第2話 重要キャラが寿命で死んでる。

 最初の町を出発してしばらくすると、最初の城が見えてきた。ゲームだと歩いて数秒のはずなんだが、こうして歩くと想像以上に時間が掛かる。


 これは明日帰るのは難しいかもしれない、などと考えていた時に、ふと、近くに洞窟があるのを思い出した。


 洞窟の奥には魔法使いの老人がいて、次の大地へと繋がる扉を開ける鍵を譲ってくれる。普段はどうしてんだよと気になる設定だが、所詮レトロゲームの世界、考えるだけ無駄だ。


 本来なら城の王様から情報を仕入れた後に向かう場所なんだが、その場合少し戻るような形になってしまう。


 少しでも時間短縮をしよう。

 そう考え、俺は一人洞窟へと向かった。


 ゲームとは違い、やたらとリアルな洞窟だった。鍾乳洞みたいな石柱が天井にびっしり生えてるし、地面は少しぬかるんで苔が生えていて結構滑る。


 松明が無いと暗くて先が見えないのはゲームと同じ仕様なんだが、ゲームだと壁の向こう側まで照らすくらい明るいのに、この松明は普通に暗い。


 というか、洞窟とはいえ舗装された道なんだなってゲームしてて思ってたんだが、実際は凸凹でめちゃくちゃ歩きづらかった。


 壁を這う大きいムカデとかもいるし、こんな場所に好んで住まう老人の気がしれない。間違いなく変人だ。


 ムカデは鉄の剣で切り刻んでおいた。

 愛する嫁が結婚十年目にくれた大切な相棒だ。

 

 洞窟の仕様はリアル指向だったが、道順はゲームと全く同じだった。宝箱もちゃんと用意されていたし、中身も誰も触った形跡がない。この二十年間、誰もこの洞窟に来なかったってことの証だ。


 鍵が無いと他の大地に行けないのに。


 そんな適当なことを考えながら洞窟の深部へと向かうと、回復の泉が見えてきた。謎に青い炎が泉を照らしあげていて、神秘的な印象を与えてくるものの、それを口にするのはためらいが生じる。


 だって、湖面の虫の死骸が凄い。

 虫っていうか魔物なんだろうけど。


 どういう理屈か知らないが、虫がカサカサと青い炎に誘われて泉へと到達すると『ジュッ』という音と共にひっくり返って死ぬ。俺には回復の泉でも、魔物には即死級のデストラップのようなものらしい。


 しかし、どういう訳かコイツ等は硬貨に姿を変えず、そのままの状態でひっくり返り、気持ち悪い虫の腹を曝け出しながら死んでいる。


 魔物が死んだのに経験値が入った感覚がしない。俺が直接倒さないと経験値にも硬貨にもならないらしい。初めて知った。


 コンビニの殺虫灯みたいなもんか。


 回復の泉はしっかりと二十年間仕事をしていたみたいで、死骸が山のようになっていた。誰も掃除する人がいないってことは、今後もこの虫の山は肥大化を続けるのであろう。何とも気色悪い話だ。


 そして突き進むこと小一時間ほどで、俺はようやく目的の場所へと到着することが出来た。ゲーム内だと五分で踏破するのに、リアルだと十倍以上時間が掛かる。何とも厄介なもんだと思いながら、洞窟最下部にあるほったて小屋の扉を開けた。


 ゲームでは小屋の中に魔法使いの爺がいて「おお、勇者よ、この鍵を持っていきなさい」とか言って脈絡なしに鍵を寄越すはずなんだが、そこに爺さんはいなかった。


 いや、いる。

 爺さん、ベッドで死んでる。

 

 転生前も転生後も人の死体なんて見たことなかったから、見た瞬間は身体が硬直した。白骨死体だったのが救いか、これでグロいのだったら泣き叫んで逃げていたところだ。


 死んだ爺さんへと手を合わせた後、テーブルの上に置いてあった鍵、それと本を手にする。中を読むと、今日も勇者が来ない、今日も勇者が来ないと延々と書いてあった。最後の方は勇者への罵詈雑言で埋め尽くされていて、読むのを途中で止めた。


 小屋を立ち去る前に火でも放ってやろうかと考えたのだが、煙にまかれて俺が死ぬなと気付き、小屋はそのままにしておくことにした。


 洞窟の入口に『魔法使い死亡のため無人』という立て看板を残し、俺は当初の目的である最初の城へと向かった。


 グラーテン城、ここの城の王子様がゲーム内における最初の仲間だ。回復魔法も使えるし、彼を起点にしたイベントも多数用意されている。


 魔王城へと向かうのに必要な仲間ではあるのだが、ゲーム開始から既に二十年が経過してしまっている。魔法使いの爺然り、シナリオ通りに事が進むのか一抹の不安を抱えていたのだが。


「うむ、宜しく頼む」

 

 あっさりと承諾してくれた。


「では、王子をここに」


 玉座の間に現れたのは、でっぷりとしたお腹を持つ、若干頭が薄くなってしまった中年男性だった。


 何かの間違いではないか?


