第3話 危険な旅

「とにかく、だ。

 装備を整えといた方が良いだろうよ。

 最低限食い物は用意しといたほうが良いだろうぜえ。

 色々とラウンジで買えるからな」

 そう言うのは戦神アテナの神子アマデウスである大堂寺だいどうじ仁三郎にんざぶろう

 彼はみのる達の頭上から、彼らを見降ろしつつそう言った。

 別に雲の上にいる、とかではない。

 単純に仁三郎がでかいだけである。

 みのるは大きい方ではない、とは言え、頭一つ以上仁三郎の方が大きい。

 加えて筋肉質、と言うよりは筋骨隆々である。

 その為、みのると比べると仁三郎は倍以上大きく見えるのだ。

 実際体重はそれくらいの差がある。

「で、でも僕はお金が…」

 そう言ったみのるのポケットで、チャリンと言う音がした。

 なんだろう、と首をかしげつつポケットに手を入れ、そこから掴みだされたのは…。

「? なんだろう、見た事の無いコインだけど…」

 みのるが首を傾げる様子に、冥花が説明を入れる。

「おお! 神貨コインじゃないか!

 それで買い物が出来るぞ」

 金貨の様な、しかしそれよりさらに白く輝く硬貨。

 みのるは見たことがないが、白金プラチナなのだろうか。

 しかしそれならばみのるのものではない。

 もしも誰かの者が紛れ込んでいるとしたら…。

 みのるはその人物が困っているだろう、と考えると同時に、自分に厄介が降りかかるのではないかを恐れてもいた。

 今までの経験から、みのるは自分が冤罪を被りやすい体質だと理解していた。

 落し物を拾うと窃盗を疑われる、迷子の子どもを見つけるとその親には誘拐犯扱いをされる。

 善意が悪意によって返されるのはみのるにとって日常茶飯事であった。

 …みのるは知らない。

 悪意を以ってみのるを扱ったものは、それに応じて不幸に見舞われる事を。

 財産の神、食物の神でもあるウケモチは無論ヤマト神群の例に洩れず、善き神としての「和魂にぎみたま」と同時に神罰を下す恐ろしい面である「荒魂あらみたま」の側面も持つ。

 因果応報とは仏教の言葉であるが、ウケモチの神子であるみのるを不当に扱う者にはウケモチの神罰が実際に降るのである。

 その結果として「呪われた子」であるとの噂が広まり、みのるを孤立へと追い込んでいくと言うのは皮肉なものであるのだが。

 それはともかく、みのるの心配は杞憂であった。

「それは神々の間でしか流通してない神の通貨なんだ。

 間違いなくそれは君のものだよ。

 親神である『ウケモチ』様が持たせてくれたものだと思うから、大丈夫、使ってみると良い」

 冥花がそう言う。

 ならば、そう言う事もあるのがだろう、そう割り切ってみのるはラウンジ横の売店へと足を向けたのである。




 ラウンジにあるまるでお土産コーナーの様な一角、売店は予想もしていなかったほどに品物が豊富だった。

 みのるは物珍しそうに見て回っていた。

 どこにでもある様なスナック菓子、ジュース、御土産用の菓子(天界饅頭と書かれていた)など、どこにでもありそうなものに加えて、

「油揚げに、供物用のワイン? こっちはお土産用なのかな、アンク?」

 所々にみのるの理解出来ないものが混じり込んでいた。

 首を傾げつつ、みのるは「ピクニック用ごちそうセット」とやらを選び、レジへと持っていく事にした。

「すいません、これ下さ…ひっ!」

 みのるは神貨を取り出して支払いを済ませようとし、凍りついた。

 目の前には偉丈夫がいた。

 先のヘラクレスは白人系の均整のとれた体躯であった。

 こちらは黄色人種。

 長いひげを蓄えた巨漢、と言うよりは既に巨人であった。

 彼は比喩抜きでみのるの頭上から彼を見下ろし、

「なんじゃ小童、それを買うのかのォ、うん?」

 そう睨みつけてきた。

「は、はい…、お願い、します…」

 ヘラクレスの時とはまた違う圧力を感じつつ、しどろもどろになりながらみのるは神貨をレジの受け皿に置いた。

「ん、4神貨、確かに受け取った。

 なれば疾く去れ、後ろが詰まっておるでのお」

 は、とみのるが後ろを見ると、既に何人か、みのるが見知らぬ神子達、または神達が買い物を済ませようと並んでいた。

「す、すいません!」

 みのるは慌ててレジからラウンジのソファーの方へと歩いていった。

 冥花達は既に買い物を済ませており、みのるを待っていた。

「どうよ、あっこの品揃えは良いだろお。

 みのるはウケモチ様へのお供え物なんかは買ったのかよ?

