第18話 傀儡と傀儡師

 静まり返る港の倉庫にて、乱雑に積まれた荷物の影に隠れて、はあ、はあ、と必死に息を整えるのは、私と霞様。外では、私たちを探している男たちらしき足音や気配を感じ、幾ら休んでも心臓は破裂しそうな程騒ぎ続けていた。


「そっち、居たか?」

「………いや」

「こっちの方角へ逃げてったのは分かってるんだ。徹底的に探せ」


 聞こえてきた会話は、私たちにとっては絶望しかないものだ。しつこい男たちだ、とも思うが、自分たちの商品を盗まれ、その犯人に逃げられているのだ。そう簡単に諦めて帰ってくれたりはしないだろう。


 私は改めて、走って逃げてきた時から握り締めていた霞様の手を見下ろした。しっかりと嵌められている綺麗な指輪。大きな宝石があしらわれているそれは、庶民の私にはとても値段が想像できない。というか、怖くて想像したくない、というのが本音か。彼女はどうしてそんな物を、あんな危ない輩がいる店から盗んだのか。その指輪の価値よりも、危険性の方が上回っていて得じゃないような気がするが、それは私の感覚の話なのだろうか。


 私の視線に気付いて、霞様はパッと手を離し、隠す様に左手で右手を包み込んだ。気まずそうに俯いて、何か言いたい事があるなら言えば?とでも言いたげな雰囲気を纏っている。ちょうど2人きりだ。畑荒らしの件も含めて、腹を割って話すにはいい機会かもしれない。


「………その指輪を盗んだっていう話は、本当なのですか」

「……………………」

「否定しないということは、本当なのですね」


 霞様は、否定も肯定もしなかったが、否定しなければ分が悪くなるこの話題ですぐに否定できないということは、そういう事なのだろうと察した。本人も当然ながら、自分がした盗みという行為が犯罪であることは理解していて、その上で繰り返しているのだ。だからこそ、今こうして私に詰められて、居心地が悪そうにしている。私が確認できる範囲では、少なくとも2回。この指輪と、昼間商店街で耳飾りか何かを盗んでいる。一体どうして、彼女はそんなことをしているのか。私には到底理解出来なかった。


「何故こんな事を」

「…………アンタには分かんないわよ」

「ええ。分かりませんし、分かろうとも思いません。盗みを働く人間の思考なんて」

「…………っ!」


 私のはっきりとした返答に、霞様は怒りを滲ませて勢い良く顔を上げた。こちらを睨む霞様の唇は、微かに震えている。だが本当の事だ。今の段階で霞様に、同情の余地は無い。仮にこれが、生活のために必要な食べ物等を盗んでいたのだったら、よっぽど生活が苦しいのかもしれないと事情を考慮できたかもしれない。だが、彼女が盗んでいるのは、生きていく上では必要のない、お洒落やアクセサリーだ。しかも、売って換金して生活費にするとかでもなく、自分の欲を満たす為に、自分を着飾る為に盗んでいる。これを理解しろと言う方が難しい。


「………アンタは、嫌われるのに慣れてるかもしれないけどね、私は違うのよ………」

「え………?」

「流行の服、流行のアクセサリー、流行の髪型………。私にはどれも高価で、手が伸びない物よ………」

「………………」

「でも必死にみんなに追い付いていかないと………っ、1人になるのよ………!私はアンタみたいになりたくない!」


 つまりは、霞様には、流行物を買う余裕など無いが、しかしそれらを買わなければ、周りの人や友達に置いて行かれて、孤独になってしまう。それを恐れているという、何とも年頃の女性が抱えそうな、くだらない動機であった。でも霞様にとって、盗みで捕まる事よりも、友達がいなくなる事の方がよっぽど恐ろしく、地獄のように感じるのだろう。もしかしたら、町で嫌われる私の姿を見ているから、余計そう感じた部分もあるかもしれない。


「仰る通り、私には友達と呼べる様な関係の方はいらっしゃらないので、よく分かりませんが………」


 そう前置きしつつ、私は今の話で率直に感じた事を告げる。


「友達というのは、そういった物で繋ぎ止めておかなければならない存在なのですか?」

「……………!」

「私なら、その様な友達なら最初から要らないと思ってしまいます」

「…………………」


 何かに気付かされたような表情の霞様は、再び黙り込んで、俯いてしまった。言い過ぎてしまっただろうか、と少し後悔するものの、そんな私の後悔を掻き消すように、何か憑き物が取れたかのような霞様が、ぽつり、ぽつりと真相を話し始めた。


 その真相は、またしても私の心に火を付けるような、胸糞の悪い話であったのだ。


「…………私、アンタのこと言えない。友達、1人しかいないから。………ううん、もしかしたらその友達も、私が一方的にそう思ってるだけかも」

「え?」

「椿。居るでしょ。いつも私と一緒にいる」


 この場で出てきた、椿様の名前。そして、不穏な霞様の喋り出し。全て霞様1人での犯行だと思い込んでいた私は、もう1人の『お友達』の存在をすっかり忘れていた。………そうだ。私ですら、霞様の事情を知っていたし、彼女の身なりに不自然さを感じていた。ならば、いつも隣にいた椿様なら、とっくにその違和感を感じていたのではないか。何なら、霞様の行いに気付く場面など、幾らでもあった筈。


