第19話 初めて友達ができました

「いやあああぁぁぁ!!!」

「ひいいぃぃぃ!!!」

「や、やめて………!!お願い、それ以上は………っ!!!」


 倉庫内に響く、悲痛な叫び声。その声の主は勿論、私たち………ではなく、私たちを追ってきた男たちのものである。続々と向かってくる男らを何とか捻じ伏せつつ、同時に私に引っ付いて離れない霞様も守らなければならない。何とか返り討ちにしてはいるものの、捕まるのも時間も問題であった。


「きゃああああっ!!菖蒲っ、後ろ後ろ!!!」


 耳元でキンキンと鳴り響く甲高い声に触発されて、私は急いで振り返る。振り返り様に背後にいた男に裏拳をお見舞いし、霞様の肩を抱き寄せた。


「あ………、アンタ、なんでこんなに強いのよ………!」

「幼い頃に少し教わっていただけです。それより、怪我はありませんか霞様」

「私は大丈夫だけど………。アンタが男だったら危なかったかも………心が」

「はい?」


 何故か頬をうっすらと赤く染める霞様を見下ろしていると、その視界の片隅に、何か長い物を振り上げている人影が見えた。霞様を抱いたまま何とか交わすと、その得物が鉄で出来たパイプのようなものである事が分かり、流石に私も冷や汗が流れた。遂に男たちは、それぞれ武器を手にしだしたのである。


「売り物に傷は付けたくなかったが………、この際仕方ねぇ。多少手荒な真似をしてでも捕まえるぞ」


 倉庫内に転がっていたであろう凶器となり得る物をそれぞれ拾い、ジリジリと距離を詰めてくる集団に、いよいよ私たちも絶体絶命といった所か。何とか霞様だけでも逃がせないものかと考えていると、突然、この状況を打開できるかもしれない、一筋の可能性が男の集団の中から現れて、私はただぽかんと、それを眺めていた。戦闘態勢で張り詰めていた緊張感が一気に無くなる私を、男たちはどう勘違いしたのか、諦めの姿勢と受け取ってげらげらと薄ら笑いを浮かべる。


「ようやく観念したか。最初からそうやって大人しくしていれば良かったものを」

「ええ、ほんと、じゃじゃ馬にも程がありますよね」

「全くだ。お前ら、この2人を縛って身動き取れないようにしておけ。ここまで手間掛けさせたんだ、まずは俺たちがたっぷり楽しんでから、売り捌いてやろうぜ」

「え、良いんですか。俺たちが楽しんじゃって」

「ああ、………え?」


 男が何かの異変に気付いた時には、もう後の祭り。振り返ると、自分の手下だと思っていた会話相手は何故か面識のない男にすり替わっていて、それどころかソイツは軍帽と軍服に身を固め、妖しくこちらを見下ろしているではないか。悲鳴を上げる間もなく、手刀を振り下ろされた男は、そのままグルンと白目を向いて静かに倒れ込んだ。………黒馬様が、何故かここへ姿を現したのだ。


「黒馬様………!?どうして………」

「事情は後でたっぷり聞かせてもらおうか」


 どこか怒っているような雰囲気を感じる。何故黒馬様がここに現れたのか、どうやってこの場所を突き止めたのか、そもそも何故怒っているのか。分からないことは沢山あるが、とにかく何とか危機を免れた。私の肩の力はようやく抜かれ、傍にいた霞様も安堵の息を吐く。………私たち、助かったんだ。見れば霞様は、安堵からかその場に崩れ落ち、今まで我慢していたのか目には涙を浮かべて震えている。張り詰めていた気が一気に緩み、急に恐怖が湧きだしてきたのだろう。私はそれを宥めるように彼女の肩を摩った。彼女は嫌がることもせず、ただ私に身を委ねていた。少し前までだったら、きっとこんな風に一緒にいることも、彼女の気持ちを宥めることも、あり得なかっただろう。


「見てよ黒馬!!」

「ぎゃああああああ!!!」


 ふと見ると、黒馬様だけでなく白鹿様もここに駆け付けてくれていて、少し離れた場所で楽しそうに黒馬様の名を呼んだ。いつの間にか縄でぐるぐる巻きにされた男が、いつ用意したのか、豚の丸焼きのように焚火の上で炙られていて、悲痛な断末魔を上げている。


「何やってんだよお前」

「お灸を据えてる」

「やり過ぎだ」


 またある一角では、土下座する輩たちの前で、その輩の物と思われる財布をひっくり返し、湿気た金額に溜息をつく紫狐様の姿。これではどっちが輩なのか分からない。


「なんだよ、大して持ってねぇな」

「か、勘弁してくださいいいいい!もう悪いことはしませんから!」

「二度とアイツらに付きまとわないって約束しろ」

「はい、はい!!約束します!」


 軍人らしからぬ制裁の加え方に、静かにドン引きする私と霞様の前に落とされる影。相変わらず優し気な微笑みを携えた青兎様が、私たちと目線を合わせるように屈んだ。


「よく頑張ったね、2人とも。もう大丈夫だから」

「青兎様………」


 こうして私たちは、黒馬様たちの援軍のお陰もあって、何とか売られずに済んだのだ。



















「………ごめんなさい」


 全ての事が済み、一目散に逃げていった男たちの背中を見送った後、霞様は、私たちが見守る中でそう頭を下げた。畑荒らしの件や、窃盗の事、全てを黒馬様たちにも打ち明けたのだ。勿論、その裏で椿様が全ての糸を引いている事、霞様の気持ちや、従わざるを得なかった事情も。それらを聞いた上で、尚黒馬様たちは皆、渋い表情を浮かべていた。それでも霞様が許されない事をしていたという事実は、覆らないからだ。


「俺たちはいい。けど、菖蒲が町の人たちに誤解されて、こんな危ない目にも遭ってる。許すか許さないかの判断をするのは俺たちじゃない」

「盗まれた店の人は、被害にも遭ってる訳だしね」

「それは………、その通りね………」


 落ち込むように俯く霞様。黒馬様たちは、みんな私の返事を待つかのように、こちらに視線を集中させた。私は………、どう思っているのか。改めて自分の心に問いかける。畑荒らしは勿論、うちに来てみんなで夕飯を食べようという時も、私は何度も彼女に傷付けられた。それだけじゃない。黒馬様たちと出会う前からだって………、私はずっと孤独で、除け者で、笑い者だった。それを霞様が助けてくれたことは、一度も無い。今までされてきた事と年月、それらを踏まえても、今たった一言「ごめんなさい」と言われただけで許すのは、難しい気がした。


 でも。それでも、私は今晩、霞様を助けた。もし黒馬様たちが来てくれなかったら、私はあのまま霞様と一緒に、どこかへ売られていたかもしれない。乱暴なことをされていたかもしれない。そうなる危険性がある事を理解した上で、私は、ずっと私のことを傷付けてきた霞様を助けた。助けたいと思った。その気持ちも、決して嘘じゃない。自己満でも、良い子ぶっているつもりでもない。私に助けてと願った霞様を見た時、そして、霞様の気持ちを踏みにじる椿様の話を聞いた時。私は確かに、何かの感情に突き動かされていた。


「霞様」

「………っ」


 私がそっと名を呼ぶと、彼女は大袈裟な程にびくりと肩を震わせた。何を言われるのか怖い、けど何を言われても仕方ないことをしてきたと、そう自覚しているからだろう。


「今ここで、全てを許すことは出来ない、と思います」

「……………うん」

「けど………、今から始めることは出来ると思うんです」

「え………?」


 黒馬様たちが静かに見守ってくれる中で、私はそっと霞様に歩み寄った。驚いたままこちらを見つめて固まる霞様の手を取り、私は勇気を振り絞る。一生言うことなど、叶うことなど無いだろうと思っていた、その言葉を。


「わ………、私と………、友達になってください」

「……………!」


 霞様の手を握る私の手は、情けなくも少しだけ震えていて、そして、そっと握り返してくれた霞様の手も心なしか震えているような気がした。


 お互い、初めての友達ができた瞬間だった。

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