第3話:宝石選び

 ローワンは深く息をついた。

 これ以上言葉をぶつけても無意味だと悟り、檻にそっと手を伸ばす。


「おい、逃すなよ」


「──静かにしてろ」


 鋭い声を遮り、扉を開ける。

 青い光がふわりと漏れ出し、フォレイン・フォックスは怯えたように尾を震わせ、薄羽のような光を散らした。

 だが、ローワンの義手に埋め込まれた宝石が淡く脈打つと、その鼓動に呼応するかのように落ち着きを取り戻す。

 逃げ出すどころか、光に導かれるようにローワンの腕に身を寄せた。


 まるで霧の欠片を抱くように軽く、だが確かに温かな命の熱が伝わってくる。


「……君の力を欲している者がいる。力になってくれないか」


 静かな囁きに、フォレイン・フォックスはかすかに瞬きをした。

 その仕草に、檻に閉じ込められたまま終わらせることなどできないと、ローワンは改めて胸に刻む。


 棚に並んだ宝石の列へと視線を巡らせる。

 水晶、翡翠、ガーネット──どれも形も輝きも異なるが、美しいだけでは精霊獣は宿らない。

 ローワンは義手の指先で一つずつ撫で、微細な響きを確かめていった。

 金属と宝石が触れ合うたび、工房の空気がかすかに震え、義手の宝石が呼応するように淡い光を放つ。


「……違う。これも、違う」


 呟きを繰り返すうち、蒼玉に触れた瞬間、フォレイン・フォックスの尾がふわりと揺れた。

 青光が石と共鳴し、波紋のように広がる。


「……決まりだな」


 ローワンは宝石を研磨台に据え、檻を閉じた。

 義手の指先を回転盤に添えると、甲の宝石が脈動し、刃先が淡い光を帯びて震えだす。

 無骨な原石に刃が触れるたび、火花のような粉塵が舞い、工房を星々で満たした。


「ここから先は時間がかかる。……外に出ていてくれ」


 淡々とした声で告げる。

 精霊獣を宿す作業は、誰にも見せないのが常。

 余計な気配は精霊獣を不安にさせるし、刻む線ひとつの誤りが命を左右するからだ。


 だが、返ってきた声は低く鋭かった。


「悪いが、断る」


 顔を上げれば、男の琥珀の瞳が真っ直ぐに射抜いてくる。

 腕を組み、工房の隅から一歩も退く気配がない。


「すり替えられたらたまらないからな。最後まで見届けさせてもらう」


 ローワンの眉がわずかに動いた。

 屈辱と苛立ちが喉まで込み上げたが、言い返す余地はなかった。

 粗悪な獣石が横行するこの街では、疑念を抱くのは当然のこと。


 ──だが、この眼差しはただの猜疑心ではない。

 獲物を狙う狩人の気迫が宿っていた。


 ローワンは視線を逸らし、研磨を続けた。

 石を削る音が規則正しく工房を満たし、粉塵が灯りを受けてきらめく。

 その光を見上げながら、檻の中のフォレイン・フォックスが尾を小さく震わせた。

 まるで、自分の眠る場所が生まれるのを、ひそやかに待ち望んでいるかのように。

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