第17話:小休止
「まぁ、そのうち慣れるだろ」
エリアスは軽くあくびをしながら、ローワンの肩を支えていた手を放す。
「それより──お前も寝ちまった方が楽だぞ」
そう言い残すと、大きな体を藁に沈め、あっけないほど自然に寝息を立て始めた。
戦いの傷も、血の匂いも、まるで気にしていない。
ローワンは呆れたように息をつき──やがて隣へ身を横たえた。
不安定な馬車の揺れの中、エリアスの横顔がすぐそこにある。
強く閉じられた瞼、かすかに上下する胸板。
生きて帰ってきたという事実が、こんなにも近くにある。
外套の下で服の裾を、小さく摘んだ。
──一人じゃないと、そう思いたかったからだ。
けれど、指先に伝わるのは布の感触だけではなかった。
胸の奥に、じんわりと熱が宿っていく。
安心と、説明のつかないざわめきとがないまぜになって。
揺れる馬車の中、耳に届くのは隣の穏やかな寝息。
その音に包まれるようにして、ローワンも静かに瞼を閉じた。
◇◇
「そろそろ起きろ」
肩を軽く揺すられ、ローワンはまぶたをこすった。
気づけば荷馬車は止まり、澄んだ水音と馬の鼻息が耳に届いてくる。どうやら水場で休憩しているらしい。
「ほら」
振り向いた先で、エリアスが枝に実っていた果物を片手にしていた。短剣で器用に半分に割ると、片方を無造作に差し出す。
「……ありがとう」
受け取ってかじると、酸味と甘味が混じった爽やかな汁が口いっぱいに広がった。乾いた喉に染みわたり、思わず息がこぼれる。
ふと足元に視線を落とすと、見慣れた葉の形が目に入った。
「これは……」
屈み込んで指先で葉を確かめる。
傷口に効く薬草──工房にこもる自分でも加工に使ったことがある種類だ。
「どうした?」
エリアスの声に、ローワンは摘んだ草を手に持ち上げた。
「薬草だ。傷に塗れば……少しは楽になる」
その言葉に、エリアスがわずかに目を細める。
「なるほどな。……やっぱり職人殿はただの世間知らずじゃねぇな」
「……傷口が疼くんじゃないのか」
果物を齧りながら、ローワンはぽつりと口にした。
隣で手を止めたエリアスが、意外そうに眉を上げる。
「……気づいてたか」
「隠してるつもりでも……分かる」
ローワンは視線を逸らしたまま、小さく答えた。
エリアスは短く息を吐き、肩をすくめる。
「ガルウルフの血の匂いで誤魔化せると思ったんだがな」
そう言って服を捲ると、脇腹には大きな爪痕が走っていた。赤黒く塞がりかけてはいるが、まだ熱を帯びている。
ローワンの喉が詰まる。
「……痛かっただろう」
その言葉に、エリアスはわざとらしく口角を上げてみせた。
「精霊獣狩人は、これくらい慣れっこだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます