第5話 船員たちへの給料が支払えない。
始まりの町から船を手に入れるまでのシナリオは一本道だが、船を手に入れてからはマルチな行動が可能になる。要は、何をしてもいいって状態だ。
定石なのが魔王を倒す武具を手に入れること。
世界中に散らばる十本の鍵を集め、武具を祀った神殿へと行き、自分たちを強化する。
無論、最速を求める俺としても、その定石通りに進めるつもりだ。
「相変わらずどこに行くのか決まっているのですね。こんな巨大帆船を動かすのですから、決まっていた方が良いに越したことはないとも言えますが」
海風になびく髪を手で梳きながら、太陽の巫女が俺の隣に立った。陽に焼けた褐色肌の彼女は、日差しの下にいるとより美しさが増す。太陽の巫女の名は伊達じゃないらしい。そんな彼女の言う通り、商人の娘から寄贈された船は、俺の想像を遥かに超える巨大帆船だった。
『一国の王子と離縁するんだ。それ相応の品を渡さないと戦争になっちまうからな。これでアタイ達とお前らの関係は白紙に戻ったって事で、後で文句言うなよ? ……まぁ、いろいろとありがとうな』
盗賊から足を洗った商人の娘は小綺麗な格好をし、明るい笑顔を俺達に見せてくれた。
やったことは本来の物語とはかけ離れているが、きっとこれでいいのだと思う。
そんな彼女が用意してくれたのは、帆船だけではない。
船の運行に必要な人員、荷物、食料、その他もろもろ全てを彼女は用意してくれたのだから、頭が下がる思いだ。
「勇者って、不思議な存在ですね」
太陽の巫女が、俺を見ながら言った。
「貴方が側にいれば、何でも大丈夫だと思えます」
それはさすがに買いかぶりすぎだ。
俺はしがないサラリーマンに過ぎない。
彼女の笑みに、俺は愛想笑いで返した。
船酔いで苦しむ童貞バツイチ中年王子を介護しながら船旅は進み、次なる目的地である大陸へと向かっていたのだが、ゲームには存在しないイベントが発生しやがった。
「次回以降の報酬は、誰が支払ってくれるのでしょうか?」
船長から、雇用問題についての問い合わせだ。
聞けば、商人の娘からの報酬は今回の航海のみであり、それ以降は全て俺達に任せると伝られているらしい。確かにこれだけの帆船なのだから、動かすには人がいる。
そして俺達の冒険にはまだまだ船が必要だ。誰かが管理しないといけない。しかし商売を担っている訳でもない以上、船を動かしたところで金銭は発生しない。完全にタダ働きの状態だ。厄介なことに船の権利まで俺達……というか、俺名義になっている。なぜだ。
まさかあの女、俺に対しての関係も白紙にすべく、船の名義を俺にしたってことか? 実際に動いたのは俺だから? ありがた迷惑過ぎるんだが。
「え……この船を僕名義に、ですか?」
俺は童貞バツイチ中年王子を頼った。
とてもではないが、グリーンスライム貯金で賄える金額ではないからだ。
こんなバカでかい船を所有していたらそれだけで破産する。違う意味で俺の世界が滅ぶ。
そもそも結婚したのは童貞バツイチ中年王子だし、離婚して財産分与された結果きっとこの船は今ここにあるのだから、童貞バツイチ中年王子が管理することが正しい形とも言える。俺名義になっているのは商人の娘が間違えたからに違いない。という訳で、俺は権利証の名前欄を二本線で消し、童貞バツイチ中年王子へと譲ることにした。
「僕の国、鎖国してるのに……」
鎖国なんざいずれ解除される運命なんだよ。グラーテン城の夜明けぜよ! とか言いながら童貞バツイチ中年王子が開国すればそれでいい。それに事実上、商人の娘と一時的とはいえ結婚しているのだから、鎖国なんざ解除しているとも言えよう。
つまり、この船の所有権は彼が相応しい。
異論は認めない、と思っていたところ。
「勇者……」
商談中、太陽の巫女がぽつりと呟く。
見下した目で、俺を見ている。
やはり、船贈与はやり過ぎだったのだろうか。
「やっぱり、素敵です……」
謎の言葉を残し、太陽の巫女は部屋を後にした。
「勇者、今の巫女の言葉は?」
そんなの聞かれたって分かるはずがない。分かりたくもないが、多分、この船を童貞バツイチ中年王子に譲ることに対して、太陽の巫女も思うところがあるのだろう。
さすがにやり過ぎだと。
確かにやり過ぎかもしれない。
ストーリーを進める為とはいえ、童貞バツイチ中年王子は結婚し、離婚までしている。国王に報告こそしてはいないが、話が耳に入ったが最後、俺含めて大変なことになるのは火を見るよりも明らかだ。
