第3話 冥花の力
三人寄れば文殊の知恵、とも言うし、自分の見つけられなかったものでも冥花ならばあるいは、とも
生まれや境遇の影響か、
確かに周囲を警戒するのは今までの生で必要だったから身に付いた。
とは言え、正直に言えば直感的に何か重要そうなものを見つける、などは得意としていない。
その分、今ある情報から状況を推測するのは得手としているのだが。
と。
だすっ、だすっ、だすっ!
何かが飛び跳ねる様な音が聞こえてくる。
この世界にはあまりにも危険が多い。
「え? キ、キョンシー!?」
りーん、りーんと鈴の音が聞こえ、それに合わせて、十数人ほどの人影がこちらに近づいてくるのだ。
それらは腕を突きだし、膝を全く曲げる事無くジャンプする事で移動をしていた。
それはまるで
映画の中に出てきたキョンシーはほとんど中国版の吸血鬼と呼べるものだったが。
それはともかく、明らかに生きている人の肌の色ではない、血の気の感じられない灰色の肌、光彩が見当たらない白く濁った眼のキョンシーがだすっ、だすっと足首だけを使って飛び跳ねながら近づいてくるのは醜悪の一言に尽きた。
「うぇっ…」
胃から上がって来るものを何とか抑え、冥花を見ると。
「さて、
奴らが『不死』ならば、私の力が有効だ」
冥花はその目に闘志をみなぎらせ、手に持っていた奇妙な形の杖を、腰のあたりに構えた。
彼女は剣道か何かを嗜んでいるのだろうか、しかし。
「い、いや、危ないって犬山さん!
あれって化け物でしょ!?
犬山さんがどれだけ強いか知らないけど、人外には勝てないと思うんだけど…」
気弱な
「ふむ、これでも私は『
あの程度の輩なら問題はないな!
まあ見ていると良い!」
そう言ってキョンシーの群れに向かって走り寄って言った。
「あ!」
危ない! そう言おうとした時だ。
まるで滑る様に、上半身を揺らさずキョンシーに走り寄った冥花、彼女の手から光が放たれた。
彼女の持つ杖、それを「死護のウアス杖」と言う。
エジプトの神、冥府の神アヌビスの持つという杖で、元は蛇追いの杖であったともいうそれはその杖頭にアヌビスの父であり、主神ホルスと敵対するセト神の頭部がフィギュアヘッドとして付けられている。
彼女はその杖を掴み、刀身を引き抜いた。
冥花の持つ1メートルちょっとの長さを持つウアス杖は仕込み杖となっており、その中に居合い刀が隠れていたのだ。
剣筋が見えないほどにそれは速かったのだ。
冥花がキョンシー達の間を剣閃を纏って通り過ぎ、そして。
ざらっ…。
キョンシー達の胴が斜めにずれ、そしてその切り口からぼろぼろと砂の様に崩れていく。
「…犬山流居合、『信』・犬走り」
キョンシーの集団の間を一気に走りぬけ、怪異を全て切り捨てると刀を一閃、血振りを行いすっと鞘に納めた。
「今見たように、私達
私は
これが私の手にある限り、あのような『不死』の者達は私の敵ではないよ。
君にもあるんじゃないのか?」
そう冥花に言われた
「う、うん…まあ…」
しかし、いかにもギフトを使いこなしている冥花と違い、自分は黒い狐を使いこなしているとは到底思えない。
むしろ自分はあれの足手纏いにしか過ぎないのでは、と思ってしまう。
その自身の無さが、
「なんだい?
…どうも君は自信なさげだなあ。
まあ、君の話は神子の間でも聞いたことがなかったから、もしかしてこの
「う、うん、そう」
「やっぱりか。
私の時もそうだったんだ。
電車に乗っていたらいきなり引き込まれてな。
あの時は先輩諸氏がいなかったら本当に大変な目にあっていたぞ…」
だんだんと冥花の眉が寄って来るのを見て、
「ああっと…、で、でも何とかなったんだよね、凄いじゃない、犬山さん!」
不機嫌な相手がいると怖い。
それは避けたいという
「ん? そうか!
