へりくつ21 納豆の謎

 ​朝の食卓に、カチャカチャと食器の音が響く。焼きたてのさけの匂いと、お味噌汁の湯気がふわりと立ち上る、いつもの朝だ。

 ​僕は、ほかほかご飯の真ん中にくぼみを作り、そこへ納豆を乗せた。醤油を加えて、お箸でぐるぐるとかき混ぜる。混ぜれば混ぜるほど、粘り気のある白い糸が、まるでクモの巣みたいに複雑に絡み合っていく。


「……不思議だなあ」


 ​伸びては絡まる納豆の糸を見つめながら、僕は呟いた。どうして大豆がこうなるんだろう。


「お父さん、納豆ってなんでこんなにネバネバして糸を引くの?」


 ​僕が向かい側に座る父さんに尋ねると、父さんは湯呑みでお茶を一口すすってから、さも当然だという顔で、こともなげにこう言った。


「ああ、それはな、空。腐ってるからだよ」

「えっ? ウソでしょ?」


 ​僕はかき混ぜる手をぴたりと止めた。腐ってる? 今まさに僕が食べようとしている、この美味しい納豆が?

 ​父さんは「ウソじゃない」とでも言うように、平然と自分のご飯を食べている。僕はじっと父さんの顔と、目の前の納豆を交互に見比べた。いつもの父さんなら、僕は「へえ、そうなんだ!」と信じていたかもしれない。でも、今日の僕はちょっと違う。


「腐ってるものが食べられるわけないじゃないか。そんなの食べたら、お腹を壊しちゃうよ」


 ​僕はきっぱりと言い返した。学校の給食でも納豆は出る。腐ったものを出すなんて、ありえない。父さんのへりくつは、ついに僕の「常識」に負けたのだ。


「もう! ごちそうさまでしたー」


 ​なんだか少し大人になった気分で、僕はご飯をきれいに平らげると、お茶碗を流しに運んでリビングを出て行った。

 ​僕の姿が見えなくなったのを見計らって、キッチンでお皿を洗っていた母さんが、くすくすと笑いながら父さんに言った。

「あなた、いつも嘘ばかり教えてるから、ついに空に信じてもらえなくなったんじゃない?」


 ​父さんは少しばつの悪そうな顔で、残っていた納豆をご飯にかき込むだけだった。

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