第3話 平均年齢四十歳。だからどうした。

 すっかり痩せた中年王子と共に、俺達は次の大陸へと続く洞窟へと足を運んだ。入口には門兵らしき人物がいるのだが、中年王子がいれば問題なく通れる。そういう設定のはずなのだが。


「止まれ、お前達は何者だ」


 中年王子がいくら本物の王子であると伝えても、彼等は俺達を通してはくれなかった。二十年間引きこもっていた弊害だろうか。それとも急激なダイエットによるものだろうか? 結局、一度俺達は城へと戻り、国王の書状を得ることで、ようやく門兵たちは俺達を通してくれた。


 途中にある大きな扉を鍵で開けると、そこから先はまた平坦な道が続く。大陸間洞窟は魔法使いの洞窟とは違い、歩く場所は完全に整地されているし、魔物の一匹も出てこない。他国との交易路という面を考慮すれば当然のことなのだが、あの大きな扉があった状態でどのように交易していたのだろうか? 


「他国との交易? しませんよそんなの」


 中年王子に聞いたところ、魔王軍の進撃が始まって以降、この扉は国の安全の為に閉鎖されていたのだとか。なるほど、だから弱い魔物しか存在しなかったし、魔王軍の襲来も無かった訳か。どこか関心しながら洞窟を進むと、やがて出口が見えてきた。


 次の目的地は洞窟から北へと向かった先にある村なのだが、ここら辺から魔物がちゃんとした魔物へと変化が始まる。狼男や巨大カニ、樹木の化け物なんかもいるのだから、グリーンスライムがどれだけ可愛い存在だったのか。


 中年王子は戦うたびに命からがらな状態ではあったものの、どうやら俺の方がレベルを上げすぎたみたいで、大抵が鉄の剣の一撃で終わってくれた。切っ先で触れるだけで硬貨に変わってしまうのだから、ほとんどチートみたいなものだ。そんな感じで村へと到着し宿屋へと泊まると、中年王子がボソっと俺に話しかけてきた。


「僕、彼女欲しいんですよね」


 ゲームでは仲間になった後は一言も喋らないから知らなかったのだが、中年王子には結婚願望があったらしい。本来なら二十歳ぐらいで冒険へと出ているのだから、そのくらいならば恋人が欲しい言われても何とも思わないが、彼は既に四十を超える。痛々しい限りだ。


「出来たら可愛くて、年下が良いんですよね」


 恋バナに花を咲かせるような年齢ではないし、俺に至っては既婚者であり更には娘もいる。中年王子の要望には適当に相槌を打ち、心の中でコイツを娘に会わすのは止めておこうと心に誓った。


 そんな下らない会話をしていたせいで、俺は中年王子へと忠告するのをすっかりと忘れてしまっていたが、この村は既に魔王軍により制圧された村であり、夜になると村人がゾンビへと変化し、俺達へと襲いかかる。


 寝入った中年王子の「えひえあああ!」とかいう悲鳴でそのことを思い出した。見ると、中年王子が数多の女ゾンビに囲まれているではないか。助けないとと剣を抜くも「待って下さい!」という声が聞こえてきて、剣を引っ込める。


「僕、人生で初めてモテてるんです! 勇者様に鍛えられましたから、噛まれても大丈夫! それに朝には元の村人に戻るんですよね! なら、この事を本人に伝えて、僕が彼女たちを守ってあげないと!」


 童貞のハーレム願望に付き合うつもりはないのだが、村人を殺さないという選択肢は間違いではない。俺は童貞中年王子をその場に残し、一人で村の教会へと足を運んだ。


 村の教会には神官に化けた魔物がおり、コイツが既に死体となった村人を操っている。背後から剣を突き刺すと一撃で硬貨へと姿を変えた。どうやらボスクラスも一撃で仕留めることが出来るらしい。それなりの苦戦を想定していたのだが、一体俺はどこまで強くなってしまったのか。宿屋へと戻ると、村人の死体を抱きしめながら童貞中年王子が泣いていた。


「生まれて初めて出来た恋人だったのに」


 この人達はお前の恋人ではない。

 心の中でそうつぶやき、彼と共に村人を弔う。


 翌朝には無人となった村から道具や装備を漁り、俺達は次の目的地へと向かった。次の城では太陽の巫女が仲間になる予定なのだが、彼女を仲間にするにはアイテムが必要となる。


 それが翡翠の勾玉だ。


 本来は依頼を受けてから回収しに行くアイテムなのだが、魔法使いの鍵同様、別に順序を守らなくても回収は出来る。


 要は、翡翠の勾玉を盗んだ盗賊を倒せばいい。

 そして盗賊は、この風の塔に潜んでいる。


 初めての塔の攻略、上層階へと上がると、塔自体が強風で結構しなる。風の音も凄いし、なんだか船酔いみたいな感覚にも襲われるが、どうやらそれは敵も同じらしい。


 通路で寝くたばっている盗賊へと童貞中年王子が一撃を入れると、それだけで硬貨へと変わった。


 人が硬貨に変わったのである。

 正直、引いた。

 童貞中年王子も青ざめた顔を俺へと向ける。


 盗賊はゲーム設定上魔物扱いなのだから、倒せば硬貨に変わる。理屈では分かるのだが、少々気の毒な感じもする。悪いことをすると殺された時に死体すら残らない。なんとも恐ろしい限りだ。


