へりくつ24 願い事の謎

 ​笹の葉がさらさらと揺れる音が、リビングに涼しげな風を運んでくる。僕の目の前には、お母さんがどこからか貰ってきた立派な笹竹と、色とりどりの短冊が置かれていた。もうすぐ七夕だ。


 ​「うーん……」


 ​僕は一本の短冊を手に取って、うんうんと唸っていた。年に一度だけ、織姫様と彦星様が願い事を叶えてくれる特別な日。下手なことは書けない。去年は「恐竜に会えますように」と書いたけど、まだ会えていない。今年は、もっと現実的なお願いにした方がいいのかもしれない。


 ​「お父さんは、なんて書くの?」


 ​僕は、ソファでいつものようにだらしなく寝転がっている父さんに声をかけた。父さんは雑誌を顔の上に乗せて、完全に昼寝モードだったけれど、僕の声に気づいて「んー?」と気の抜けた返事をよこした。


 ​「ああ、七夕か。お父さんが書くことなんて、毎年一つに決まってるさ」

 ​「なあに?」

 ​「『願い事を 10個 叶えて下さい』だよ」


 ​父さんは、さも当然だという顔で言い切った。僕は一瞬、自分の耳を疑った。


 ​「ええっ!? それってずるくない!? 願い事は一つだけでしょ!」


 ​僕が抗議の声を上げると、父さんはむくりと体を起こし、僕を手招きした。そして、いつものように、世界の秘密を打ち明けるような顔で、にやりと笑った。


 ​「空、これはな、ずるいんじゃない。『予約』なんだよ」

 ​「よやく?」

 ​「そうだ。織姫様たちも毎年たくさんの願い事を叶えるから、すごく忙しいんだ。だから、お父さんは先に『これから十年分の願い事を予約します』っていう意思表示をしておくのさ。そして、毎年一つずつ、その予約の中から願い事を叶えてもらう。賢いだろ?」


 ​なるほど……! 先に予約しておくのか。確かにそれなら、毎年一つずつだからルール違反じゃないかもしれない。僕が感心していると、ふと新たな疑問が湧いてきた。


 ​「ふーん。じゃあさ、来年はなんて書くつもりなの?」


 ​僕が尋ねると、父さんは少しも悪びれずにこう言った。


 ​「来年も同じだよ。『願い事を 10個 叶えて下さい』って書くのさ。そうすれば、予約が常に満タンの状態になるだろ?」


 ​その瞬間、僕の頭の中で、父さんが毎年毎年、十年分の予約を更新し続ける光景が浮かんだ。それはつまり、無限に毎年10個ずつ願い事が叶うということだ。

 ​やっぱり、ずるい。

 ​僕は心の中でそう呟きながら、自分の短冊に何を書こうか、もう一度真剣に悩み始めるのだった。

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