン国の第一王子だが、彼が本物だということも判明してな」
ああ、そうなの?
「これまでの証言をまとめると、人食いネズミの存在に気付いたお前達をオペラ会場に入れる為に、彼は暴力という手段を選んだのだろう? 感心しない手段だが、結果として未来の被害を防いだのだ。更には崩落はしたが、魔王軍の居城のひとつを陥落に成功している。彼を通じてグラーテン国へと感謝状を送るとの話も出ているぐらいだからな。お前達を来賓扱いこそすれど、罪人扱いには出来ないさ」
なるほど。
どうりで王子を最近見かけない訳だ。
「さて、これだけ喋ったのだから、俺の願いも聞き入れてもらおうか」
ベルザバの願い?
「なに、俺の訓練に付き合って貰うだけさ」
言うと、彼は付近にあった剣を手に取り、俺へと投げ渡してきた。
「貴様、勇者と呼ばれているらしいな? 僅かな時間だが、共に戦った時の動きは決して悪くはなかった。安心しろ、使う剣はナマクラだ。まともに喰らえば骨の一本や二本は折れるだろうが、受けることぐらい、お前でも出来るだろう?」
剣を受け取り、俺も構えを取った。
白銀の騎士ベルザバは自信家だったのだろうけども、彼の剣は正直なところ、あんまり大したことはなかった。
この世界は日々の鍛錬よりもレベルが物を言う世界だ。白銀の騎士ベルザバのレベルがどれほどかは知らないが、剣を重ねた感じ、俺のレベルに達しているとは到底思えない。
いいとこ二十かそこらだろう。
俺には彼の剣が止まっているように見える。
これで第二騎士団長様か。
平和ボケが彼等を弱くしたのかな。
「ふっ、まぁ、こんなところか」
適当なところでワザと剣を弾かれ、俺は彼へと勝ちを譲った。見た感じ俺が手を抜いたのにすら気づいていない、レベル差がありすぎるとこういうのにも気付けないんだろうな。
「今回は残念だったが、貴様、なかなか筋が良かったぞ? だが、まだまだだな、我流に慣れすぎて隙が大きい。もっと鍛錬を積むんだ。そうだな、俺から一本を取れたら、白銀騎士団に入団出来るよう推薦状を書いてやろう。騎士団はいいぞ? 地位も名誉も、金だって今の倍は貰えるからな。家族を楽にさせたいだろ? 是非とも貴様には頑張って俺を目指して欲しい。年齢なんか気にするな、この世界は実力が全てだ、諦めずに精進しろよ」
へいへい、ご講釈が長いことで……ん?
なんか、俺達を見ているご老人がいるな。
やたらと眼光鋭いんだが、アレは誰だ?
……まぁいい、今は余計なイベントを起こさず、本来の目的を果たすことに専念しておこう。
「万のゾンビの軍勢?」
帰宅した俺はさっそく飛びついてきたネルメへと、不明な部分について聞いてみることにした。
幸い、太陽の巫女は今日は戻らないと聞いているし、相変わらず王子は不在だ。なので二人きり、隠しっこなしの話が出来る。
「ああ、アレはアタシがあそこの居城を離れるってなって、部下たちが勝手に騒いだだけのことだね。いやだって、ソルグレッドだっけ? あそこに派遣してた人食いネズミがやられたって聞いてさ、しかも勇者様が直接手を下したでしょ? 光の魔法かなにかで消滅したとか? 二十年以上動きがなかったはずの勇者様が、ついに動いたのかー! って、アタシも柄にもなく興奮しちゃってさ、それに皆反応しちゃった感じ」
俺の存在に、ネルメたちは気づいていたのか?
「そりゃ当然気づくっしょ。でも、魔王アザテリウス様から、絶対に勇者様にこちらから手を出すなって言われてたからさ。だから何もしないまま、何年も経過しちゃってたってわけ。でも何もしなさ過ぎるのも暇じゃん? だから人間の主要な街の近くに拠点を作って、そんで暇つぶししてたの」
暇つぶしの規模がデカすぎんだろ。
しかも今、人間の主要な街って言った? まさかグラーテンとか、サマードムの近くにもネルメの居城ってあったりしたの?
「もち、アタシやると決めたら徹底的にやるから」
初っ端にネルメの居城に気付かなくて、本当に良かったよ。さて、そろそろ本題に移ろうか。ネルメよ、先の話だが、万の軍勢を動かすことが出来るんだよな?
「出来るよ?」
ならそれを、アークグリッド城へと攻め込ませることも出来るってことだよな?
「出来るけど、いいの?」
ああ、出来るだけ派手に頼む。
ただ、殺しは無しだ。
イベントでの殺しは復活出来ない可能性があるからな。その代わりゾンビ化なら好きなだけしてもいい。あれならネルメの力で自由自在に戻せるだろ?
「うーん、ならさ、ゾンビ化した人間を殺した風に見せるっていうのは、大丈夫そ? アタシの子たちって命令には素直に従うけど、加減を知らない子ばかりだからさ、弾みで殺しちゃうかもなんだよね」
ゾンビの間は死なないだろうけど、ゾンビから戻した時に死ぬんじゃないか? 以前、王子が人間に戻った時に失血死してたけど。
「ああ、それはダイジョブ。ゾンビの体って切断された部位をくっつけておけば勝手に治るから」
そうか、なら、それでいいぞ。
あと最後に、ネルメの正体をバレないよう、変わり身を立たせておいてくれな。正体がバレちまうと、俺達と一緒に居づらくなっちまうからな。
「立たせるのはいいけど、アタシの子たちって喋れないし、声でバレちゃうんじゃないかな?」
確かに、ゾンビが喋るって聞いたことがないな。それにネルメの声は特徴のあるギャルっぽい声だから、バレる可能性があるとも言えるが。
「あ、アタシ良いこと思いついた」
なんだ?
そんなニヤついた顔して、どうした?
「勇者様がアタシの代わりをすればいいいんだよ」
にひひーって顔をして、何を言うかと思えば。
……え? マジで? 俺がネルメの代わり?
嘘でしょ?
——————
次話『価値のある敗北』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます