へりくつ3 うるう年の謎
しんとした静けさに、本のページをめくる音だけが響く。僕はリビングのソファで、買ってもらったばかりの雑学の本に夢中になっていた。世界には、僕の知らない「どうして?」がたくさん詰まっている。
「お父さん」
隣でだらしなく寝転がり、テレビのリモコンをいじっている父さんの背中に声をかけた。
「うるう年って、なんだか知ってる?」
本によると、四年に一度だけ二月二十九日という特別な日が現れるらしい。なんだか、秘密の扉が開くみたいでわくわくする。
「ああ、うるう年か。四年に一度だけ、二月が一日だけ長くなる年のことだろ?」
父さんは、テレビから目を離さずに答えた。やっぱり知ってるんだ。
「それは僕も本で読んだんだけど、どうして四年に一回だけなの? 毎年じゃだめなのかな」
僕がそう問いかけると、父さんはむくりと体を起こし、待ってましたとばかりに不敵な笑みを浮かべた。その顔は、何かすごい秘密を打ち明けようとしているように見える。
「空、それはだな。オリンピックが深く関係しているんだ」
「オリンピック?」
スポーツの祭典と、カレンダーの一日がどうして繋がるんだろう。僕が首をかしげると、父さんは大きく頷いた。
「そうだ。オリンピックでは、世界中の選手たちが飛んだり跳ねたりするだろ? 走り高跳び、三段跳び、体操のゆか運動。あのジャンプのエネルギーが、地球にほんの少しだけブレーキをかけるんだ」
「ブレーキ!?」
父さんの話は、いつも僕の想像を軽々と超えていく。
「ああ。みんなが一斉にジャンプするもんだから、その衝撃で地球の自転がほんのちょっぴり、本当にほんのちょっぴりだけ遅くなる。そのわずかなズレが、四年も経つと無視できない大きさになるのさ」
父さんは立ち上がり、大げさな身振り手振りで説明を続ける。
「だから、そのズレを直すために、四年に一度、一日だけ時間を足して調整する必要があるんだ。それが、二月二十九日の正体なんだよ」
なるほど! 世界中のアスリートたちの熱気が、地球の時間を動かしていたなんて。本にはそんなこと、一文字も書いてなかった。テレビの向こうで繰り広げられるスポーツ中継が、なんだか宇宙の法則を左右する、とてつもなく壮大な出来事に見えてくる。
「すごい……! お父さんは何でも知ってるんだね!」
僕が心の底から感心して言うと、父さんは「まあな」と得意げに僕の頭をわしわしと撫でた。石垣の謎、青空の謎、そしてうるう年の謎。僕の世界の「どうして?」は、いつも父さんの一言で、もっと面白くて、もっとすごいものに変わっていく。僕の心の中には、父さんへの尊敬の気持ちが、秋の空みたいに高く高く積み上がっていくのだった。
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