英雄邂逅 九頭竜の章

第1話 万神殿

 田中たなかみのる神話災害クラーデに巻き込まれ、そして神子アマデウスとして覚醒して次の日。

 彼はそわそわしながらアルバイト先であるスーパーの事務室で私服に着替えていた。

 その様子を妙齢の御婦人達が何とも生温かい目で見ている。

「ん? みのる君、どこか出掛けるのかい?」

 スーパーの雇われ店長がいつもと違い、ちょっと小洒落た服装(と、本人と50代のおばちゃんが思っている)をしているみのるに問いかける。

 その顔には興味深い、と言うよりはもうちょっと下世話な「デート前の少年を温く見守るおっさん」の表情が張り付いていた。

 もちろん、と言うかやはりと言うか、みのるはそれに気付かない。

 みのるは人と人との好意的な接触に慣れていない。

 故に、他者の正の感情をくみ取るのが苦手であり、店長の表情にも、

「なんか変な顔をしてる」

 程度にしか思わなかった。

 店長が知ったなら涙を流しそうな反応である。

「ええと、まあ…」

 若干どう反応するか迷い、みのるは無難であいまいな答えを返す事にした。

 その答えが周囲の大人をより生温くさせる。

 何と言うか自分も通った道、と言おうか。

 …まあ問題は50代とみのる達10代のファッションセンスがずれている所だろうか。

 おばちゃま方おじさま方から見てまあ良いだろうと思うみのるの服装は、どこか野暮ったい。

 まあみのるの髪形を考えればそれで良いのかもしれないが。

 散々突っつき回されて、若干疲弊気味になりながら、みのるは待ち合わせ場所に向かうのであった。




 みのるが待ち合わせ場所であるこの近郊の駅前商店街、その一角にあるコーヒーショップのチェーン店「カカオ」にやって来ると、犬山いぬやま冥花めいかは既に来ており、珈琲を飲んでいる所だった。

「ご、ごめんなさい、遅くなっちゃって…」

 慌ててみのるが謝ると、

「いや、まだ時間になってないじゃないか。

 気にする必要はないよ」

 冥花は快活に笑うとそう言った。

 それに合わせ、

「わふっ!」

 冥花の足下から声がした。

 みのるがそちらを見る。

 そこには、

「犬?」

 そう、茶、と言うよりは淡いオレンジと白の毛並みを持った中型と小型の中間ほどの、脚の短い犬がいた。

 ウェルシュ・コーギー・ペンブローク。

 牧羊犬として飼われていた羊を追う犬であり、また、イギリス王室ではエリザベス女王が可愛がっているとも。

 しかし、みのるには最初この犬種がコーギーだとは思えなかった。

 なぜなら。

「…なんか狐みたい」

 そう、このコーギーにはふっさふさの尻尾があったのだ。

 ウェルシュ・コーギー・ペンブロークの特徴と言えばラブリーなヒップであるが(異論は認める)、それは尾がない事による部分もある。

 このコーギーには体躯に比して長めの、まるで狐の様なふさふさの尾があったのである。

 みのるの疑問に冥花が答えた。

「ああ、それはね、もともとコーギーには普通に尻尾があるんだよ。

 一般的な仔は断尾しているんだよ」

「え? アレ切ってるんですか!?」

「そう。

 ほら、元々コーギーって牧羊犬なんだ。

 だから、羊に尻尾を踏まれない為に、小さいころに切っちゃうのが普通で、日本でもそれが定着してたんだってさ」

「?」

 みのるは首を傾げた。

 冥花の言葉に、ではない。

 いま、「断尾」という言葉を聞いた時、冥花の愛犬は尻尾を腹の下にしまい込んだ。

 一般的に犬が尻尾を股に挟む様の仕草をする場合、怯えの表現であるという。

 つまり、

(今の会話をこのワンちゃんは分かっているのかな?)