 そう言ったもんも扱ってんだぜえ」

 …なるほど、さっき見た「油揚げ」はそう言う事か。

 狐に油揚げはもともとお稲荷様、つまりはウケモチへのお供え物として喜ばれるものだ。

 だからそう言った神にまつわるものが売っているのか。

 みのるは納得と共に自分が足を踏み入れた世界に驚かされていた。

「しっかし今日は『関帝聖君』様が店番かあ。

 ウケモチ様だったら直接親神に会えたのにな、残念だったな」

 は?

 みのるは一瞬仁三郎が何を言っているのか分からなかった。

 ウケモチ、つまりは自分の親神があそこであそこでレジを打っている事があると!?

 それも驚きだが、それと同時に先ほど会った巨大な男性が関帝聖君、横浜中華街でお祭りされている「関羽」その人だと!?

 みのるは物語の類いは子どもの頃より好んでいた。

 その中には「三国志演義」も入っていたのだが、よりにもよって三国志の英雄がレジ打ち!?

 いくら商売の神様であろうともいくらなんでも…。

「まあ、関帝様としては若干不本意らしいけどなあ。

 戦の神としてならともかく、信用を司る為に、取引の神さまになっちまったんだからなあ」

 苦笑いをしながら仁三郎がそう言う。

 と。

「聞こえておるぞ悪餓鬼めが!

 後からワシんとこに来い!

 ちっくとばかし揉んでやろうかのお!」

 レジの方から胴間声が飛んでくる。

 仁三郎はその声にビシッと姿勢を正すと、

「押忍! 今から俺ぁ絶界アイランド攻略に行かねえとならんので、それはまた後日っ!」

 そう言うなり、

「え!? ちょっと?」

 みのるの襟首を捕まえてエントランスから外に飛び出していった。

「お、おい!?

 ええい! どーせつ、私達も行くぞ!」

「わふっ!(了解! 姉ちゃん!)」

 冥花達を置いて。




「すまねえ、あの爺さん苦手なんだよ…」

 仁三郎がみのる達に手を合わせて謝罪していた。

 仁三郎が逃げだした先は世界の境界線、とでも言おうか、神々がこの万神殿パンテオンへとやってくる際に利用する「歪み」のような空間だった。

「今回はこっから目的の絶界アイランドに行けるからな」

 そう仁三郎は言った。

 仁三郎は皆と合流する前に、絶界についての情報を様々な伝手を使って調べていた。

 彼は戦いもさることながら、見た目に反して情報を扱い、運命共同体パーティを支援する、「導きの子」として優秀な存在であった。

 導きの子。

 彼らは「万神殿」に所属するエージェントの様なものだ。

 神話災害クラーデについて調査し、運命共同体を運用してその鎮圧に努める現場指揮官である。

 彼らがいる事で運命共同体は不必要に時間を取られたり大きく傷つかずに、怪物モンスターと対峙できるのだ。

 前回の様な冥花とみのるのみ、と言うのは非常に稀なケースであると言えよう。


 本来、絶界に入ると言う事は途轍もなく危険な行為だ。

 絶界は本来の世界と完全に切り離されている。

 つまり、そこに侵入する為には、それこそ「世界を渡る」だけの力が必要になる筈なのだ。

 しかし、絶界は「魔界の卵」と言われるように、まだ完成されてはいない。

 その為、その世界には亀裂や脆い所が存在する。

 そこから神子達は絶界に侵入するのだ。

 これが神々であれば侵入するのはたやすい。

 

