第2話 英雄邂逅
予言。
それは唐突にもたらされる。
冥花やどーせつにとってもそれほど多い訳ではなかった。
彼女達にとって、予言とは親神から下されるものであった。
それが、いきなり自分の下りて来たのだ。
動揺もしよう。
そしてその予言には“汝ら4人で成し遂げる”と言う一文があった。
つまり、
「僕と犬山さんと、後2人いるって事か…」
「わふわふっ!(いやオレいるじゃん!)」
「え? でもどーせつ君って…」
ここまで
そう言えば、ここまで動物とはっきり会話をした事はなかった。
今なら分かる。
それは
しかし、彼らの思考は人に比べて単純で、その言葉もどーせつほどはっきりしたものではなかった。
動物達には彼らなりのコミュニケーション手段がある。
それを人間の言葉に完全に翻訳するのは不可能だろう。
ならば、どーせつの言葉が人のものと同等に理解できるという事は。
「どーせつ君、君って…」
「わふん!(そ、オレはクトゥルー神群の風の神にして羊飼いの神、ハスターの子、獣の子だ)」
そう、どーせつは返答したのであった。
獣の子。
神々はしばしば人以外の種族とも交わり、そして子を成す。
ギリシャ神話においてはクレタ島のミノス王、彼がポセイドンの怒りに触れた為に彼の妻パーシパエが白い雄牛に恋をして生まれたのが牛頭人身の怪物ミノタウロスである。
ゼウスはカッコウに化けてヘラに求婚したり、白鳥に変化してレダと浮気をしたり、ヨーロッパの語源となったエウロペと浮気をするときは白い雄牛に変化をしている。
エジプト神群に至っては神々は何らかの動物をその権能として持ち得ている。
ヤマトの神々とて、「古事記」や「日本書紀」の中で神武天皇の祖母に当たる豊玉姫の正体は
そう言った「人以外の
彼らは英雄たる他の神子の介添人として己を託す事の出来る者を探す使命を追っているとも言われている。
「なるほど、だからどーせつ君は僕と会話が出来ていたのか」
そして、
「え!
全然気付かなかった…」
1人マイペースな冥花であった。
「さて、私達は予言を受けた訳れだけれども、どうやら
そうなると、一体誰かな?」
冥花は首を捻る。
「わふぅ…(オレと姉ちゃんがいるとなると…、多分あいつじゃないかと思うんだけど…)」
どーせつがぽつりと言った。
「どーせつ君、あいつって誰?」
そのつぶやきを耳に止めた
「わふわふん(悪い奴じゃないんだけどなあ、あいつ苦手なんだよな、くさいし)」
どーせつは
くさい?
やっぱりその人も「獣」なんだろうか。
「うおおぃ! 冥花ぁ! 仕事みてえだなあ、おい!」
何やら傍若無人な雰囲気を纏った巨漢がその場へとやって来た。
Tシャツにデニムの
上背は少なく見積もっても190センチ以上、もしかしたら2メートルあるのではなかろうか。
Tシャツからはみ出した腕は恐ろしく太い。
まるでボディビルダーかプロレスラーみたいだ、と
そして特徴的なのが頭部だ。
顔は強面、と言うのだろうか、しかしどこか愛嬌のある顔立ち。
そしてその髪型は、
「ええっとリーゼント、だったっけ?」
「リーゼントだけじぇねえぞ! これはな、『ポンパドール』っつうんだ!」
彼の髪は横に流され、後頭部はまるでアヒルのお尻の様になっていた。
これをそのものダックテイルと言う。
つまり、だ。
日本においてリーゼントとは、
「すっごいひさし」
そう、ポンパドールはサイド、バックをすっきりと短くし、トップや前髪を長めに残した髪型の事であるが、リーゼント組み合わせることで、いわゆる「不良がするリーゼント」になるのである。
そして、巨漢の髪形は「ひさし」と言うのにふさわしいボリュームがあった。
整髪料をふんだんに使い、まるで中に針金でも入れているように前髪が存在感を醸している。
それが彼、3番目の仲間であり、導きの子たる「
なるほど。
これはポマードの匂いだ。
犬は合成物の匂いを嫌うと言う。
昨今の整髪料にはそう言った合成香料が大量に使われており、自然に存在しないそれを犬は警戒するのだと言う。
が。
それ以前に仁三郎の髪形は大量のポマードで固められている為に、単純にポマードの匂いがきついのだ。
それはさておき。
「んで、そっちの細っこいのが、ええっとお」
「
「よろしくな、
俺は大堂寺仁三郎、親はギリシャ神群の知恵の女神アテナだ。
まあそうは見えねえと思うが、一応冥花達の中じゃ作戦担当だな」
確かにどう見てもそうは見えない。
明らかに前線要員だろう、
「で、だ。
今回俺達が挑む事になった『九頭竜』、九頭龍とも書くんだがなあ、長野の戸隠から始まり、福井、千葉、神奈川、後は九州なんかにも伝承が残ってる。
キーワードとしては『川』ってところだ」
「む、川とは?」
立て板に水、と言った感じに説明を入れる仁三郎に冥花が疑問をぶつける。
「ああ、どうやら元々九頭竜が神として祀られるようになったのは『洪水を起こす荒々しい自然の化身』って所からの様だ。
まあそこから『洪水を鎮め、田畑に水の実りをもたらす福の神』って、ほれ、
で、今回俺達が受けたのは、ヤマト神群の『聖地』である
依頼と聞いて
「え? 九頭竜の神様が九頭竜を退治依頼?
