第2話 英雄邂逅

 予言。

 それは唐突にもたらされる。

 みのるにとっては2度目の経験。

 冥花やどーせつにとってもそれほど多い訳ではなかった。

 彼女達にとって、予言とは親神から下されるものであった。

 それが、いきなり自分の下りて来たのだ。

 動揺もしよう。

 そしてその予言には“で成し遂げる”と言う一文があった。

 つまり、

「僕と犬山さんと、後2人いるって事か…」

「わふわふっ!(いやオレいるじゃん!)」

 みのるの言葉にどーせつが突っ込みを入れる。

「え? でもどーせつ君って…」

 ここまでみのるは言って、はたと思い至った。

 そう言えば、ここまで動物とはっきり会話をした事はなかった。

 みのるは何故か知らないが動物から好かれた。

 今なら分かる。

 それはみのるの親神である「ウケモチ」からの恩恵であったのだろう。

 しかし、彼らの思考は人に比べて単純で、その言葉もどーせつほどはっきりしたものではなかった。

 動物達には彼らなりのコミュニケーション手段がある。

 それを人間の言葉に完全に翻訳するのは不可能だろう。

 ならば、どーせつの言葉が人のものと同等に理解できるという事は。

「どーせつ君、君って…」

 みのるの問いに、

「わふん!(そ、オレはクトゥルー神群の風の神にして羊飼いの神、ハスターの子、獣の子だ)」

 そう、どーせつは返答したのであった。


 獣の子。

 神々はしばしば人以外の種族とも交わり、そして子を成す。

 ギリシャ神話においてはクレタ島のミノス王、彼がポセイドンの怒りに触れた為に彼の妻パーシパエが白い雄牛に恋をして生まれたのが牛頭人身の怪物ミノタウロスである。

 ゼウスはカッコウに化けてヘラに求婚したり、白鳥に変化してレダと浮気をしたり、ヨーロッパの語源となったエウロペと浮気をするときは白い雄牛に変化をしている。

 エジプト神群に至っては神々は何らかの動物をその権能として持ち得ている。

 ヤマトの神々とて、「古事記」や「日本書紀」の中で神武天皇の祖母に当たる豊玉姫の正体は八尋和邇やひろわに、つまりは18メートルほどの鮫か海龍であるとされている。

 そう言った「人以外の神子アマデウス」を総じて獣の子と称するのである。

 彼らは英雄たる他の神子の介添人として己を託す事の出来る者を探す使命を追っているとも言われている。


「なるほど、だからどーせつ君は僕と会話が出来ていたのか」

 みのるは納得していた。

 そして、

「え! みのる君はどーせつと話が出来ていたのかい!?

 全然気付かなかった…」

 1人マイペースな冥花であった。




「さて、私達は予言を受けた訳れだけれども、どうやら絶界アイランドに当たるにはもう1人必要なようだね。

 そうなると、一体誰かな?」

 冥花は首を捻る。

「わふぅ…(オレと姉ちゃんがいるとなると…、多分あいつじゃないかと思うんだけど…)」

 どーせつがぽつりと言った。

「どーせつ君、あいつって誰?」

 そのつぶやきを耳に止めたみのる

「わふわふん(悪い奴じゃないんだけどなあ、あいつ苦手なんだよな、くさいし)」

 どーせつはみのるにそう言い返す。

 くさい?

 やっぱりその人も「獣」なんだろうか。

 みのるがそう思った時である。

「うおおぃ! 冥花ぁ! 仕事みてえだなあ、おい!」

 何やら傍若無人な雰囲気を纏った巨漢がその場へとやって来た。

 Tシャツにデニムのオーバーオールつりズボン、その上から黒字にえらく派手な虎の刺繍の入ったスーベニアジャケット、一般にはスカジャンと言った方が通りが良いだろう、を羽織っている。

 上背は少なく見積もっても190センチ以上、もしかしたら2メートルあるのではなかろうか。

 Tシャツからはみ出した腕は恐ろしく太い。

 まるでボディビルダーかプロレスラーみたいだ、とみのるは思った。

 そして特徴的なのが頭部だ。

 顔は強面、と言うのだろうか、しかしどこか愛嬌のある顔立ち。

 そしてその髪型は、

「ええっとリーゼント、だったっけ?」

 みのるのその言葉に、巨漢は答えた。

「リーゼントだけじぇねえぞ! これはな、『ポンパドール』っつうんだ!」

 彼の髪は横に流され、後頭部はまるでアヒルのお尻の様になっていた。

 これをそのものダックテイルと言う。

 みのるの言ったリーゼントは本来「サイドを整髪料で流すようにする」事を言う。

 つまり、だ。

 日本においてリーゼントとは、

「すっごい

 そう、ポンパドールはサイド、バックをすっきりと短くし、トップや前髪を長めに残した髪型の事であるが、リーゼント組み合わせることで、いわゆる「不良がするリーゼント」になるのである。

