第4話:獣石の完成
削り出された原石は、角ばった塊から徐々に宝玉の形を帯びていった。
研磨盤の回転に義手を添えると、甲の宝石が淡く輝き、削り口をなぞるように硬質な光が走る。
削るたび、細かな粉塵が舞い、金属と石の匂いが工房に広がった。
無機質な音が空気を震わせる中で、フォレイン・フォックスだけが小さく尾を揺らしていた。
ひと削りごとに粉塵が舞い、灯火を反射して細やかな星々のように散る。
そのきらめきに惹かれるように、フォレイン・フォックスが檻の中で尾を揺らし、小さな前足を鉄格子にかけた。
「……まるで、石が呼んでいるみたいだな」
男が低く呟く。
ローワンは応えず、布を取り出して磨き上げた。
表面を拭うたびに、蒼が深みを増し、やがて水底を湛える湖のような透明な輝きが浮かび上がる。
「……次は刻印だ」
義手の指先を細工用の刻み具に変え、ローワンは静かに宝石をなぞり始めた。
刃先が触れるたび、光の紋様が浮かび上がり、幾何学とも自然の葉脈ともつかぬ模様が広がっていく。
それは術師が描く均一な魔法陣とは違い、精霊獣ごとに一度しか現れぬ「寝床」の形。
「……こんなものまで彫るのか」
「これがなければ、精霊獣は入らない。力で押し込めば、ただ暴れるだけだ」
ローワンの声は静かだが、刃を操る指先には一瞬の迷いも許さぬ緊張が宿っていた。
やがて、最後の線が光を結び、紋様が宝石の奥深くへと沈み込む。
ローワンは息を整え、檻を開いた。
フォレイン・フォックスが青い尾を震わせ、霧のように軽い体を掌にのせる。
儚く、だが確かに温かな命の熱がそこにあった。
「……行け」
囁きに呼応するように、精霊獣はひと声鳴き、宝石へと尾を差し込む。
瞬間、青の光が弾け、工房を満たした。
冷たい風が吹き抜け、壁や床が深い蒼に染め上げられる。
そこは夜明け前の森──葉擦れと小鳥の声まで聞こえる幻視が、ほんの一瞬、工房を覆った。
やがて光が収束し、ただ静かな蒼玉だけが残る。
宝石の奥には、小さな狐が丸まり、安らかに眠っていた。
「……宿った」
ローワンが呟くと、隣から低い息がもれる。
琥珀の瞳の男は宝石を凝視しながら目を細めていた。
その眼差しはもはや獲物を狙う狩人のものではない。
ただ、目の前で起きた奇跡に心を奪われた男のものだった。
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