第17話 確かに怒りを感じたのです
「ちょっと!!何すんのよアンタたち!離して!!」
「いいから大人しく来い!!」
私の嫌な予想は、やはり的中していた。夜中に響くその騒ぎの元へと駆け付けると、ほんのりと地面を照らす外灯の下で、複数人の男たちに取り囲まれ、腕を掴まれている霞様の姿がある。これだけ騒げば近隣の住民たちも気付いて起き出す人がいるだろうが、皆その男たちの人相が悪いことや、良からぬことに巻き込まれたくないという意思の表れなのか、外に出てくる者は1人としていなかった。誰もが見て見ぬふりをしているのだ。
霞様たちの雰囲気は緊迫していて、男たちは抵抗する霞様をどこかへ連れて行きたいらしい。駆け付けた私の存在にすら気付かず、そこで揉め続ける霞様たちに、遠慮がちに声を掛ける。
「何をしてらっしゃるのですか」
「………!?誰だテメェ!」
「女………?こんな時間に何してやがる!」
一斉にこちらを振り向いた男たちは、この間嘘の依頼で騙されて廃屋に呼び出され、危うく乱暴されかけた時のゴロツキたちとは、1つ格が違う雰囲気を醸し出していた。それでもこの男たちは下っ端に過ぎないだろうが、そこらの田舎町にいるちょっとガラの悪いお兄さん………というレベルでは無さそうだ。こんな人たち、この町に住んでいる人の中にはいなかったような………。この僅かな時間の中で、何とか情報を得ようと人間観察をしながら、時間稼ぎのように会話を続けてみる。
「それはこちらの台詞です。こんな時間に何をしているのですか」
「あ………、菖蒲………!?」
「霞様。こんばんは。彼らはご友人ですか?」
「どう見たってそんな訳ないでしょ!!」
一応の確認をしてみる。万が一友人たちであったら失礼にあたってしまうと思ったが、その線も霞様の強い否定によって無くなった。だとしたら遠慮する必要はなさそうだ。霞様を囲っていた男たちは、警戒するように私を取り囲み始める。どうやら霞様諸共、私を帰す気は無さそうである。
「俺らはなぁ、悪い事をする犯罪者に、ちゃんと罪を償ってもらおうとしてるだけなんだよ」
「そーそー!俺たちが正義なの。分かる?お嬢ちゃんよお」
「犯罪者………?霞様が?」
私がそう聞き返すと、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、男は生き生きと語り出した。
「コイツは、俺たちの店から大事な商品を盗んだんだよ!」
「ち………、違うわ!私じゃない!そんなの知らない!」
「今更とぼけても無駄だ!こっちにはちゃんと証拠があんだよ!」
霞様の手を握る男の手が、強く上へと掲げられた。強制的に腕を上げさせられるような姿勢になった霞様の寝間着の裾から、細く白い手が露わになる。そして………、彼女の細い指に付けられた見るからに高価そうな指輪は、外灯の光を浴びてキラキラと輝いていた。霞様の表情はみるみる焦燥に駆られていく。その指輪はやはり、霞様の暮らしぶりや事情からして違和感のある、派手なものであった。
「この指輪………うちの店のモンだよな」
「………っ」
「それか、そっくりな偽物か何かか?説明できるならしてみろよ」
「こ………、これは………」
きっと私のお金でも、町に住む平凡な人たちの収入でも、一生手が届かなさそうな指輪。それが霞様の指に嵌められている。それがどういう事なのか、もうそれ以上説明されなくても、私には分かった。彼女が良くないことをして、その店の者と思われるこの男たちに詰められている………という事なのだろう。恐らくこの男たちの持つ店は、昼間商店街でご婦人たちが噂していた、隣町の怖い宝石店か何かか。どちらにしても、霞様が盗みを働いたことは確かに悪い事で、本来なら警察に突き出される行為だ。
「それで、霞様をどこへ連れて行く気ですか。盗みなら、警察に連れて行くべきでしょう」
「お廻りなんて生ぬるい事言ってらんねぇ。こういう手癖の悪い女はちゃんと分からせねぇと、また同じ事をするからな」
「………と言うと?」
「この宝石分の金と賠償金を、自分で稼いでもらうんだよ。その体でな」
それとなく誤魔化して言っているが、要は風俗的な場所に霞様を連れて行き、無理矢理働かせるつもりなのだろう。その言葉を聞いた瞬間、先程まで威勢が良かった霞様もすっかり怖くなってしまったのか、顔を真っ青にしてじたばたと暴れ出した。嫌だ、嫌だと目に涙を浮かべながら必死に叫ぶ霞様。そして遂には私に縋るような眼差しを向け、
「たすけて………っ、お願い………!」
その姿を目の当たりにして、私の中にはまた新たに言いようのない感情が芽生えだす。それもまた、私がとっくの昔に置いてきた感情の1つであった。私を嫌っていた霞様が。私にはどれだけの事が起ころうとも、頭を下げたり何か物を頼むようなことはしなさそうだった霞様が、私に懇願している。それだけ彼女は今、必死なのだ。
私はすぐ隣にいた男の腕を掴み、素早く後ろに捻り上げた。ミシミシと唸る関節に、男は情けなくも悲鳴を上げてすぐに地面に倒れ込んだ。突然の事に場は騒然となり、無理矢理霞様を連れて行こうとする男たちの足も止まる。和尚様に教わってきた武術が、こんな形で役に立つ日が来るなんて、思いもしなかった。