 そして、巨漢の髪形は「ひさし」と言うのにふさわしいボリュームがあった。

 整髪料をふんだんに使い、まるで中に針金でも入れているように前髪が存在感を醸している。

 それが彼、3番目の仲間であり、導きの子たる「大堂寺だいどうじ仁三郎にんざぶろう」であった。


 なるほど。

 みのるはどーせつの言った意味が分かった。

 みのるは犬ほどではないにしても鼻が利く。

 これはポマードの匂いだ。

 犬は合成物の匂いを嫌うと言う。

 昨今の整髪料にはそう言った合成香料が大量に使われており、自然に存在しないそれを犬は警戒するのだと言う。

 が。

 それ以前に仁三郎の髪形は大量のポマードで固められている為に、単純にポマードの匂いがきついのだ。

 それはさておき。

「んで、そっちの細っこいのが、ええっとお」

みのるです、田中たなかみのる

「よろしくな、みのる

 俺は大堂寺仁三郎、親はギリシャ神群の知恵の女神アテナだ。

 まあそうは見えねえと思うが、一応冥花達の中じゃ作戦担当だな」

 確かにどう見てもそうは見えない。

 明らかに前線要員だろう、みのるはそう思ったが、空気を読んであいまいに微笑むだけにした。

「で、だ。

 今回俺達が挑む事になった『九頭竜』、九頭とも書くんだがなあ、長野の戸隠から始まり、福井、千葉、神奈川、後は九州なんかにも伝承が残ってる。

 キーワードとしては『川』ってところだ」

「む、川とは?」

 立て板に水、と言った感じに説明を入れる仁三郎に冥花が疑問をぶつける。

「ああ、どうやら元々九頭竜が神として祀られるようになったのは『洪水を起こす荒々しい自然の化身』って所からの様だ。

 まあそこから『洪水を鎮め、田畑に水の実りをもたらす福の神』って、ほれ、和魂にぎみたまってのも一緒にくっついてくる訳だけどなあ。

 で、今回俺達が受けたのは、ヤマト神群の『聖地』である高天原たかあまがはらにおわす九頭竜神の依頼、と言う訳だ」

 依頼と聞いてみのるが首を捻った。

「え? 九頭竜の神様が九頭竜を退治依頼?

 それってどういう…、あ! もしかして影霊エイリアス!?」

 みのるの出した答えににんまりと笑う仁三郎。

「多分正解だ。

 聖域にいる神々は大概『善』の側面を押し出してんだ。

 しかしよお、例えばうちの親神たるアテナ様だと芸術なんかも司ってるけどよ、美とか芸術で張り合った格下の奴なんかには怪物に変えちまうとかの罰も平気で与えてる。

 そういう上位存在としての恐怖を体現する面を神様ってのは大概持っているもんなんだわ。

 で、そう言う部分が何かの拍子に本体からはがれて勝手に歩き回っては神話災害を起こしやがる。

 最近だと、そうだなあ、ゼウス神の『千人切り』事件とか」

 そう言いかけた仁三郎に、

「そこまでにしておけ」

 と声が掛かった。


 みのる達が振り向くと、そこには「偉丈夫」がいた。

 そう、偉丈夫と言うのがこれほど似合う男もいまい、そう思わせる男だった。

 上背は仁三郎を超え、筋骨隆々としていながらも猫科のしなやかさを思わせる堂々とした体躯。

 白人男性にありがちな肌のしみなどなく、顔立ちは精悍ながらも優美さを失わない。

 どうやら白いウール地の一枚布を巻きつけることで着こなしているようだ。

 みのるに知識はなかったが、布を巻き付け、右肩を出すようにしてピンで留めるこのスタイルは古代ギリシャで一般的であった「エクソミス」というものだ。

 その上から毛皮を羽織っている。

 ライオンの、だ。

 傍らには巨大な棍棒が無造作に立て掛けられている。

 彼に対し、仁三郎が声を掛けた。

「ヘラクレス、どうかしたんすかい?」

 は?

