EP 12

木偶人形の、異常な機動

人形愛好会での俺の毎日は、完全に無視されることから始まった。

貴族の生徒たちは、魔水晶を動力源にした高価な最新鋭パーツや、魔法が付与された工具を使い、華やかに自分たちの人形を改造していく。

俺はと言えば、部室の隅で、小さなナイフとヤスリだけを使い、父さんの木彫り人形を黙々と調整するだけ。彼らにとって俺は、珍しい虫か何かのように、時折遠巻きに眺められるだけの存在だった。

そんな日々がひと月ほど続いたある日の放課後。

部長であるマーカスが、部員全員を集めて宣言した。

「今週末、各々の人形の『機動力』を披露してもらう。部室に設置したこの障害物コースを、いかに速く、正確にクリアできるか。ただ速いだけでは意味がないぞ。総合的な運動性能を評価する」

それは、俺の実力を測るための、マーカスによるあからさまな査定だった。

他の部員たちが、待ってましたとばかりに騒ぎ出す。

「見てろよ、俺の『フレイムウィング』が火を噴くぜ!」

「私の『シルフィード』に付与した風の魔法、見せてあげるわ」

彼らのアプローチは決まっている。魔力を消費して、瞬間的な加速や浮遊を得る『魔法推進(マジック・ブースト)』だ。それは強力だが、燃費が悪く、精密な制御が難しいという欠点がある。

一方、俺のアプローチは全く違う。

このひと月、俺は夜な夜な自室で『ガーディアン』の内部構造に手を加えてきた。

スキルで生成した、地球の知識の結晶を。

そして、発表会当日。

部員たちが、次々と自慢の人形を披露していく。

魔法の翼で直線的にコースを駆け抜ける人形。風の渦をまとって障害物を飛び越える人形。どれも派手で、速い。

そして最後に、マーカスが自身の人形『フェニックス』をコースに置いた。真紅の装甲に、炎の魔法が付与された最高級品だ。

「刮目せよ。これが王者の走りだ!」

フェニックスは、背中の翼から炎を噴射し、爆発的な加速でコースを疾走する。その速さは、他の人形を圧倒していた。しかし、急なカーブでは大きく膨らみ、タイムロスをしているのが俺には分かった。

結果は、当然のようにトップタイム。マーカスは満足げに腕を組んだ。

「…さて。最後は、あの木偶人形か。いったい何ができるのか、見せてもらおうか」

全ての視線が、俺に集まる。嘲笑と、好奇と。

俺は無言で『ガーディアン』をスタート地点に置いた。外見は、父さんが作ってくれた時のままの、ただの木彫り人形だ。

「…用意、始め」

俺は、静かに魔力を流し込む。

推進のためではない。内部の人工筋肉と、関節に仕込んだベアリングを駆動させるためだ。

次の瞬間、ガーディアンは音もなく、しかし弾丸のような鋭さで駆け出した。

魔法の光も、炎も噴射しない。ただ、物理的な脚力だけで。

最初の直線。速度はフェニックスに劣る。

部員たちから、失笑が漏れた。

「なんだ、やっぱりただ走るだけか」

問題は、最初のカーブだった。

他の人形が減速して曲がるところを、ガーディアンは減速しなかった。

車体を低く傾け、まるでスケート選手のように、滑らかに、しかしあり得ない角度でカーブをクリアしていく。

俺が背中と脚部に、空気抵抗を制御するために取り付けた、ごく小さなフィン――地球で言うところの『スポイラー』の効果だ。

「な…!?」

どよめきが起こる。

続く障害物の連続地帯。ガーディアンは、まるでパルクール選手のように、壁を蹴り、障害物の側面を走り抜け、最短距離で突破していく。その動きには一切の無駄がない。重心移動と、関節の滑らかさが完璧に計算されているからだ。

最後の直線。

ガーディアンは、ゴール手前で跳躍。空中で身体を回転させ、着地の衝撃を殺すと同時に、ピタリとゴールライン上で静止した。

タイムは、マーカスのフェニックスより、コンマ5秒速かった。

部室は、水を打ったように静まり返っていた。

誰もが、目の前で起きた現象を理解できずにいる。魔法的なエフェクトは、何もなかった。ただ、木の人形が、異常なほど滑らかに、効率的に動いただけ。

その沈黙を破ったのは、あの職人気質の眼鏡の少年だった。

「…今のは何だ!? あのカーブ…なぜ遠心力に負けない!? あのフィンは何のためについているんだ!? 魔法陣もなしに、どうやって姿勢を制御した!?」

彼は興奮状態で俺に詰め寄る。

しかし、その声は、震える声によって遮られた。

「…貴様」

マーカスが、顔を怒りに引きつらせて俺を睨んでいた。

「今のは、どんな邪道を使った? そんな動き、魔導人形戦戯のセオリーにはない! それはただの曲芸だ!」

理解できないものは、彼にとって『悪』でしかないらしい。

「小賢しい真似を…。いいだろう、ならば本当の戦いで、その木偶人形がただのガラクタだということを証明してやる!」

マーカスは、俺にビシリと指を突きつけた。

「来週、模擬戦闘を行う! 俺のフェニックスが、貴様のその気味の悪い人形を、木っ端微塵にしてくれるわ!」

高らかな宣戦布告。

俺は、静止したままのガーディアンをそっと手に取った。

(…障害が、状況をエスカレートさせてきたな。脅威レベルを一段階引き上げる。対抗策の準備が必要だ)

手に入れたはずの平穏は、もはや地平線の彼方だった。

俺は、ただ静かに、次の面倒事に備えることにした。

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