いや、あれから私も経験を積んだからなあ、
意外な事に冥花は話に乗った。
というよりも、
「まあ、それに、だ」
冥花がすっと表情を変えた。
まるで獲物を見つけた猟犬の様などこか獰猛な目つき。
「どうやら、当たりの様だ」
彼女の視線の先には、先ほど
今なら
道観から立ち上る邪悪な黒い瘴気。
あそこに居るのだ、
「さて、敵のアジトも分かったし…」
冥花が
「まず休憩を取ろう!」
「はい?」
「いやいや、休憩はちゃんととっておかないとな。
先輩にも言われた事だ」
意外なほど真面目な顔をして冥花は言った。
「いいかい?
私達はこの絶界に入ってから緊張しっぱなしだ。
これは心身ともに大きな負担を受けているんだよ。
そう言われて
すとん、と腰が落ちる。
「今までは緊張していたから気付かなかったんだろうけど、確実に疲労は私達の中に溜まっているんだ。
だからこそ、敵の首魁と戦う前には一度休息をとっておく必要があるんだよ」
その言葉に納得するとともに、犬山さんは言葉遣いが古めかしいなあ、などとピントの外れた感想を持つ
その
「ああ~っ! 今古臭い物言いだとか考えただろ!」
「いえ、そんなこと考えてません」
「嘘だあぁっ!?
…どうも私は親父殿の口調が移ってしまったらしくてなあ。
ちっとだけものの言い方が大仰なんだそうだ。
特に戦いの前や後だとそうなるらしい…、笑いたければ笑うがいいさ…」
ちょっと拗ねてきている冥花。
だからと言ってそこに弄りを入れられるほど
などと考えていると、冥花がにやりと笑った。
「冗談だ。
これでも私だって『ジョーク』の1つくらい言えるんだぞ」
どうやら冥花は
実際の所は冥花とて緊張している。
先の軽口は自分を鼓舞する意味合いもあったのだろう。
「時に、何か食べるものを持っていないだろうか?
今私の持っているのはこれくらいでね」
彼女の取り出したのはアルミ包装に包まれたブロックタイプの栄養調整食品だ。
さすがにこれ1つでは寂しい感じだ。
「ほおっ、凄いな君は。
これだけ準備して来ていたのか!」
もちろん違う。
そもそも
普段から飲み物代を使わない為に自宅で茶を煎じて水筒に詰め、家では出来るだけガスを使わないように部活動の際に晩御飯として弁当を作らせてもらっているだけの話。
教師側も
蓋を開けると主食はなく、おかずである卵焼き、茹でたブロッコリー、タコさんウィンナー、プチトマトとナポリタンスパゲティサラダ、
「貰っていいのか?」
冥花は意外なほどにかわいらしい弁当の中身にワクワクしながらそう言った。
「いいですよ、どうぞ」
やはり
「ふむ! やはり
私はどちらかと言うと料理は得意ではないのな、君がうらやましい」
正確に言うと、剣道三昧の生活を送っていた冥花は料理の基本こそ出来てはいるものの経験が乏しい。
その割に凝り性で、手間のかかる料理ばかり作りたがるのだ。
故に料理をすると時間が掛かり、それが嫌で料理をしない、という連鎖が続いているのである。
「あはは、まあ一応調理部だしね。
味付けの基本くらい押さえておくと、簡単な料理でも結構食べられるようになるよ」
冥花は
人見知りの激しい
(良いよなあ、こう言う風に僕も人と会話できるようになったらなあ…)
微笑んでいる冥花の周囲をふわりと心地よい風が吹き抜けていく。
余りにも絵になる冥花を見て、
「…、ん!?」
背後には漆黒の狐。
「おや、それが君の『ギフト』かい?」
冥花が
「あ、はい。
ええと確か『三狐神』って言う、らしいんですけど」
黒い狐は
「…なあ
そう言って冥花が持ち上げた物、それは。
「!」
冥花が摘み上げたそれを視線で追う狐。
右、左と冥花がそれ、お弁当の中に入っていたお揚げ、を動かすと、狐の鼻先がそれにつられて左右する。
「やっぱりだ。
なあ
冥花が狐の様子を見ながらうずうずしているのを見て、
冥花がほいっと狐の方にお揚げを投げると、
「!」
宙を飛んだお揚げを器用に口でキャッチして、はぐはぐと平らげる狐。
その様子を見てフルフルと震える冥花。
狐の様子が彼女の琴線に触れでもしたのだろうか。
とてもこの絶界の支配者である怪物のすぐ傍まで来ていることを感じさせない、和やかな空気であった。
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