 ずいぶんと賢い犬なのだろうか。

 まあ、飼い犬などは「散歩」などの特定のフレーズを理解している、とも言われている。

 この犬はよほど「断尾」という言葉が嫌いなのだろうか。

 などとみのるが考えていると、

「まずは、色々話す前に彼を紹介しておこう。

 彼は犬山『どーせつ』、私の弟の様なものだ」

 冥花がそう犬を紹介する。

 犬、どーせつはみのるを見上げると、

「わふん!」

 一声、そう吠えた。

 みのるにはそれが「よろしくな」と、理解されていた。

 みのるは腰をかがめると、

「どーせつ君、田中たなかみのるです、よろしく」

 そう挨拶をした。

 どーせつは一瞬動きを止めると、

「わふん!(変わったやつ)」

 と一声吠えた。


 冥花はどーせつの紹介を終えると、

「今日はおごるよ、何か頼むと良い」

 みのるにそう言った。

 おごってもらうのには抵抗がある、みのるは遠慮しようとしたが、

「いや、父からもそうするよう、軍資金は貰ってきているのさ。

 さすがに全額懐に入れるのは心苦しいんでちょっと協力してくれ」

 ウィンクと共に美少女にそう言われるとなんとなく言い返せない。

「じ、じゃあアイスコーヒーで…」

 あまりこう言った店で食事などをした経験がない、今時の少年としては珍しいみのるは、ドキドキしながらそう言った。

 …まあそれを実際に頼むのは冥花にではなく、店のレジカウンターへと行って注文をしなければならないのであるが。

 みのるは、アルバイトなのか店長なのかレジに立っている20代に見える青年にアイスコーヒーを頼み、提供されたコーヒーのカップを持つと冥花の座る席へと戻って来た。

「あ、そう言えばここってペット同伴オッケーなの?」 

 みのるは今更ながらに疑問をぶつけてみた。

「ん?

 ああ、この『カカオ』はとある事情からね、ペット同伴の店舗って多いらしいんだ」

「へえ、事情って?」

「それはもうちょっとしたら説明するよ」

 冥花は人が悪そうな、と自分では思う笑顔を見せた。

 まあ、彼女にその手の演技は難しいらしく、ちょっと背伸びをした女の子にしか見えなかったりするのであるが。


 みのるがコーヒーを飲む間、冥花はカフェラテとドーナツを食べていた。

 足元のどーせつはどうやら犬用クッキーを頂いている様子。

「さてみのる君、まずはお疲れさま。

 いろいろとあって混乱してるんじゃないか、と思ってね。

 親父殿にも頼まれているし、様々説明しようと思ってね、御足労いただいた訳だ」

 だからと言っていくらなんでもコーヒーチーェン店はないんではなかろうか。

 ここで話すならハンバーガーショップとかでも良いだろうに。

 そっちの方が安いし。

 さすがにファーストフードのハンバーガーショップはみのるでも入る事の出来る金額で食事が出来る。

 もっともみのるは知らない。

 本格的なハンバーガーを食べるのには結構な金額が必要である事を。

 みのるにとってハンバーガー=格安で食べられるもの、であった。

 そうではない事を知ってみのるが愕然とするのにはまだ少々時間が必要であった。

 閑話休題。

 冥花が口を開いた。

「とは言え、ここで色々話すのは、ね。

 周囲には普通の人の耳もある事だし、ちょっとVIPルームを使わせてもらうんだよ」

 冥花の話に首を捻るみのる

 いくらなんでも本店ではあるまいし、首都圏とは言え大きな駅がある訳ではない商店街の店に、VIPルームなど付いている筈がない。

 しかし、冥花は当り前のようにレジの前に行き、

「ソーマラテ、トッピング蟠桃ばんとうましましで」

 そう頼んだ。

 これからVIPルームとやらに移動すると思っていたみのるは、一度立ち上がったのだが、冥花が何か頼んでいるのを見るともう一度椅子に座りこんだ。

 どうやらVIPルームは準備が必要らしい。

 ゆっくりしていればいいのか、そう思った時、

「わふ!(行くぜ!)」

 どーせつがみのるのズボンのすそを引っ張った。

「どこ行くのさ?」

「わふん!(良いからついて来いって!)」

 みのるはどーせつに引っ張られるままレジカウンターの方へと売れていかれた。

 レジにいた青年は、くい、と顎で奥を示した。

 そこには一般席からは見えにくい構造になっているが、通路が存在した。

 冥花はそちらの方へ入っていく。

 みのるは一瞬どうしたものか、と悩み動きを止めるが、どーせつは遠慮仮借なしにその通路の方へと入っていく。

「わふ!(はよ来いっての)」

 どーせつに促されるままみのるはそこへと進み。


 世界が、変わった。


 そこは、白かった。

 みのる達が通って来たのは細い通路だった筈。

 しかし、今いるのはまるで一流ホテルのエントランスの様な場所。

 広い空間、天井には光の渦の様なシャンデリアが飾られ、壁は染み1つない白さ。

 品の良いソファーが並び、窓から見える景色は…。

「これって…、雲海?」

 そう、窓から見えるのは青い空、そしてその白い雲であった。

 つまりここは常識的に考えるなら非常に高い山の様な所にそびえているホテル、と言う事になる。

 いやいや、待て待て。

 さっきまで僕達は駅前商店街の喫茶店にいた筈。

 なのになんでこんな場違いは所に…。

 ぽかーんと口を開けた間抜けな顔を晒しているみのる

 それを愉快そうに見ながら、冥花は言った。

「ようこそ、神々がその垣根を越えて作り上げた『万神殿パンテオン』の本拠地へ、みのる!」




 みのるが案内された所。

 それは、万神殿と呼ばれる組織の本拠地であった。

 万神殿。

 それは、神々の集団である、神群クラスタがその神話体系の垣根を越え、作りあげた組織。

 神話の怪物モンスター達が引き起こす、一般人では対処不可能な災害である神話災害に対処する組織だ。

 また現在の世界に不満を持ち、かつての栄光である神権政治テオクラティアへと世界を戻し、圧倒的な力を取り戻さんとする神、そしてその神に盲従する神統主義者テオクラートへの対応を協議する場でもある。

 特にギリシャ神群の古代神であるクロノス、彼を筆頭とする複数の神話の神々から成るタイタン神群への対応は万神殿の重要な議題であった。


 いまだ呆然とした風のみのるに対し、

「ほらほら、話が出来ないじゃないか、座りたまえよ」

 冥花はソファに腰掛けるよう促した。

「あ、ああ、はい…」

 促されるままみのるはソファに腰を掛けた。

 かなり上質なソファである事くらいしかみのるには分からない、が、もし買うとしたら恐ろしい金額になるであろう事は予想が出来た。

 おっかなびっくりみのるが座ると、その向かいに冥花も座った。

「わふっ」

 その膝の上にどーせつが陣取る。

 なんか飼い主とペットっていうより、お姉ちゃんと弟みたいだ。

 みのるはそんな印象を受けていた。


「…つまり、僕達は今後も神話災害を一緒に解決していく可能性が高い、と」

 そう、みのるは説明を聞いた後、呟いた。

 冥花の語った事は、

 ・神々は「予言」を重視する。

 ・神話災害は予言を受けた神子アマデウスに解決の命が降りる。

 ・複数の神群の神子が同じ予言を受けて神話災害に挑む事がある。

「…それを運命共同体パーティと呼ぶのだけれど」

 そして冥花はみのるの眼を見据えて言った。

「私達は予言によってインガを結ばれた。

 それは今後も関わりあうという事。

 ハッキリ言ってしまえば、神話災害を正すために絶界アイランドに共に挑む確率が大きくなっているんだ。

 だから今後も一緒に戦う事が多くなる、そう考えて欲しい」

 みのるはその言葉に考え込んだ。

 前回はたまたまうまく行った。

 しかし、2人では前回の様な幸運は続かないだろう、みのるはそう考えた。

「でもさ、だったらもっと熟練した人達もいるんだろう?

 そう言う人達が暇な時なら、代わってもらうって出来ないのかな?」

 なにせ、神話災害は大規模だ。

 何人もの、通常は100人1000人規模の、大きければそれこそ数万どころか1つの国家丸々を巻き込む代物だ。

 それだけの一般人を巻き込む事件をみのる達だけで解決する、それは恐ろしい。

 みのる自身だけでもなかなかままならないというのに、沢山の人の命運を背負うのは難しいだろう。

 みのるはそう思うのだが。

「そうなんだけどね、そこが『予言』と言う奴の厄介な所さ。

 まず神々は『大盟約』僕達のこの世界に直接介入できない。

 そう神々自身が設定することで、この世界と自身を成り立たせているからね。

 で私達より実力が上の神子の場合、あまりに強くなると、人としての存在よりも神としての存在が強くなる。

 いわゆる英雄になるんだけど、そうするとその親である神と同様の制約が付き始めるんだ。

 だから英雄はどちらかと言うと私達神子のサポート役に回ることが多いんだ。

 それに、この前みたいな私達2人だけっていうのはあんまり多くない。

 大抵は3人から6人くらいの運命共同体が普通だね。

 私だって普段はどーせつと一緒だしな。

 なっ、どーせつ」

「わふん!(その通りだぜ!)」

 そう言われても。

 みのるは苦笑しそうになり、慌てて表情を消した。

 なぜならば。


「何だ、これ…」

 みのるの脳内に語りかけるものがあった。

“汝、大蛇の討伐者なり。

 汝が全身全霊を傾け、『九頭竜』を倒すべし”

 みのるに「予言」が降りてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る