 彼らは存在の力が強すぎる。

 神が絶界に押し入ろうとすればその絶界は破壊されるだろう。

 中にいる数十から数万の一般人を道連れにして。

 それは神々としても本意ではない。

 神子達が絶界に挑むのはそういう理由もあるのだ。


 さて、神々が持つ宝物の中には様々なのりものがある。

 ポセイドンはシーホースが牽く戦車。

 アポロンは炎の馬車に乗り天空を太陽として駆ける。

 軍神アレスは戦場をゆく四頭立ての神馬に戦車を牽かせている。

 エジプト神話には「太陽の船」があるし、実際これをギフトとして使用許可の下りている神子もいる。

 ヤマト神話にはあまり多くないものの、神が乗り流されるものとして葦舟がある。

 クトゥルフ神話においてはノーデンスの乗る貝殻の戦車、ビヤーキーやシャンタク鳥といった騎乗動物が存在する。

 みのる達の前にあるもの、それは。

「…渡し船、金5枚って」

 明らかに木製の渡し船、であった。

 船には船頭が乗っているが、深くフードの付いたぼろぼろのローブを被り、手元も見えない状態で櫂を握っている。

「…乗るのか、乗らんのか」

 フードの下から深い、老人の声が響く。

 さて困った。

 みのるは先ほどごちそうセットを買ってしまった為に渡し賃を持っていない。

 どうしたものか、と考えている所、

「あ、すんません、持ち合わせないんでオレはパスっすわ」

 仁三郎がそう言う。

「え? 乗らなくても大丈夫なの!?」

「正直言えば、大丈夫ってこたあないんだが…、無い袖は振れねえわなあ…」

 ゲンナリとした顔で仁三郎が言う。

「え、じゃあ…」

「突っ切るんだよ、この『歪み』をよ」

「…大丈夫なんですか?」

「まあ大体は」

「大体って…」

「大体だ。

 まあ時々迷ってそこそこひどい目に会う事もあるが、まあ死にゃあしねえよ…、多分」

「最後になんかものすごい心配な一言があったような!」

「だいじょうぶ!

 さあ行って来い!」

「ちょ! ちょっとま…」

 仁三郎は大見栄を切るとやはりみのるの襟首を掴んで歪みの中へと飛び込んでいった。

「…私達は」

「わふ…(お金払って乗せてもらおう…)」

 呆然とする冥花とどーせつを残して。


 まるで濁流の中にいるようだ。

 みのるはそう感じた。

「気張れよお!

 ここを突破すれば、絶界の中だかんなあ!!」

 仁三郎がそう言った。

 周囲を様々な風景が通り過ぎていく。

 これは…、

「なんだ? これは、記憶…?」

 様々な人や動物、空間に蓄積された記憶がぶつかり、砕け、溶けて行く。

「…なるほどなあ。

 絶界はそれぞれに全く違う物理法則が適応されるんだけどよお、それを今構築していってるんだろうな。

 ここにあるのは人の記憶。

 ここの絶界を構築していくのに、支配者である怪物は中に閉じ込めた人達から記憶を奪い、それをエネルギーにして絶界を魔界にしようとしてやがんだな…」

 それを聞いて、みのるは周囲の記憶に目を奪われた。

 怪物は人々の記憶を奪い、己が世界の糧とする。

 そして記憶を奪われ、魔界の住人となった一般人は怪物の信奉者となるのだ。

 記憶を奪われると言う事はそれまで生きてきた経験や想いを奪われると言う事。

 みのるにとってはつらい記憶が多い、しかし、同時に少なくはあるものの、幸せな記憶もある。

 それを取り上げられるとしたら。

 それがまずかった。

「あ」

 みのるは記憶の欠片、その流れに足を取られた。

「おい!」

 仁三郎が声を掛けたが既に遅し。

「うわあぁぁ~っ!!」

 みのるは記憶の濁流に流された。




 みのるは眼を開けた。

「あれ…?

 ここは、どこ?」

 みのるは絶界の周囲を取り巻く記憶の流れに巻き込まれた筈だった。

 それが、流れ着いたのだろうか、そこは奇妙な場所だった。

 捻くれた尖塔がそびえ立つ大きな広間。

 頭上にはまるで海底みなそこから見上げるように海面からほのかな光が見える。

 そして。

「こども?」

 広間の真ん中にはふっかふかの真っ白な布団が敷かれていた。

 周囲にはなんか奇妙だが、かわいらしいと言えるぬいぐるみ達が置かれ。

 その真ん中には、なんだろうタコだろうか、ディフォルメされたキャラクターの抱き枕らしいものを抱きしめている少年が熟睡しているようだった。

 頭にはタコかクラゲを模したものらしい帽子、ナイトキャップのつもりだろうか、を被っているようだ。

 起こすのは気の毒だなあ、みのるがそう考えていた時だ。

「…余の夢に干渉するものは誰だ?」

 が目を開けた。

「あ、すいません。

 起こしちゃったみたいで…」

 みのるはそう謝った。

「よい。

 余も汝と話をしてみたかったところだ」

 少年は眠そうに眼をこすりつつも、みのるを見ながら言った。

「余の名はクトゥルフ。

 偉大なるクトゥルフ、ルルイエの館にて死せるもの、夢見る内に待ち至る者なり」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る