 へらくれす?

 みのるは混乱した。

 ヘラクレスってあの有名な人?

 ええっと…。

 ヘラクレス。

 あまりにも有名なギリシャ神話における英雄だ。

 日本においては最も有名な英雄ではないだろうか。

 それこそヤマト神話におけるヤマトタケル以上に。

 そんな有名人(人?)が目の前にいる、と言うのだ。

 ほけっとみのるはその偉丈夫を見ていた。

 その時だ。

 鋭い視線がみのるを貫いた。

 この手の視線をみのるはよく知っている。

 警戒と敵意だ。

 今までに感じたことがないほどの強い視線、しかし。

「ほぉ…、俺の眼力に耐えるか…、」

 それでもみのるにとっては馴染みの視線だった。

 都市部に移って来てからそうは感じなくなっていたものの、みのるにはいわれのない悪意が向けられる事がままあった。

 無論、ヘラクレスほどの眼力を持つ者など市井にいる訳もない。

 だが、負の感情には違いない。

 むしろ、暖かな正の感情を向けられる方がみのるにとっては落ち着かないのである、彼にとって不幸な事に。

 これが敵意だけでなく、さっきも含まれていたとしたらみのるに耐える事は出来なかっだろう。

 ヘラクレスの殺気など、熟練の神子ですら耐えられまい。

 ヘラクレスは神子の中でも、最も神に近い存在。

 未だに地上の事柄に関わることが出来るのが奇跡であるほどの存在だ。

 しかし、あまりの格の違い、というものもあり、ヘラクレスはみのるにそれ程の興味は抱いていないのだ。

「まあいい。

 大堂寺、そいつに気を配っておく事だ。

 我ら神子アマデウスに失敗なぞ許されん。

 我らの失敗、それは地上の民の平穏が揺るがされると言う事でもあるのだからな」

 そう言うと、みのるをひと睨みした後にヘラクレスはその場を堂々と去っていった。


「わふ…(相変わらずヘラクレスはおっかねえなあ…)」

 どーせつが安心したようにほっと一言吠えた。

 ヘラクレスはカタブツである。

 故に、腹に一物持っているのは丸分かりであり、且つその目的が不明なクトゥルー神群の神子達を信用していない。

 もちろんどーせつもその1人、と言うか1匹。

 同じギリシャ神群において、とくに信頼できるアテナの神子である仁三郎は信頼しており、また個人的に信用できる人柄である冥花の事もそうだ。

 仁三郎がみのるを気遣わしげに見、言った。

「すまねえなあ、みのるよお。

 ヘラクレスの旦那はちょっと融通がきかねえところがあるからよお。

 自分をもんの凄く律して生きてるお人なんでなあ。

 だからなんか、少しでも懸念があるとああやって自分で見に来るんだわ」

 なるほど。

 どうも自分は「良識派」の神子からは好かれていないのか。

 みのるはそう考え、むしろ安心した。

 自分を嫌う存在がはっきりしているのはむしろみのるにとっては都合が良かった。

 そういう神人がいる事が分かっていればそれに備える心構えが出来る。

 そうすれば必要以上にきづ付かずに済むし、また傷つけずにも済む。

 そうは長くないものの、人生の大半を迫害されて生きてきたみのるなりの生きるコツでもあった。

「大丈夫ですよ」

 みのるはその後に「慣れてますから」と続けそうになって止めた。

 余計心配をかけそうだったから。

「それなら良いんだけどよ」

 仁三郎は頭をがりがりとひっかくと、懐から櫛を出し、髪形を整えた。

「…これポンパドールは結構簡単に崩れるからな。

 こうやってちょくちょく直してやんねえとみっともなくなっちまう」

「ならばやめれば良いのに。

 その髪型維持するのに1日1瓶ポマード消費するんでしょう?

 かなりの出費だって前に言ってましたよね?」

 冥花がそう言うも、

「ばっかやろう!

 これポンパドールは俺の魂だっての!

 これだけは誰にも譲れねえ! 例え親神アテナだとしても!!」

 そこまで力説する事なのか。

 みのるにはそこまで拘るものがない。

 故に、仁三郎の気持ちを理解は出来ない、しかし。

 羨ましい。

 とは思うのだ。

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