へりくつ23 ぬかすの謎

 休日のリビングに、僕がめくるマンガのページと、父さんがめくる雑誌のページが、ぱさ、ぱさ、と乾いた音を立てていた。外は気持ちのいい秋晴れだけど、僕の頭の中は、悪の組織と戦うヒーローのことでいっぱいだった。

 

 ドガーン! という効果音と共に、ヒーローの必殺パンチが悪の怪人を吹き飛ばした。​

「もう終わりか?ずいぶんあっけないな」そう言う

ヒーローよりも、吹き飛ばされた怪人が悔しそうに叫んだセリフに、僕の目は釘付けになった。


「な、何をぬかすか! この小僧ッ!」


 ​僕は、そのセリフの途中で、ぴたりと動きを止めた。「ぬかす」? どういう意味だろう。田んぼを耕すことだろうか。それとも、おばあちゃんが作ってくれる、ぬか漬けのことだろうか。

 ​僕はマンガを抱えたまま、隣で雑誌を読んでいた父さんの肩をとんとんと叩いた。


「ねえ、お父さん。〝ぬかす〟って、どういう意味?」


 ​父さんは雑誌から目を離さないまま、ページをめくる指も止めずに、「んー?」と気の抜けた返事をした。僕の「どうして?」という最高のデザートを前にしても、その目は少しも輝かず、ただ雑誌の文字を追い続けている。


「ああ、『追い抜く』ってことだよ」

「追い抜く?」


 ​父さんの答えは、なんだかサイズの合わない服みたいに、しっくりこなかった。ヒーローは怪人を追い抜いたりなんてしていない。むしろ、真正面からパンチでやっつけたところだ。

 ​いつもなら、父さんはここぞとばかりに、とんでもないへりくつを披露してくれるはずなのに。例えば、「ぬかす」っていうのは、「ぬか漬けにする」の命令形で、ヒーローは怪人を野菜と一緒においしく漬け込もうとしているんだ、とか。

 ​でも、今日の父さんはなんだか少し違う。僕はもう一度、「ねえ」と声をかけたけど、父さんは「んー」と答えるだけで、雑誌の世界に夢中だった。

 ​今までとは少し違う、新しい謎がぽつんと生まれた。僕はもう一度、ソファで雑誌を読み続ける父さんの横顔を、そっと盗み見た。父さんの考えていることは、悪の組織の目的よりもずっと、難しい謎なのかもしれない。

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