「な………、テメェ、ソイツに何しやがった!!」
「霞様を離しなさい」
「テメェには関係ねぇだろうが!!」
「関係あります。私はこの町の巫女です。町の平穏を守る務めがあります」
「巫女だぁ?そりゃ大層な事だな!だが俺たちにそっちの事情なんて関係ねぇんだよ!」
「私にとっても、貴方たちの事情なんて関係ありません。霞様が盗みを働いたのなら、警察に連れて行き、然るべき償いをさせます」
「ごちゃごちゃと聞き分けのないヤツだな。まあいい。この女もついでに連れていけ。巫女なんて、一部の層には需要がありそうだしな!」
女1人、しかも巫女と言われて、まあ当然この男たちは舐めてかかってくるだろうなとは分かっていた。現状、この人数相手に1人で全員を倒すことは難しいだろう。だが何とか隙をついて霞様を奪還し、一緒に逃げ出すことは出来るかもしれない。状況を把握しながら思案を重ねる私に、1人、また1人と男たちが襲いかかってくる。誰も得物を手にしていないところは不幸中の幸いだろうか。素手だったらまだやり合えるかもしれない。
「ぐああぁぁぁっ!!!」
「いてえええぇぇぇ!!!」
私は、先程の男に決めた関節技を丁寧に1人ずつお見舞いしていった。面白いように悲鳴を上げて地面に転がっていく男たちを、霞様ですらポカンと見守っている。やはり私のことを女1人と舐めてかかってくるせいか、そこまで手ごたえはなく、最初の内は順調に捌いていくことができた。しかし、それでも1人ずつ被害者が増えていく度に、男たちの中では緊迫感と真剣度が増していき、流石に舐めてへらへらしながら向かってくる人がいなくなってやり辛くなってきた。元々こちらが1人に対して、男たちは10人程度。加えて、先程まで痛がってそこらに転がっていた男たちも、所詮は女の力による関節技だ、痛みが和らいでくると再びフラフラと立ち上がって、加勢する気満々である。
(このままじゃ流石に………)
分が悪くなってきたこの状況を、何とか霞様と共に切り抜ける方法を考えないと………。そして、私が辿り着いた方法は、
「あ!!!」
「「「「え?」」」
何とも古典的なものであった。あ、と急に大きな声を上げて、何もない虚空、男たちの背後辺りを指さす。この作戦に引っかかってくれるかは正直賭けであったが、ある意味この男らが純粋だったのか。見事に全員がそちらを向いてくれて、目が一瞬外れた隙に霞様の腕を取った。男たちがこちらの思惑に気付いた時にはもう遅い。私は霞様を取り戻し、2人で一目散に逃げ出したのだ。
「あっ、こら待て!!!!」
「騙しやがったな!!!!」
あんな簡単な罠に引っかかる方がどうかと思うが、とりあえず危機は脱した………と言ってもいいのだろうか。後ろを振り返れば、鬼の形相でこちらを追いかけてくる無数の男たち。そう簡単には見逃してもらえまい。危機から逃れた、とはまだとても言えないようだ。
「このままじゃ追いつかれるわよ!!」
私に腕を引かれるがまま、後ろを走る霞様が焦ったように私の背中を急かした。走る速度も、当然私たちなんかより、体力もある男たちの方が早い。私たちと男たちの距離は、少しずつ、でも確実に縮まっていく。
「地の利は私たちにあります!こちらへ!」
とにかく撒くしかない。それができなければ、私と霞様は2人揃って風俗嬢だ。
私と霞様は、ただ必死に走った。クネクネと敢えて細い路地や裏道を使い、何度も何度も右へ左へ曲がり、「おじゃまします!」と人様の庭をも突っ走り。そして辿りついたのは、海がすぐそこにある、町の港。普段は人と船とで活気づくここも、流石にこの時間は人の気配など全くない、静かな場所である。そこにバタバタと慌ただしくやってきた私たちは、空いていた適当な倉庫に入り込み、息を潜めた。
嗚呼、どうか神様。こんな夜分遅くにごめんなさい、でもどうか起きてください。そして私たちをお救い下さい。
「………アンタ、ほんとに神様なんて信じてんの」
「……………」
私の懇願はどうやら口に出ていたようだ。ここまで来て神頼みな私を呆れたように見つめる霞様。そして私のその願いは届いたのか、神様………ではない、ただの軍人で、私の儀式の相手役の彼らが、やっと起き出してくるのである。
「黒馬、菖蒲ちゃんがいないんだけど」
「………小便だろ………。んな事でいちいち起こすなよ………」
「厠にもいないんだって。もしかして家出かな?」
「はあ………?家出だぁ………?」
のそのそと起き出してきた4つの人影。彼らは今やっと、何かが起こっているかもしれない事を察知し始めていた。寝ぐせのついた頭を掻きながら、黒馬が大きな欠伸を落とす。
「大変だよ黒馬!!!」
白鹿に起こされて若干不機嫌そうな黒馬に、ドタバタと慌ただしく駆け寄ってくる青兎。その手には1枚の真っ白な紙きれが握られている。それを受け取った黒馬を中心に、白鹿、紫狐、青兎は彼の手元を覗き込んだ。
『すぐ戻る。心配無用 菖蒲』
デカデカと書かれた言葉はかなり簡潔で短く、綺麗な達筆で、黒い筆を走らせて書いたような、迫力のあるものだった。それを見た黒馬は思わず呟くのだ。
「………なにこれ。果たし状?」
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