へりくつ25 農林水産省の謎

 ​夕方になって、リビングの空気は少しだけひんやりとしてきた。僕と父さんは、ソファに並んで座り、ぼんやりとニュース番組を眺めていた。アナウンサーの人が、難しい顔で何かの問題について話している。


 ​「……今後の対策について、『農林水産省のうりんすいさんしょう』は、次のように述べています」


 ​のうりんすいさんしょう?


 ​初めて聞く、長くて不思議な響きの言葉だった。お城の名前みたいでもあるし、どこかの偉い人の名前のようにも聞こえる。僕の頭の中は、一瞬で「?」でいっぱいになった。僕の知らない世界の謎は、いつだってテレビの中から突然やってくる。


 ​僕は、隣でだらしなくあくびをしている父さんの服の袖を、ちょん、と引っ張った。僕の世界の謎を解き明かす専門家は、いつだって僕の隣にいるのだ。


 ​「ねえ、お父さん。今、テレビで言ってた『のうりんすいさんしょう』って、なあに?」


 ​僕が尋ねると、父さんは面倒くさそうに片目だけを開けてこちらを見た。しかし、僕の顔がいつもの「どうして?」に満ち溢れていることに気づくと、待ってましたとばかりに、にやりと口の端を吊り上げた。


 ​「ああ、あれか。空は、また難しい言葉に気づいたな。あれはな、お前が聞き間違えてるだけだぞ」

 ​「え? そうなの?」

 ​「そうだ。本当は、『ノー、リンスインシャンプー賞』って言ってるんだ」


 ​ノー、リンスインシャンプー賞……? ますます謎が深まっていく。僕が首をかしげていると、父さんは僕の頭をぽんぽんと撫でながら、得意げに続けた。


 ​「『ノー、リンスインシャンプー賞』っていうのはだな、その名の通り、一年間リンスインシャンプーを使わずに、自分の髪の毛をきれいに保った人にだけ贈られる、とっても名誉ある賞のことなんだよ」


 ​なるほど! だからアナウンサーの人は、あんなに真面目な顔で話していたのか。髪の毛を大切にすることは、世界にとってすごく重要なことなんだ。また一つ、世界の秘密を知ってしまった。


 ​僕は父さんの完璧な説明にすっかり感心して、大きく頷いた。そして、自分の髪の毛をそっと触ってみる。


 ​「そっかあ。じゃあ、僕は絶対にもらえない賞だね」


 ​僕が少しだけ残念そうに言うと、父さんは「どうしてだ?」と不思議そうな顔をした。


 ​「だって、うちのお風呂にあるの、リンスインシャンプーだもん」


 ​僕の心の中では、お父さんと一緒にシャンプーの泡で遊んだ、昨日の夜のお風呂の光景が浮かんでいた。農林水産省の謎は、僕の家のシャンプーの謎へと姿を変え、きれいに洗い流されていったのだった。

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