第4話 誘拐イベントが、二十年前に発生しておりました。
パーティ平均年齢が四十歳だろうが俺達は主人公であり勇者様御一行だ。
魔王を不老不死にするために一日でも早く魔王城へと向かわねばならない。
サマードム城を出て東へと歩を進めると、次なる目的地である港町が見えてきた。ここでの目的は船を手に入れること。ゲームでは大富豪の商人の家へと行くと、都合良く娘が誘拐されるイベントが発生する。それを救出し、お礼として船を頂戴するという内容なのだが。
「娘が盗賊に誘拐されてから、もう二十年が経ちます。愛娘を失った悲しみは、今も癒えておりません。貴方達が娘を救出するにしても、恐らくもう……」
商人の娘さん、しっかりと二十年前に誘拐されてしまっていた。思えばグラーテン城でもサマードム城でも時間経過だけはしていたのだから、当然の展開とも言えよう。しかし、魔法使いの爺の時もそうだが、結果は間違いなくついてきている。それを踏まえた上で、俺は夫妻へと娘さん救出を提案した。
「娘を救出し、連れ帰ってきてくれるのですか? 失礼ですが、貴方達は一体どちら様なのでしょうか? 皆様、それぞれ良いご年齢のようですが」
童貞中年王子の淋しくなった頭を見ながら、夫妻は言った。俺だって無精髭を生やしているし、太陽の巫女の頬にはほうれい線がある。だが、それだって俺達は言わなければならない。俺達こそが勇者パーティなのだと。
「……」
伝えると、夫妻はとても可哀想な人を見る目で俺達を見つめてきた。
これまでで一番大きなダメージを心に負った気がする。
太陽の巫女なんか既に泣きそうだ。
いたたまれなくなった俺達は、無言のまま席を立ち、商人の家を後にした。
なぜか手土産として少額の金銭を頂いたが、それはその日の夜の酒代に消えた。
酒が残る頭のまま、俺達は港町を出発した。
さっそく盗賊のアジトへと向かおうとすると、太陽の巫女が不思議そうな顔で質問をする。
「盗賊のアジトの場所が分かるのですか?」
分かる、と言いたいところなのだが、なんと説明すれば良いのだろうか? 既に攻略済みのゲーム世界なんて言ったところで、釜戸で料理し石風呂で身体を清めるこの世界では通用するはずがない。答えに詰まっていると、童貞中年王子が代わりに答えてくれた。
「勇者ですから」
あまりにも凛々しかったのか、太陽の巫女も何も言わず。思えばこの童貞中年王子、仲間になった時から文句のひとつも言わずに俺の後を歩いてきているのだが、少しは疑問に思わなかったのだろうか? 風の塔の時もゾンビ村の時も、俺は彼に何も伝えていない。その旨を聞いてみたところ。
「僕、引きこもりでしたので……」
とても悲しい返事を引き出してしまったことで、俺達の会話は終わった。
無言のまま進むこと三日、盗賊のアジトがある山岳地帯へと無事到着する。
山の中腹を削って出来たアジトだが、二十年という月日が彼等を成長させたのだろう。アジトというには立派すぎる、神殿みたいなアジトが完成されてしまっていた。中にいるモンスター……というか、盗賊の面々までレベルが上がっていたら厄介だなと身構えていたのだが。
「なんか、全員老けてますね」
アジトを出入りしている盗賊の面々が、随分と老けていることに気づく。
もしかしたらだが、この二十年間、メンバーの入れ替えを行っていないのだろうか? 盗賊なんて募集も出来ないし、やり手なんてほとんどいないのだろう。二十年分歳を重ね、その成果がでっぷりとした腹部に如実に現れてしまっている。
盗賊の強みはその素早さにある。
しかし今の彼等はそれが死んでいる。
「はーっはっはっは! このグラーテン第一王子が相手をしてあげようじゃないか! 束になってかかってこい! はーっはっはっはっは!」
童貞中年王子も相手が老けた男性だと容赦しないらしい。
太陽の巫女へとウインクを飛ばしながら、年老いた盗賊をばったばったと倒していく。
巫女も最初は「怖いです」と言って戦わなかったのだが、弱いと知ったからなのか「神の奇跡を喰らいなさい!」と元気よく魔法をぶっ放すようになった。
四十前後の男女が元気よく働いている。
なんていうか、良いものが見れた気がした。
周囲にいた雑魚の群れを片付けた後、三人で盗賊の親分へと詰め寄る。
親分というよりも、年齢的に既に、長老に片足を突っ込んだような老人だ。
いたぶるのも気が引ける。
商人の娘を返してくれれば、それでいい。
そう伝えたところ。