 思わず口にしてしまったのだが、どうやら彼が王子様で間違いないらしい。二十年間部屋の中に引きこもり、俺が現れるのを延々と待ち続けていたのだとか。


 王子というよりも王様と呼んだ方がいい貫禄の持ち主であるし、見た目からして戦力になりそうにない。だが、彼がいないとストーリーが進まないのは確かなのだから、やむなし、彼を仲間に加えることを了承した。


「引きこもりがようやく出ていってくれる」


 そんな言葉が聞こえてきて玉座の間を振り返ると、国王が近くにいた大臣と共に抱き合いながら、王子の出立を喜んでいた。淋しげな眼差しで二人を見ていた彼の肩を、俺はぐっと引き寄せる。


 次の目的地は城から西へと向かった先にある大陸間を繋ぐ洞窟なのだが、中年王子がいかんせん役立たずなので、しばらくレベル上げをすることにした。


 少し走ると息が上がり、武器を振るうだけの筋力すらない。お腹のお肉が邪魔で鎧の装備も出来ないのだから、このままでは次の大陸へと向かったところで殺されるのがオチだ。


 ゲームでは殺されても棺桶に突っ込まれるだけだが、それでも中年王子が無惨にも殺されるのは見たくない。幸いこの世界はゲーム世界だ、魔物を倒していればレベルが上がりステータスが上がる。そうすればお腹も引っ込み、普通に動けるぐらいにはスタイルも良くなるはずだ。


 俺もグリーンスライムを二十年間倒し続けていたせいか、拳の破壊力が通常のそれではない。多分、レベル四十くらいにはなっているのだろう。


 しばらくは中年王子と共に雑魚狩りにいそしもう、そう考えて、雑魚狩りを開始して三日目。


「もう……筋肉痛で身体が動きません」


 城下町の宿屋にて、苦悶の声を上げる中年王子がそこにいた。それもそうか、四十を超えるおっさんがいきなり肉体労働にいそしむようなものだ。


 四十肩で腕は上がらないし、足の裏には一丁前にマメまで出来ている。頼みの回復魔法も今のレベルでは使うことが出来ず、使えたとしてもマメが凹むだけだ。二十年間引きこもった成果が如実に出ている、そういうことなのだろう。


 しかし、このまま中年王子の健康をいたわりながらでは、次の大陸に向かうのに数カ月は要してしまう。その間に魔王が死亡してしまってはこの世界が終わる。どうにかしていい方法はないものか。


 考え抜いた俺はあることを思い出し、中年王子に寝ているよう告げると、一人魔法使いの洞窟へと足を運んだ。


 潜ること一時間、回復の泉へと到達した俺は、山のように積み上がっている虫の死骸を片付け始める。現実世界のようにゴミ袋でもあればいいのだが、この世界にそんな便利な物は存在しない。


 適当な板に虫の死骸を載せ、爺が眠る小屋へと繋がる通路へと運び、適当に投げ捨てる。それを数十回繰り返すことで、ようやく回復の泉から虫の死骸が無くなった。


「この水を飲むと、筋肉痛が治るのですか?」


 中年王子を連れてきて、回復の泉の水を飲ませてみることにした。若干油じみたものが浮いているのが見えるが、回復の泉なんだ、腹痛もきっと治してくれるはずだ。


 飲ませたところ、苦虫を噛み潰したみたいな顔をしていたが、やがて嘘みたいに中年王子は元気になった。洞窟内にいる虫やムカデを倒しては回復の泉を飲み、不眠不休で動くこと二週間ほどで、中年王子は予想以上にスリムな身体を手に入れることが出来た。


「ありがとうございます」


 薄くなった頭を俺へと下げ、彼は無邪気に微笑む。本当なら二十年前にやるべきことだったのかもしれないなと思うと、少しだけ俺の心が傷んだ。


——————

次話『パーティ平均年齢四十歳。だからどうした。』

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