そこに加えて巨大船舶と船員と来たものなのだから、童貞バツイチ中年王子のキャパシティを超えてしまっているのではないかと問われると、なんとも返事がし辛いところではある。
やむなし、俺は二本線で消した船の権利証を童貞バツイチ中年王子へと手渡さず、俺の懐へとしまうことにした。
「え、行き先を変えるのですか? どこへ?」
金が必要になったのだから、金策に走るしかない。セーブ&ロードが可能ならカジノでスロットが一番なのだが、当然のごとくそんなもの存在しない。かといって働いて稼ぐのも時間が掛かりすぎるし、魔物退治で稼ぐのも効率が悪い。
向かうは芸術の都、ソルグレッドだ。
ここで鍵の入手イベントをこなす。
ここでの鍵入手イベントは戦闘ではなく、特定の人物と会話をし、正解を選択し続けることで鍵の入手が可能になるという、鍵入手イベントの中でも比較的簡単なものだ。だが、一度の失敗で全てがご破算になる上、二度と鍵が手に入らないという、取り返しのつかないポイントのひとつでもある。
無論、俺は全ての正解を覚えている。
楽勝とまで言えよう。
芸術の都ソルグレッドへと到着後、俺はイベントトリガーである老紳士へと話しかける。
「この町の名物を知っていますか?」
無論知っている、オペラだ。
「今の流行りをご存知ですか?」
帝国物語。
姫と敵国の王子との悲恋物語だ。
「一番人気の歌手をご存知ですか?」
カペラ・グラセマー。
このヒロイン抜きでは語れないという、絶世の美女だ。
「おや……?」
む?
「随分と懐かしい名前でしたもので。いやいや、確かにカペラは歴代最高の女優でした。ですが、それも昔の話……そうですね、彼女のような人材を、発掘出来れば良いのですが」
しまった、俺の中の情報は二十年前のものだったということを完全に失念していた。
流行りは巡り巡って戻ることもあるが、女優はそうはいかない。
完全にしくじった。
鍵の入手はもう……いや、違う。
まだ、可能性はある。
そもそもこのイベントのラストは、太陽の巫女がオペラ歌手、カペラ・グラセマーの代役を務めることで、報酬として鍵を入手することが出来るんだ。
「え? え? え? 急にどうしました?」
俺は遠くでぼーっと座っていた太陽の巫女の手を取り、質問をしていた老紳士の前へと連れ出した。ここにカペラ・グラセマーにせまる程の逸材がいると。流行りの女優は病欠になるから、必ず太陽の巫女を代役として舞台に上げさせろと。
「何を言っているのでしょうか? 勇者様?」
うるさい黙れ、俺の世界が滅ぶかどうかの瀬戸際なんだよ。ここでオペラ歌手としての代役を成功させ、鍵を入手して勇者の武具を手に入れてそれを売る。あっという間に俺達は大金持ちだ。大丈夫、十個もあるんだ、一個ぐらい手放したところでどうにでも出来る。
「つまり、私が代役としてオペラ歌手となり、その報酬は勇者が全て頂戴するという、そういうことでしょうか?」
言葉にされるとなかなかに酷い内容だが。
そのものズバリなので、無言のまま首肯する。
「なんて酷い人」
刺すような目で俺を見ないで下さい。
あれ? でもなんか嬉しそうですね。
潤む瞳は歓喜に溢れ。
恍惚とした表情が口元にまで表れている。
なぜ?
女心は分からないし分かりたくもない。
分かるのは嫁の心だけで充分だ。
「あの……そもそも年齢的に彼女では」
老紳士が何かを言いかけた瞬間、太陽の巫女が物凄い目で彼を睨みつける。
言葉を失った老紳士はうつむき、引きつった笑顔を俺達へと向けた。
「分かりました、では、彼女に代役をお願いすることにしましょう。貴方の言う通り、看板女優が行方不明になってしまい、ほとほと困り果てていたのですよ。貴方の予言では、彼女を起用すれば舞台は成功するのですよね? その言葉、信じておりますよ」
老紳士が、頭にあったシルクハットを手に取り、俺達へと頭を下げる。
そして下げていた頭を上げると、ニヒルな笑みを浮かべながらこう言った。
「無論、失敗した場合、責任を取ってもらいますから、そのつもりでいて下さいね」
ここで言う責任とは、今回のチケット代や舞台賃料、役者への報酬……つまりは金のことだろう。しかし俺には既に完全なる答えが頭の中に入っている。セリフも行動も完璧だ。何も問題無い。正答を選び続ければいいだけのこと。
そう、思っていたのだが。
「勇者、私、頑張りますね」
ここにきて、俺は間違いに気付いた。
セリフ選択するの、俺じゃない。
太陽の巫女だ。
――――――
次話『スカートの中にいる』
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