「私………、毎月椿に 友達料 を払わなきゃいけないの。学生の頃からずっとよ」

「友達料………?」

「ええ。それが払えないと、私は椿の友達でいられない。友達料はお金じゃなくても、流行の服やアクセサリーでも満足してくれた。だから…………」


 それは、想像以上に気分の悪い話だった。霞様は、椿様に貢ぐ為に、盗みをしていたのだ。私の表情はみるみる強張っていく。


「最初の内は、細々とした仕事で稼いだお金で、買える範囲の物とか、少ないけどちょっとした現金とかで渡してたんだけど………、やっぱり苦しくなっちゃって。もう友達料、払えないかもって相談した事があるの」

「………椿様は、何て?」

「なら友達ではいられないわって、はっきりそう言われた。両親が居なくて貧しい私の友達をやってくれる人なんて、私以外にはいないわよ、とも………。まるで脅す様に、巫女様みたいにみんなに嫌われたら、毎日が地獄でしょうね、って笑われたりもした」

「……………………」

「だから今度は、男に自分を売るような仕事をした。お金良いから………、それで何とか払おうって。椿も私がそういう仕事を始めたのを知って、余計に揺さぶってきたりもしたわ。男に体売るはしたない女の友達をしてくれる人なんて、ますます私しかいないわね、とか………。それでも私、そこまで言われても………、友達を、椿を失うのが怖かった………」


 ………でも、ある日。


『霞、こんなんじゃ足りないわ』

『え………?』

『売春婦と友達になってあげてるんだもの。もっと貰わないと割に合わないわよ。変な噂が立って、私まで体売ってると思われる危険もあるのよ。それでも付き合ってあげてるんだから』

『で、でも、私これ以上は…………』

『………なら、盗めば良いじゃない。それならお金要らないでしょう?』


 綺麗に笑う椿様を前にして、霞様は言葉を失ったそうだ。人間とは、こんなにも美しく笑いながら、残酷な事が言えるのかと、どこか他人事の様にすら感じた、とも。そして霞様は、椿様が欲しいと指定した物を盗む様になった。最初は罪悪感と、バレてしまうかもしれないという危機感で、夜も眠れなかった日があった様だが、田舎町の小さな商店街では、大きな騒ぎにすらならない事が多かった。人というのは怖いもので、どんな事、環境にも次第に慣れが生まれ、それが当たり前だと感じる様になる。どんどん感覚が麻痺していった霞様は、何も感じる事なく、盗みを繰り返すようになったらしい。


「アンタの所にいる軍人たちに最初に目を付けたのも、椿よ。軍人って肩書きと、若くて美形揃いの男たちも、椿にとってはアクセサリーみたいな感覚だから。彼らが欲しいって、私に持ち掛けてきたの」

「だから、あの日うちへ………?」

「そう。まああの白鹿って男に馬鹿にされて、追い出されたけどね」


 フン、と屈辱そうに鼻を鳴らす霞様。どうやら白鹿様のあの作戦のこと、相当根に持っている様だ。


「アンタと白鹿にやられた事全部椿に話したら、椿も相当苛ついててね。アンタを嵌めて、町から追い出そうって言われた」

「それが、あの畑荒らしの件ですね」

「そう。まあアンタを追い出そうって言ったって、結局実行するのはいつも私。椿は命令するだけで、自分の手は絶対汚さない。汚さずに、欲しい物を手に入れるの」


 あの晩。霞様は1人、適当な畑に目を付けて、雑に荒らした。用意しておいた女物の草履を敢えて履いて、そこら中に足跡を残し、トドメに寺の境内に盗んだ野菜を放置する。元々評判最悪の私のことだ、これだけ雑な仕事でも、町の人たちは十分動いてくれるだろう。これが、全ての真相だった。


 勿論、それらを実行していた霞様も悪い。歴とした犯罪で、霞様が盗んだせいで損害が発生しているお店、人は何人もいる。だが、実はその裏ではもっと邪悪で最低な人間が糸を引いていた。


「………おい!いたぞ!さっきの女2人だ!」


 話が一区切り付いた頃。唐突に顔に明かりを照らされて、私たちは眩しさに顔を背けた。怒声と共にみるみる集まってくる男たちが、あっという間に私と霞様を取り囲む。


「あ、菖蒲………!どうすんのよこの状況………!」


 そう言いたいのは、私も同じだ。すっかり逃げ場を失ってしまった私たちは、さっき取り逃した件もあってやる気満々、殺気満々といった様子の男たちと、このままここで対峙するという選択肢以外、残されていない。だが、当然霞様は戦えない。私1人で全てを相手しなければならない」


「…………私から離れないで下さい、霞様」


 怯えて小さくなる霞様を背に隠しながら、私は腹を括るしかなかった。

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