英雄邂逅 九頭竜の章
第1話 万神殿
彼はそわそわしながらアルバイト先であるスーパーの事務室で私服に着替えていた。
その様子を妙齢の御婦人達が何とも生温かい目で見ている。
「ん?
スーパーの雇われ店長がいつもと違い、ちょっと小洒落た服装(と、本人と50代のおばちゃんが思っている)をしている
その顔には興味深い、と言うよりはもうちょっと下世話な「デート前の少年を温く見守るおっさん」の表情が張り付いていた。
もちろん、と言うかやはりと言うか、
故に、他者の正の感情をくみ取るのが苦手であり、店長の表情にも、
「なんか変な顔をしてる」
程度にしか思わなかった。
店長が知ったなら涙を流しそうな反応である。
「ええと、まあ…」
若干どう反応するか迷い、
その答えが周囲の大人をより生温くさせる。
何と言うか自分も通った道、と言おうか。
…まあ問題は50代と
おばちゃま方おじさま方から見てまあ良いだろうと思う
まあ
散々突っつき回されて、若干疲弊気味になりながら、
「ご、ごめんなさい、遅くなっちゃって…」
慌てて
「いや、まだ時間になってないじゃないか。
気にする必要はないよ」
冥花は快活に笑うとそう言った。
それに合わせ、
「わふっ!」
冥花の足下から声がした。
そこには、
「犬?」
そう、茶、と言うよりは淡いオレンジと白の毛並みを持った中型と小型の中間ほどの、脚の短い犬がいた。
ウェルシュ・コーギー・ペンブローク。
牧羊犬として飼われていた羊を追う犬であり、また、イギリス王室ではエリザベス女王が可愛がっているとも。
しかし、
なぜなら。
「…なんか狐みたい」
そう、このコーギーにはふっさふさの尻尾があったのだ。
ウェルシュ・コーギー・ペンブロークの特徴と言えばラブリーなヒップであるが(異論は認める)、それは尾がない事による部分もある。
このコーギーには体躯に比して長めの、まるで狐の様なふさふさの尾があったのである。
「ああ、それはね、もともとコーギーには普通に尻尾があるんだよ。
一般的な仔は断尾しているんだよ」
「え? アレ切ってるんですか!?」
「そう。
ほら、元々コーギーって牧羊犬なんだ。
だから、羊に尻尾を踏まれない為に、小さいころに切っちゃうのが普通で、日本でもそれが定着してたんだってさ」
「?」
冥花の言葉に、ではない。
いま、「断尾」という言葉を聞いた時、冥花の愛犬は尻尾を腹の下にしまい込んだ。
一般的に犬が尻尾を股に挟む様の仕草をする場合、怯えの表現であるという。
つまり、
(今の会話をこのワンちゃんは分かっているのかな?)
ずいぶんと賢い犬なのだろうか。
まあ、飼い犬などは「散歩」などの特定のフレーズを理解している、とも言われている。
この犬はよほど「断尾」という言葉が嫌いなのだろうか。
などと
「まずは、色々話す前に彼を紹介しておこう。
彼は犬山『どーせつ』、私の弟の様なものだ」
冥花がそう犬を紹介する。
犬、どーせつは
「わふん!」
一声、そう吠えた。
「どーせつ君、
そう挨拶をした。
どーせつは一瞬動きを止めると、
「わふん!(変わったやつ)」
と一声吠えた。
冥花はどーせつの紹介を終えると、
「今日はおごるよ、何か頼むと良い」
おごってもらうのには抵抗がある、
「いや、父からもそうするよう、軍資金は貰ってきているのさ。
さすがに全額懐に入れるのは心苦しいんでちょっと協力してくれ」
ウィンクと共に美少女にそう言われるとなんとなく言い返せない。
「じ、じゃあアイスコーヒーで…」
あまりこう言った小洒落た店で食事などをした経験がない、今時の少年としては珍しい
…まあそれを実際に頼むのは冥花にではなく、店のレジカウンターへと行って注文をしなければならないのであるが。
「あ、そう言えばここってペット同伴オッケーなの?」
「ん?
