EP 9
『原石』の評価と、最初の部屋
王立魔法学校の巨大な門をくぐると、そこは別世界だった。
手入れの行き届いた広大な中庭、歴史の重みを感じさせる石造りの校舎、そしてすれ違う生徒たちが身にまとう、一目で高級品と分かる揃いの制服。
村とは違う。全てが、俺がいた世界と違いすぎた。
俺を出迎えたのは、魔女のように尖った帽子をかぶった、初老の女性教師だった。
「あなたがアレン・ヴェスト君ですね? 報告は受けております。私はここの教務主任、ドーラと申します。早速ですが、学園長閣下がお待ちです。こちらへ」
感情の読めない早口でそう言うと、彼女はさっさと歩き始めた。歓迎の言葉一つないあたり、いかにもお役所仕事といった感じだ。
長い、長い廊下を歩く。
壁には歴代の偉大な魔法使いたちであろう肖像画が飾られ、俺のような平民を睥睨(へいげい)しているようだった。
すれ違う生徒たちが、俺の村着を見ては、好奇と侮蔑が入り混じった視線を向けてくる。
(…やれやれ、予想通りの洗礼だな)
俺は内心でため息をつき、一切を無視して教務主任の後に続いた。
やがて、ひときわ大きな扉の前で足を止め、ドーラ先生は重々しくノックした。
「学園長。例の特待生をお連れいたしました」
「うむ、入りたまえ」
中から聞こえてきたのは、古木の幹が軋むような、老練な声だった。
学園長室は、膨大な数の本で埋め尽くされていた。
その本の山の奥、巨大な執務机に座っていたのは、エルフのように長い耳を持つ、白く長い髭を蓄えた老人だった。
彼が、この学校の頂点に立つ学園長、ヴァレリウス・グリムロック。大陸最強の魔法使いと噂される人物だ。
「よく来たな、アレン・ヴェスト君。クレドック君からの報告書は読ませてもらったよ。…測定器を破壊したそうじゃな」
悪戯っぽく笑う学園長の瞳は、しかし俺の本質まで見透かすように鋭い。
「君の魔力量が規格外なのは分かっておる。じゃが、問題は『量』ではない。『質』…すなわち、制御できるかどうかじゃ。ここで、簡単なテストをさせてもらう」
学園長はそう言うと、机の上の羽ペンを指さした。
「やってみるがよい。その羽ペンを、魔力で少しだけ浮かせてみなさい」
(…来たか。入学試験、第二ラウンドだ)
俺は事前に検索した『魔法学校の初期テスト内容』を思い出す。これは、魔力の精密操作能力を測る、最も基本的な試験だ。
俺の狙いは一つ。『力はあるが、ド素人』を完璧に演じきる。
俺は羽ペンに向かって、おそるおそる右手をかざした。
そして、体内の膨大な魔力を、ほんの少しだけ引き出すイメージを持つ。
しかし、その制御は意図的に、雑に行った。
水道の蛇口を、いきなり全開にするように。
次の瞬間、俺の周りの空気がびりびりと震えた。
羽ペンは浮き上がるどころか、ガタガタガタッ!と激しく痙攣し始め、机の上のインク瓶や書類がカタカタと音を立てる。
「む…!」
学園長の表情が、わずかに険しくなった。
俺は慌てたフリをして、さらに魔力を注ぎ込む。
(制御できない子供を演じるんだ…! もっと荒々しく、もっと無駄に!)
ドンッ!
突如、部屋の窓ガラスがミシミシと鳴り、俺の周囲に小さな風の渦が巻き起こった。
そして、その風圧に押し上げられるように、羽ペンはようやく、ふわりと10センチほど宙に浮いた。
その動きは不安定に震え、今にも落ちそうだ。
「…もうよい」
学園長の静かな声に、俺はパッと魔力を霧散させた。
羽ペンは、ことりと音を立てて机に落ちる。部屋を包んでいた異常な空気も、霧が晴れるように消え失せた。
学園長は長い髭をしごきながら、ふぅ、と大きなため息をついた。
「……クレドック君の報告通りじゃな。いや、それ以上か。まるで、暴れ馬だ」
その言葉には、呆れと、そしてほんの少しの面白がるような響きがあった。
「アレン君。君の力は、まさしく『至宝』じゃ。じゃが、磨かねばただの危険な石ころでしかない。この学校で、その力の制御方法を、一から叩き込んでやる。よいな」
「…はい。よろしくお願いします」
こうして、俺の評価は『制御不能なほどの魔力を持つ、危険な原石』として確定した。
完璧な結果だ。
その後、俺はドーラ先生に連れられ、制服と教科書一式を渡された。
案内された寮は、貴族たちが住むであろう豪華な本館から少し離れた、平民や奨学生向けの古い別館だった。
通された部屋は、ベッドと机、小さな棚があるだけの、殺風景な一人部屋。
「必要なものがあれば、購買部で。…くれぐれも、問題は起こさないように」
ドーラ先生はそれだけ言い残し、足早に去っていった。
一人残された部屋で、俺は荷物を解いた。
そして、父さんが作ってくれた木彫りの人形を、机の上にそっと置く。
ここが、これから数年間の俺の基地(ベース)になる。
俺はベッドに腰掛け、窓の外に広がる巨大な学園を眺めた。
貴族、エリート、そして謎多き魔法の世界。
面倒なことばかりだろう。
だが、俺の口元には、いつの間にか笑みが浮かんでいた。
(スローライフ奪還作戦、フェーズ1。潜入は成功、と)
元・自衛官の血が、ほんの少しだけ、騒いでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます