へりくつ19 鉄菱の謎

 休日の昼下がり、僕はリビングの床にごろりと寝転がって、買ってもらったばかりの忍者の本を読んでいた。煙と共に姿を消す「遁術とんじゅつ」、水の上を歩く「水蜘蛛みずぐもの術」。ページをめくるたびに、僕の心はわくわくする秘密でいっぱいになっていく。


 ふと顔を上げると、ソファの上の父さんが、何やら小さな粒を手のひらで転がして遊んでいるのが見えた。キラキラしていて、トゲトゲしていて、いろんな色がついている。なんだろう、あれ。


「ねえ、お父さん。それ、なあに?」


 僕が尋ねると、父さんはこちらを見て、にやりと笑った。そして、手のひらの上のそれを僕に見せびらかすように掲げてみせた。


「ん? ああ、これか。これは『鉄菱てつびし』さ。知ってるか?」

「知ってる!」


 僕は本を放り出して、父さんのそばに駆け寄った。


「忍者が敵から逃げる時に、地面にばらまいて足止めするやつでしょ? なんでお父さんがそんなもの持ってるの?」


 僕が興奮気味に尋ねると、父さんは「しーっ」と人差し指を口に当て、僕を手招きした。そして、重大な秘密を打ち明けるみたいに、声をひそめてこう言った。


「いいか、空。これは絶対に、誰にも言うんじゃないぞ。実を言うとな、お父さんは、忍者の末裔まつえいなんだ」

「ええっ!? 忍者!?」


 地球を守る「最終決戦用人型秘密兵器」で、世界の危機に備えてエネルギーを温存しているはずの父さんが、まさか忍者でもあったなんて! でも、父さんなら不思議じゃない。僕の中では、すべての謎が一つの線で繋がった。


「やっぱりそうだったんだ! すごい! じゃあ、手裏剣も投げられるの? 分身の術も使える!?」

「まあな」


 父さんは得意げに頷くと、僕の尊敬の眼差しを一身に浴びながら、手のひらの上のカラフルな鉄菱を一つ、ひょいとつまみ上げた。そして、それをためらいもなく、ぽいっと自分の口の中に放り込んだ。

 ポリ、ポリ……。

 静かなリビングに、何かが砕ける軽やかな音が響く。


「うん。今日の鉄菱は、一段と甘くておいしいな」

「え?」


 忍者の末裔のはずの父さんは、僕の目の前で、幸せそうな顔で「鉄菱」をもしゃもしゃと食べている。僕の頭の中は、甘くてトゲトゲした、新しい謎でいっぱいになってしまった。

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