「商人の娘? ああ、あの娘なら何年も前に独り立ちしたよ。誘拐して身代金を要求したってのに、あの夫妻一リラも寄越さなかったんだ。その事実を知ってか、娘さんもやさぐれちまってな。可哀想だってんで、俺達で育ててやったんだ」
娘さん、二十年の間に盗賊になってましたね。
というかあの夫妻、娘よりも金を優先したのか。
何とも酷い話だ。
「盗賊の話を信じるのですか?」
太陽の巫女が聞いてきたが、さすがの親分も命がかかったこの状況で嘘は言うまい。話を信じた上で、大事なのは商人の娘がどこにいるのかなのだが、その部分も親分は包み隠さず教えてくれた。
「手下引き連れて西へと向かったよ。翡翠の勾玉とかいう宝を盗むんだって息巻いてやがったからな。今は盗みを成功させて、どこか遠くに隠れてるって風の噂で聞いたが。娘の特徴? 髪をピンクに染め、ファッションで眼帯をしてるんだが、なんてったって俺達が育てた娘みたいなもんだ。テメエ等に見つかるようなヘマはしないと思うぜ?」
俺達は一路、童貞中年王子の城へと急いだ。
「そうだよ、アタイが商人の娘さ」
硬貨に変えないで良かった。
この時ばかりは童貞中年王子の下心に感謝だ。
「両親のもとに帰れ? ふざけんじゃないよ、どうしてアタイを見捨てた奴の所になんか帰らなきゃいけないのさ。殺してもいいってんなら帰るけどさ、そうじゃなきゃ死んでも嫌だね」
ごもっともな意見である。だが、帰ってもらわないとストーリーが進まないし、何より俺達の船が手に入らない。そこで俺は商人の娘へと、駆け引きを申し込むことにした。
「アンタ、家に復讐がしたいんだろ?」
「そうだけど?」
「じゃあ、俺に妙案があるんだが、どうだ?」
「妙案って、何さ?」
「なに、簡単な話さ。アンタ、この王子と結婚するつもりはないか? 見てくれは中年男性そのものだが、こう見えてグラーテン国の第一王子でな。富豪の商人であっても、相手が王族なら首を立てに振るしかない。それから、家主になったアンタが家を乗っ取れば良い、どうだ?」
童貞中年王子には恋人願望がある、そして商人の娘は親に復讐がしたい。
二人が結婚し家を乗っ取り、夫妻を追い出してしまえば復讐は完遂する。
その後、俺へと船を譲渡してくれればそれでいい。
「ななななな、何を言っているのですが勇者殿! ぼぼぼぼぼ、僕、僕がこんな素敵な女性と、けけ、結婚とか、許されるはずないじゃないですか!」
「いいねぇ、それ乗った」
「ででで、ですよね! 僕なんかと結婚————して、くれるんですか! 僕と、結婚! 本当に!? やや、やったー!!!!」
まぁ恐らく、結婚して追い出しが完了したら離婚なんだと思うが、今は言わなくてもいいだろう。
さっそく俺達は娘と共に商人の家へと行き、そのまま婚約を伝え、数日後には童貞中年王子と商人の娘ははめでたく結婚した。結婚後すぐに盗賊の一味が商人の家へと移住を始め、乗っ取りはものの数日で完了する。そして完了の報告と同時に、童貞中年王子が綺麗な身体になって俺達の下へと戻ってきた。綺麗な身体、つまりは円満離婚だ。
「まだ、手を繋いですらいないのに」
童貞バツイチ中年王子を慰めるためにと、俺達は町の酒場へと足を運んだ。
やけ酒を飲んで眠りこけた彼へと、太陽の巫女が毛布を掛ける。
「それにしても、勇者と呼ばれるくらいなのですから、聖人君子みたいなものだとばかり思っていたのですけどね。追放された夫妻、今頃無一文になって苦しんでいると思いますよ?」
俺の隣に座ると、太陽の巫女も酒を飲み始める。
「無一文か」
テーブルに残るつまみを口へと放りながら、俺も酒を飲んだ。
「硬貨に姿を変えるよりは、良いと思うけどな」
「硬貨に姿を変える?」
「だってそうだろう? 娘が帰ってきたってのに、あの夫妻は一度も笑顔を見せなかったんだ。俺からしたら、あの夫妻だって立派な悪党だよ」
娘の話をしていたら、嫁と娘の顔が思い浮かんできた。
そういえば一日で帰るって伝えたのに、もう随分と時間が経っちまったな。
移動魔法が使えるようになったら、一度家に帰りたいところだ。
「……お優しいんですね」
「ん?」
「いえ、やっぱり勇者なんだなって、思っただけです」
巫女は残る酒を飲み干すと、笑みを残し、自分の部屋へと戻っていった。
――――――
次話『船員たちへの給料が支払えない』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます