第2話:王子の願い

 ローワンは思わずぎゅっと唇を噛んでいた。

 男の言葉は鋭く、胸の奥を逆撫でする。


「なら──お前がそのフォレイン・フォックスの持ち主になるのなら、宿してやろう」


 声は低く、静かだが、内に強い決意を含んでいた。

 ローワンは檻の中で必死に尾を震わせる小さな狐に目を落とす。


「お前がそのフォレイン・フォックスの持ち主になり、王子に見せればいい。だが──お前自身が不要だと思うなら、王子も同じだろう。きっとな」


 淡い青に輝く精霊獣の瞳が、未来を映すかのように揺らめいていた。

 美しさだけで求められる命。嗜好品として弄ばれ、やがて忘れられる運命。


 ──それを許すわけにはいかない。

 ──あいつとは違う。

 ──俺は、精霊獣のことを思える獣石商でありたい。


 ローワンの言葉に、男はわずかに目を細めた。

 琥珀の瞳が鋭さを増し、工房の空気が張り詰める。


「……試すつもりか?」


 低く落とされた声は、挑戦を受けて立つ獣の唸りにも似ていた。


「フォレイン・フォックスが宿る宝石を欲するかどうか……それは俺やお前が決めることじゃない。王子の望み次第だろう。彼が大切にしないなんて──どうしてお前にそれが分かる?」


「……それは──君も同じじゃないか」


「確かにフォレイン・フォックスは“光るだけ”だ。だがな、その光には癒しの力があると昔から言われている。一年に一度、一週間だけ咲く青花に宿る精霊獣……だからこそ、そんな噂が生まれたんだろう。証拠はない。ただの迷信だと笑う者もいる。だが──」


 男は言葉を切り、真っ直ぐにローワンを見据えた。


「王妃……いや、王子の母親が、病に臥している。王子はその母のためにフォレイン・フォックスを欲しているんだ。まだ七つの子供だぞ。毎晩、母の枕元に、その光を捧げたいと──涙ながらに、国中に命を下したんだ」


 ローワンの胸が、強く鳴った。

 脳裏に浮かんでしまう。

 病床に伏す母と、その手を握りしめ、幼子のように願う王子の姿が。


「…………」


 病床に伏す母の手を握りしめ、幼い顔を涙で濡らしながら「母を助けてほしい」と願う小さな王子の姿が。


「…………」


「お前の条件を飲んでもいい。だが──俺がその持ち主になったとして、七歳の子の前でこう言えってのか?

 “俺の指輪にフォレイン・フォックスが宿っています。羨ましいでしょう? でもこれは俺の物だから、見るだけにしてください”……と」


「………」


「それともこうか?

 “つい昨日までは生きていたんです。けれど到着が遅れ、死んでしまいました。もう少し早ければ”──そう言ってやれば、王子は納得するのか?それでこれから先、どんな理不尽なことがあっても受け入れられるとでも?」


 そうまで言われてしまえば、ローワンも折れざるを得なかった。

 胸の奥に澱む反発を飲み込み、檻の中の光を指さす。


「……貸してくれ」


 淡い青を揺らす小さな狐──フォレイン・フォックスが、怯えるように尾を震わせる。


「こいつと出会って、すでに五日経っている」


 男の低い声が重く響いた。


「残された時間は少ない。……だから急いでくれ」


 その言葉に、ローワンの喉がきゅっと詰まる。

 宝石に宿す前に、死んでしまったら──。

 残りわずかな命を、永遠に封じ込める。


 ローワンはそっと義手を掲げた。

 緑の宝石が淡く脈動し、工房の空気が静かに震え始める。

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