EP 13

非殺傷兵器と、王者の沈黙

マーカスによる宣戦布告からのひと週間、人形愛好会の部室は異様な熱気に包まれていた。

マーカスを筆頭とする貴族生徒たちは、来たるべき「公開処刑」のために、自分たちの人形の武装をこれみよがしに強化していく。攻撃魔法の出力を上げ、炎の剣や氷の槍といった、いかにも派手な追加兵装を取り付けていた。

彼らが時折俺に投げる視線には、憐れみと嘲りが混じっている。

俺は、そんな周囲の空気を意にも介さず、相変わらず部室の隅で黙々と作業を続けていた。

俺の『ガーディアン』に必要なのは、圧倒的な火力ではない。敵を無力化し、戦闘を早期に終結させるための、クレバーな兵器だ。

その夜も、俺は自室で極秘のアップグレード作業に取り掛かっていた。

(対魔法装甲として、内部にセラミック複合材の薄板を積層。これで、並の火球や氷の矢なら数発は耐えられる)

(そして、主兵装。指先に仕込んだ、高圧電流を放つ接触型スタンユニット『システム・ショッカー』。目標は破壊じゃない。敵人形の魔力回路をショートさせ、機能停止に追い込むこと)

(最後に、撹乱用の非魔力性発煙筒。これでセンサーと視界を眩ませ、懐に潜り込む)

派手さはない。だが、確実性はある。

これは、俺が前世で学んだ戦闘のセオリー。すなわち、相手の土俵で戦わず、情報と奇襲で勝利を掴む、という思想の結晶だった。

そして、模擬戦闘の当日。

部室の中央に設置されたバトルフィールドを、部員たちが固唾を飲んで見守っている。

片や、真紅の装甲に身を包み、その両腕に炎の魔力を宿す王者『フェニックス』。

片や、何の変哲もない、ただの木彫り人形『ガーディアン』。

勝敗は、誰の目にも明らかだった。

「後悔するなよ、平民。貴様のそのガラクタごと、プライドを焼き尽くしてやる!」

マーカスが叫び、戦闘開始の合図が鳴る。

開始と同時に、フェニックスが動いた。いや、動かなかった。その場から一歩も動かず、右腕をガーディアンに向ける。

腕に装着された魔石が輝き、灼熱の火球(ファイアボール)が放たれた。真正面からの、圧倒的な火力。木の人形など、一撃で炭になるはずだった。

火球は、ガーディアンの胸に直撃した。

爆炎が巻き起こる。部員たちから「ああ…」という声が漏れた。

しかし、炎が晴れた後、そこに立っていたのは、胸の一部を黒く焦がしながらも、健在なガーディアンの姿だった。

「な…!?」

マーカスが、信じられないという顔で目を見開く。

「なぜ燃えない…! ただの木ではないのか!?」

俺が返事をする義理はない。

内部装甲の勝利だ。俺はガーディアンを走らせる。先日の機動力テストと同じ、滑るような動きで、次の火球を回避しながら一気に距離を詰める。

「小賢しい!」

マーカスは冷静さを失い、火球を連射する。

しかし、一度動き出したガーディアンに、その直線的な攻撃は当たらない。

(射線は単調。予測は容易。…今だ)

ガーディアンは、フェニックスの足元に駆け寄りながら、懐から小さな木片を投げつけた。

木片が床に当たった瞬間、ボンッという音と共に、濃密な白煙がバトルフィールドを覆い尽くす。

「煙幕だと!? 子供騙しを!」

マーカスは魔法による探知で俺の位置を掴もうとするが、無駄だ。これは魔力を含まない、ただの化学的な煙。魔法センサーにはただのノイズとしか映らない。

視界が奪われ、マーカスが一瞬混乱した、その隙を俺は見逃さなかった。

煙の中から、ガーディアンが無音で飛び出す。

狙うは、敵の懐。がら空きの胴体。

そして、ガーディアンの指先が、フェニックスの胸部装甲に、そっと触れた。

バチッ!!!!

閃光。

今まで煌々と輝いていたフェニックスの魔力光が、テレビの電源が落ちるように、ぷつりと消えた。

両腕の炎が消え、関節の駆動音が止まる。

王者フェニックスは、その場に立ったまま、完全に沈黙した。

煙がゆっくりと晴れていく。

そこに広がっていたのは、信じがたい光景だった。

傷一つない(ように見える)最新鋭の人形が、機能を停止して立ち尽くし、その足元には、胸を少し焦がしただけの木彫りの人形が、静かに佇んでいる。

部室は、死んだような静寂に包まれた。

マーカスは、自分の人形が負けたという事実が理解できず、呆然と立ち尽くしている。

俺はゆっくりとフィールドに入り、ガーディアンを手に取った。

そして、唖然とする部員たちに背を向け、部室の出口へと向かう。

扉の前で、俺は一度だけ振り返った。

そして、魂が抜けたように立ち尽くすマーカスを見て、心の中で静かに呟いた。

(これで、少しは静かになるだろうか…)

しかし、俺に向けられる部員たちの視線が、もはや嘲笑や侮蔑ではなく、畏怖と、そして理解不能なものを見る目に変わっていることに、俺は気づいていた。

俺の望む平穏な学園生活は、この一戦を境に、さらに遠くへと離れていく。

面倒事は、まだ始まったばかりらしかった。

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