それってどういう…、あ! もしかして
「多分正解だ。
聖域にいる神々は大概『善』の側面を押し出してんだ。
しかしよお、例えばうちの親神たるアテナ様だと芸術なんかも司ってるけどよ、美とか芸術で張り合った格下の奴なんかには怪物に変えちまうとかの罰も平気で与えてる。
そういう上位存在としての恐怖を体現する面を神様ってのは大概持っているもんなんだわ。
で、そう言う部分が何かの拍子に本体からはがれて勝手に歩き回っては神話災害を起こしやがる。
最近だと、そうだなあ、ゼウス神の『千人切り』事件とか」
そう言いかけた仁三郎に、
「そこまでにしておけ」
と声が掛かった。
そう、偉丈夫と言うのがこれほど似合う男もいまい、そう思わせる男だった。
上背は仁三郎を超え、筋骨隆々としていながらも猫科のしなやかさを思わせる堂々とした体躯。
白人男性にありがちな肌のしみなどなく、顔立ちは精悍ながらも優美さを失わない。
どうやら白いウール地の一枚布を巻きつけることで着こなしているようだ。
その上から毛皮を羽織っている。
ライオンの、だ。
傍らには巨大な棍棒が無造作に立て掛けられている。
彼に対し、仁三郎が声を掛けた。
「ヘラクレス、どうかしたんすかい?」
は?
へらくれす?
ヘラクレスってあの有名な人?
ええっと…。
ヘラクレス。
あまりにも有名なギリシャ神話における英雄だ。
日本においては最も有名な英雄ではないだろうか。
それこそヤマト神話におけるヤマトタケル以上に。
そんな有名人(人?)が目の前にいる、と言うのだ。
ほけっと
その時だ。
鋭い視線が
この手の視線を
警戒と敵意だ。
今までに感じたことがないほどの強い視線、しかし。
「ほぉ…、俺の眼力に耐えるか…、」
それでも
都市部に移って来てからそうは感じなくなっていたものの、
無論、ヘラクレスほどの眼力を持つ者など市井にいる訳もない。
だが、負の感情には違いない。
むしろ、暖かな正の感情を向けられる方が
これが敵意だけでなく、さっきも含まれていたとしたら
ヘラクレスの殺気など、熟練の神子ですら耐えられまい。
ヘラクレスは神子の中でも、最も神に近い存在。
未だに地上の事柄に関わることが出来るのが奇跡であるほどの存在だ。
しかし、あまりの格の違い、というものもあり、ヘラクレスは
「まあいい。
大堂寺、そいつに気を配っておく事だ。
我ら
我らの失敗、それは地上の民の平穏が揺るがされると言う事でもあるのだからな」
そう言うと、
「わふ…(相変わらずヘラクレスはおっかねえなあ…)」
どーせつが安心したようにほっと一言吠えた。
ヘラクレスはカタブツである。
故に、腹に一物持っているのは丸分かりであり、且つその目的が不明なクトゥルー神群の神子達を信用していない。
もちろんどーせつもその1人、と言うか1匹。
同じギリシャ神群において、とくに信頼できるアテナの神子である仁三郎は信頼しており、また個人的に信用できる人柄である冥花の事もそうだ。
仁三郎が
「すまねえなあ、
ヘラクレスの旦那はちょっと融通がきかねえところがあるからよお。
自分をもんの凄く律して生きてるお人なんでなあ。
だからなんか、少しでも懸念があるとああやって自分で見に来るんだわ」
なるほど。
どうも自分は「良識派」の神子からは好かれていないのか。
自分を嫌う存在がはっきりしているのはむしろ
そういう神人がいる事が分かっていればそれに備える心構えが出来る。
そうすれば必要以上にきづ付かずに済むし、また傷つけずにも済む。
そうは長くないものの、人生の大半を迫害されて生きてきた
「大丈夫ですよ」
余計心配をかけそうだったから。
「それなら良いんだけどよ」
仁三郎は頭をがりがりとひっかくと、懐から櫛を出し、髪形を整えた。
「…
こうやってちょくちょく直してやんねえとみっともなくなっちまう」
「ならばやめれば良いのに。
その髪型維持するのに1日1瓶ポマード消費するんでしょう?
かなりの出費だって前に言ってましたよね?」
冥花がそう言うも、
「ばっかやろう!
これだけは誰にも譲れねえ! 例え
そこまで力説する事なのか。
故に、仁三郎の気持ちを理解は出来ない、しかし。
羨ましい。
とは思うのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます