EP 14

『未知』への畏怖と、学園長の呼び出し

俺が部室を去った後、そこには長い、長い沈黙が続いた。

その静寂を最初に破ったのは、あの職人気質の眼鏡の少年――レオ・シュタインだった。

彼は恐る恐る、機能停止したままの『フェニックス』に近づくと、その胸部装甲にそっと触れた。

「…焦げ跡すらない。破壊されたわけじゃ…ない? ならば、なぜ…」

レオは携帯用の魔力測定器を取り出し、フェニックスの魔力回路をスキャンし始めた。そして、信じられないという顔で目を見開く。

「…魔力回路が…焼き切れている。いや、違う…過剰な外部電流によって、全ての制御系統が強制シャットダウンさせられているんだ…。なんだこの技術は…。破壊じゃない…『無力化』だ。こんな戦い方、聞いたことがない…!」

レオの叫びは、他の部員たちに、勝利の理由とは別の、もっと根源的な恐怖を与えた。

アレン・ヴェストは、自分たちとは全く異なる理屈で戦う存在なのだ、と。

その日を境に、学園内での俺の立ち位置は、劇的に、そして最悪な方向に変化した。

もはや俺を「田舎者」と侮る者はいなくなった。

代わりに向けられるのは、未知の怪物を見るような**『畏怖』**の視線だ。

すれ違う生徒たちは、俺を避けるように道を開ける。

食堂で俺が席に着くと、そのテーブルの周りから、さっと人がいなくなる。

俺は望んだ『平穏』とは違う、『完全な孤立』を手に入れた。

そして、新たな面倒事の種が生まれた。

「アレン君! ちょっと待ってくれ!」

俺が図書館へ向かっていると、背後から必死な声が追いかけてきた。振り返ると、人形愛好会のレオが、息を切らしながら走ってくる。

「単刀直入に聞く! あの人形の駆動系はどうなっているんだ!? あの動きは、ただ魔力を流しただけでは絶対に不可能だ! 関節内部に、何か特殊な機構を組み込んでいるんだろう!?」

矢継ぎ早に専門的な質問を投げかけてくるレオ。その目は、研究対象を前にした学者のように、好奇心で爛々と輝いている。

(…一番厄介なタイプに目をつけられた)

俺は内心で悪態をつき、当たり障りのない返事を返す。

「さあ…。父さんが作ってくれた、ただの人形だから」

「嘘だ! あの動きは、ただの大工が作れるものじゃない! 天才の仕事だ! もしかして君のお父さんは、伝説級の人形師(マイスター)なのか!?」

話がどんどん面倒な方向に進んでいく。

俺は「急いでるから」とだけ言い残し、足早にその場を去った。しかし、背後には「必ず突き止めてみせるぞ!」という、探求者の声が突き刺さっていた。

張本人であるマーカスは、あの日以来、一度も部室に顔を見せていない。プライドを粉々に砕かれ、自室に引きこもっているのだろう。だが、俺は知っている。彼のようなエリートは、このままでは終わらない。この屈辱は、より深く、より粘着質な敵意となって、いずれ俺の前に再び現れるだろう。

そうして、俺を取り巻く人間関係が、より複雑で、より面倒なものに変わり果てた数日後の夜。

俺の部屋のドアが、コンコン、と控えめにノックされた。

ドアを開けると、そこに立っていたのは上級生らしき寮監だった。彼は俺に一通の封蝋された手紙を渡すと、無言で一礼し、去っていった。

手紙の差出人を見て、俺は思わず眉をひそめた。

そこに刻まれていたのは、二本の剣と一本の杖を象った、王立魔法学校の紋章。

そして、記されていたのは、学園長ヴァレリウス・グリムロック、その人の名だった。

手紙の内容は、簡潔だった。

『君の模擬戦闘の記録映像を拝見させてもらった。実に興味深い。

 至急、学園長室まで来られたし』

俺はその手紙を静かに机に置いた。

窓の外では、三日月が、まるで俺の未来を嘲笑うかのように、冷たく輝いている。

(障害は排除したが、司令部に捕捉されたか)

平穏なスローライフを求める俺の願いとは裏腹に、物語の歯車は、ギシリと音を立てて、さらに大きく回り始めていた。

面倒事は、まだまだ終わらないらしい。

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