 最上階へと到達すると、盗賊の親分が子分たちを従えて俺達の前に立った。長いピンク髪に眼帯、豊熟した肉体を持つ女親分だが、ゲーム時は上半身裸の筋肉男だったはず。二十年という月日で組織変更でもあったのだろうか? 何にしても、子分達の忠誠度は随分と高そうだ。


「貴様ら、アタイの盗賊団から宝を奪おうたぁいい度胸じゃねぇか! ぶっ殺してやんよ!」


 女親分が声を上げると、一斉に子分達が飛びかかってきたのだが、所詮は雑魚の集まりだ。俺の剣で一撃で硬貨に姿を変えるし、童貞中年王子でも充分に相手が出来る。数分後には全ての雑魚を倒し、女親分へと切っ先を向けていたのだが。


「勇者、止めておきましょう」


 童貞中年王子が待ったを掛けた。


「彼女は僕の城へと投獄させます。更生のチャンスを与えるべきです。無事更生したのなら、僕に仕えるメイドとして雇いますので、ご安心下さい」


 コイツ、この女親分と寝たいだけだな。


 童貞中年王子がパンパンっと二回手を叩くと、どこからか兵士がやってきて女盗賊親分を連行していった。一体どこから兵士が来たのか少し悩んだが、所詮はレトロゲーの世界なのだから、考えるだけ無駄だ。


 それより塔の攻略が終わったのだから地上へと戻らないといけない。ゲームでは塔の端から飛び降りるだけで地上へと戻るのだが、それはどうやら出来そうにない。


 この塔、ビルの二十階ぐらいの高さがある。

 飛び降りたらそのまま死ぬ自信がある。


 安全第一、徒歩で地上へと戻ろうとすると、童貞中年王子が「飛び降りた方が早いですよ」と笑顔で伝えてきた。


 どうやらこの世界では落下死という概念は存在しないらしい。童貞中年王子と共に飛び降りると、本当に無事着地することが出来た。結構楽しかったから、今度嫁と娘を連れてこよう。


「実は、翡翠の勾玉を盗賊に盗まれてしまってな」


 次の城、太陽の巫女が仲間になるサマードム城へと行くと、とてもスムーズに女王の間へと通され、件の翡翠の勾玉の話を聞かされた。


 冒険者にはもれなく話をしているのだろうか?


 それにしてもセキュリティが甘い気がする。城を守るのは槍を構えた薄着の褐色肌の女性ばかりだ。女王の国とはいえ、力仕事まで女性に任せているのは正直どうかと思う。


「ご安心下さい女王陛下、既に勇者様が翡翠の勾玉を取り返しております」


 童貞中年王子が片膝をつき、勝手に翡翠の勾玉を献上してしまった。


「どうでしょうか女王陛下、これを機に我が国との同盟を検討されては? 我が国は魔王軍の侵略を阻止し、現在まで戦力を蓄えておりました。微力ではございますが、御国の女性陣の力に……いえ、是非ともこの国の至宝である貴方達を、私どもの手で守らせて頂けないでしょうか!」


 この童貞中年王子、女のこととなると無駄に滑舌が良くなるらしい。だが、腐っても王子は王子だ、相手の女王陛下も悪い顔をせず、王子の申し出を受け入れる形になった。


「同盟の証という訳ではないが、そなた達は我が国の国宝を取り返すだけの力を持つ者。現れるのが少々遅かったが、伝説の勇者ということに違いないのであろう。よって、貴殿等に我が娘、太陽の巫女を預ける。是非とも、魔王討伐の力とするが良い」


 王女が手を叩くと、神秘的なローブを身にまとう巫女が姿を現した。日に焼けた茶色くて長い髪、褐色肌の巫女が姿を現すと、童貞中年王子が感嘆の息を漏らす。巫女が仲間に加わることを了承し城を出ると、俯きながら巫女がポツリと漏らした。


「やっと出れた……」


 巫女……とはいえ、二十年が経過しているのだから、年齢にして四十前だ。彼女は泣きそうな顔を両手で隠しながら、ひっくひっくとえづき始める。


「ずっと……ずっと神殿から出れなくて、もう、このまま死ぬんじゃないかと思っておりました……やっと出れた……ひっぐ、やっと、私の人生が始まるんだ……ううっ……うううぅっ……」


 何ともいたたまれない雰囲気を飲み込み、俺たちは次の国を目指したかったのだが。泣き止んだ彼女は赤らんだ瞳のまま、俺達を見ながらこう言った。


「あの……本気で私たちで魔王討伐に向かうのですか? どう見ても私たち、そこら辺の冒険者よりも年齢が上ですよね? 肉体的にも精神的にも、既に第一線にいないような気がするのですが……」


 無垢で容赦のない意見が胸に突き刺さる。

 四十歳から始まる魔王討伐。


 まぁ、普通ではないだろう。

 そもそも魔王討伐ではない。


 魔王を不老不死にする。

 それが、俺の秘めたる目的だ。


——————

次話『誘拐イベントが、二十年前に発生しておりました』

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