へりくつ22 似顔絵の謎

 休日の昼下がり、リビングには心地よい静けさが流れていた。僕は床にごろりと寝転がって、お気に入りの図鑑を眺めていたけれど、なんだか今日は集中できない。それもそのはず、いつもはソファでだらしなく寝転がっているはずの父さんが、珍しくダイニングテーブルで何かに向かっているのだ。


 背中を丸め、時々「んー」とか「よし」とか言いながら、右手を熱心に動かしている。その真剣な横顔は、僕の知らない誰かのようだった。地球を守る秘密兵器としての作戦でも練っているのだろうか。それとも、忍者の末裔まつえいとして、新しい忍術でも開発しているのかもしれない。

 僕はそっと図鑑を閉じると、足音を忍ばせて父さんの背後に近づいた。


「ねえ、お父さん。何してるの?」


 僕が声をかけると、父さんは「お、空か」とだけ言って、作業を止めようとはしない。僕はテーブルの上をそっとのぞき込んだ。そこには、一枚の画用紙と、たくさんの色鉛筆が転がっている。


「絵を描いてるんだよ」


 そう言って父さんが顔を上げると、その手元の画用紙には僕の顔が描かれていた。くりっとした目も、少しだけ開いた口も、僕そのものだ。背景には、僕が大好きな恐竜の絵まで丁寧に描き込まれている。


「すごい! お父さんって絵が上手いよね!」


 僕は目を輝かせて言った。秘密兵器で、忍者で、その上絵まで上手いなんて。僕のお父さんは、一体いくつの秘密を持っているんだろう。尊敬の気持ちで胸がいっぱいになる僕を横目に、父さんは満足げに頷き、自分の作品を眺めていた。


「この絵、どうするの? 僕にくれるの?」


 僕がわくわくしながら尋ねると、父さんは急に真顔になって、僕の方をじっと見つめてきた。そして、低い声でこう言った。


「これはな、指名手配書しめいてはいしょだ」

「しめいてはいしょ?」

「そうだ。昨日、冷蔵庫にあったお父さんのプリンが、忽然こつぜんと姿を消したんだ。これは、その重大事件の犯人を探すための、大事な手配書なのさ」


 父さんは、さも名探偵だという顔で僕の顔をのぞき込んでくる。僕は一瞬きょとんとしたけれど、すぐに笑いがこみ上げてきた。そして、父さんの冗談に乗ってあげることにした。


「そっか。じゃあ、お母さんの似顔絵も必要だね。共犯きょうはんだから」


 僕がにやりと笑ってそう言うと、今度は父さんがきょとんとする番だった。そして、すぐに顔をくしゃくしゃにして笑うと、僕の頭をくしゃくしゃに撫で回した。


「なんだ、やっぱり2人で食べちゃったのか!」


 父さんの大きな笑い声が、リビングに響き渡った。父さんが何をしていたのかという僕の謎は、プリンの甘い思い出と一緒に、あっという間に解決してしまったのだった。

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