EP 8

帝都への道と、最初の試作品

帝都までの二週間の馬車の旅は、俺にとって格好の訓練期間となった。

護衛兼御者を務めるのは、無口な初老の騎士だった。彼は俺に最低限の世話はするが、それ以上の干渉はしてこない。願ってもない環境だ。

俺は馬車の揺れに身を任せながら、来るべき学園生活に向けた準備を秘密裏に進めていた。

まず行ったのは、情報収集の深化だ。

これまで得た知識は、あくまで書物上のもの。現場の生きた情報が必要だった。

(《万物検索》。検索ワード『帝都の裏路地マップ』『王立魔法学校、過去の入学試験問題と採点基準』『貴族社会の暗黙のルール100選』…)

情報は力。そして、面倒事を避けるための最高の盾だ。

貴族の子息にうっかり無礼を働いて目をつけられるなんて、スローライフの対極にある。俺は処世術としての知識を、徹底的に頭に叩き込んだ。

次に行ったのは、物質生成能力の精密化訓練だ。

これまで生成してきたのは、塩やネジといった単純な構造物ばかり。しかし、帝都では何が起こるか分からない。いざという時のために、より複雑なものを、より少ないポイントで生成する訓練が必要だった。

その訓練の題材として、俺は父さんが作ってくれた木彫りの人形を選んだ。

夜、騎士が眠りについたのを見計らい、俺はその人形をそっと取り出す。

(父さんの人形は素晴らしい。だが、これはあくまで『木』だ。ここに、俺の知識を少しだけ足させてもらおう)

俺はスキルを発動し、脳内で設計図を思い描く。

前世で趣味だったプラモデルや、日曜大工の知識が役に立った。

(生成。極小ベアリング。チタン合金製。リソースポイント、1.5消費)

(生成。高強度カーボンファイバー製の糸。リソースポイント、0.8消費)

指先に、砂粒よりも小さな銀色の球体と、しなやかで強靭な黒い糸が出現する。

俺はそれを、人形の関節部分に慎重に組み込んでいった。木の摩擦で動いていた関節を、ベアリングと人工筋肉(カーボン糸)で補助する。気の遠くなるような、精密作業だ。

数日後。

俺の最初の人形――コードネーム『プロトタイプ・ワン』――は、劇的な進化を遂げていた。

外見はただの木彫りの人形。しかし、その内部には地球の技術の粋が詰め込まれている。

関節の可動域は200%向上し、俺がほんの少し魔力を流すだけで、まるで生きているかのように滑らかな動きを見せるようになった。

(よし、上出来だ)

これは、来るべき人形バトルへの布石であり、俺のスキルを隠すための最高のカモフラージュになる。

『地味なスキルと高い魔力を持つ少年が、趣味の人形作りで才能を開花させる』

これ以上ない完璧なストーリーだ。

そして二週間後。

馬車の窓から見える景色が、森や畑から、徐々に石造りの建物へと変わっていった。

「アレン様。見えてまいりました。あれが帝都オルトリンでございます」

御者の騎士が、初めて少しだけ誇らしげな声で言った。

俺は窓の外に目を向け、そして絶句した。

地平線の先まで続く、白い壁。天を突くようにそびえ立つ、無数の塔。空には、巨大なトカゲのような生物(ワイバーンだろうか)に乗った騎士が飛び交っている。

村とは、文明レベルが五百年は違う。

馬車は巨大な城門を抜け、磨き上げられた石畳の道を進む。

道行く人々の服装も、村とは全く違う。活気、熱気、そして様々な人種。獣人、エルフ、ドワーフと思しき人々も当たり前のように歩いている。

これが、帝国の中心。

俺がこれから生き抜くべき、新しい戦場。

やがて馬車は、ひときわ巨大で荘厳な建物の前で停まった。

高い塀に囲まれ、その門には二本の剣と一本の杖を象った紋章が掲げられている。

「到着いたしました。ここが、王立魔法学校でございます」

騎士に促され、俺は馬車を降りた。

目の前にそびえ立つ、巨大な学び舎。

父さんの人形を強く握りしめ、俺は深く、一つ息を吸った。

(さて、と。面倒なことになりませんように)

これから始まるであろう波乱万丈の日々を思い、俺は心の中で、ささやかなスローライフの墓標に祈りを捧げた。

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