ああ、この『カカオ』はとある事情からね、ペット同伴の店舗って多いらしいんだ」
「へえ、事情って?」
「それはもうちょっとしたら説明するよ」
冥花は人が悪そうな、と自分では思う笑顔を見せた。
まあ、彼女にその手の演技は難しいらしく、ちょっと背伸びをした女の子にしか見えなかったりするのであるが。
足元のどーせつはどうやら犬用クッキーを頂いている様子。
「さて
いろいろとあって混乱してるんじゃないか、と思ってね。
親父殿にも頼まれているし、様々説明しようと思ってね、御足労いただいた訳だ」
だからと言っていくらなんでもコーヒーチーェン店はないんではなかろうか。
ここで話すならハンバーガーショップとかでも良いだろうに。
そっちの方が安いし。
さすがにファーストフードのハンバーガーショップは
もっとも
本格的なハンバーガーを食べるのには結構な金額が必要である事を。
そうではない事を知って
閑話休題。
冥花が口を開いた。
「とは言え、ここで色々話すのは、ね。
周囲には普通の人の耳もある事だし、ちょっとVIPルームを使わせてもらうんだよ」
冥花の話に首を捻る
いくらなんでも本店ではあるまいし、首都圏とは言え大きな駅がある訳ではない商店街の店に、VIPルームなど付いている筈がない。
しかし、冥花は当り前のようにレジの前に行き、
「ソーマラテ、トッピング
そう頼んだ。
これからVIPルームとやらに移動すると思っていた
どうやらVIPルームは準備が必要らしい。
ゆっくりしていればいいのか、そう思った時、
「わふ!(行くぜ!)」
どーせつが
「どこ行くのさ?」
「わふん!(良いからついて来いって!)」
レジにいた青年は、くい、と顎で奥を示した。
そこには一般席からは見えにくい構造になっているが、通路が存在した。
冥花はそちらの方へ入っていく。
「わふ!(はよ来いっての)」
どーせつに促されるまま
世界が、変わった。
そこは、白かった。
しかし、今いるのはまるで一流ホテルのエントランスの様な場所。
広い空間、天井には光の渦の様なシャンデリアが飾られ、壁は染み1つない白さ。
品の良いソファーが並び、窓から見える景色は…。
「これって…、雲海?」
そう、窓から見えるのは青い空、そしてその下に広がる白い雲であった。
つまりここは常識的に考えるなら非常に高い山の様な所にそびえているホテル、と言う事になる。
いやいや、待て待て。
さっきまで僕達は駅前商店街の喫茶店にいた筈。
なのになんでこんな場違いは所に…。
ぽかーんと口を開けた間抜けな顔を晒している
それを愉快そうに見ながら、冥花は言った。
「ようこそ、神々がその垣根を越えて作り上げた『
それは、万神殿と呼ばれる組織の本拠地であった。
万神殿。
それは、神々の集団である、
神話の
また現在の世界に不満を持ち、かつての栄光である
特にギリシャ神群の古代神であるクロノス、彼を筆頭とする複数の神話の神々から成るタイタン神群への対応は万神殿の重要な議題であった。
いまだ呆然とした風の
「ほらほら、話が出来ないじゃないか、座りたまえよ」
冥花はソファに腰掛けるよう促した。
「あ、ああ、はい…」
促されるまま
かなり上質なソファである事くらいしか
おっかなびっくり
「わふっ」
その膝の上にどーせつが陣取る。
なんか飼い主とペットっていうより、お姉ちゃんと弟みたいだ。
「…つまり、僕達は今後も神話災害を一緒に解決していく可能性が高い、と」
そう、
冥花の語った事は、
・神々は「予言」を重視する。
・神話災害は予言を受けた
・複数の神群の神子が同じ予言を受けて神話災害に挑む事がある。
「…それを
そして冥花は
「私達は予言によってインガを結ばれた。
それは今後も関わりあうという事。
ハッキリ言ってしまえば、神話災害を正すために
だから今後も一緒に戦う事が多くなる、そう考えて欲しい」
前回はたまたまうまく行った。
しかし、2人では前回の様な幸運は続かないだろう、
「でもさ、だったらもっと熟練した人達もいるんだろう?
そう言う人達が暇な時なら、代わってもらうって出来ないのかな?」
なにせ、神話災害は大規模だ。
何人もの、通常は100人1000人規模の、大きければそれこそ数万どころか1つの国家丸々を巻き込む代物だ。
それだけの一般人を巻き込む事件を
「そうなんだけどね、そこが『予言』と言う奴の厄介な所さ。
まず神々は『大盟約』僕達のこの世界に直接介入できない。
そう神々自身が設定することで、この世界と自身を成り立たせているからね。
で私達より実力が上の神子の場合、あまりに強くなると、人としての存在よりも神としての存在が強くなる。
いわゆる英雄になるんだけど、そうするとその親である神と同様の制約が付き始めるんだ。
だから英雄はどちらかと言うと私達神子のサポート役に回ることが多いんだ。
それに、この前みたいな私達2人だけっていうのはあんまり多くない。
大抵は3人から6人くらいの運命共同体が普通だね。
私だって普段はどーせつと一緒だしな。
なっ、どーせつ」
「わふん!(その通りだぜ!)」
そう言われても。
なぜならば。
「何だ、これ…」
“汝、大蛇の討伐者なり。
汝が全身全霊を傾け、『九頭竜』を倒すべし”
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