第2話 親神、そして「物語」の相棒

「ウケ…ちゃん…?」

 みのるはあまりの事に付いていけず、呆然としていた。

“ そう、ウケちゃん。

 私はね、ごはんたべものと狐の神様なんだ。

 だから、君が連れているその『三狐の神みけつのかみ』も、君が私の眷属、つまりは『神子アマデウス』の証なんだよ”

 奇妙なほど、彼女が自分を、ウケモチ、つまりは日本神話に登場する保食神うけもちのかみだと言っているのをみのるはすんなりと受け入れていた。

 これが神の言葉なのであろうか。

 ウケモチはさらに言葉を続けた。

“君は、とっても残念な事に覚醒しちゃった。

 これから、君は『予言』に振り回されて生きなきゃいけないんだ…”

 彼女はとても悲しそうにそう言った。


「それはどういう事ですか?」

 みのるは恐る恐るウケモチに尋ねた。

 自分の人生について、否定的な事を言われたのだ、気にもなるだろう。

 みのるは気になっていた。

 思い出した母の言葉、「にえ」。

 そして今ウケモチの言った「予言」。

 これが自分にどう関わっているのか、そして自分がどうなるのか。

 正直にいえば、聞くのが怖い。

 しかし、聞いておかなければ破滅が確定する、そんな予感があった。

 それに答えるウケモチの声、それには、苦悩が滲んでいた。


“良いかな。

 君は私の眷属の中でも特に力の強い子なんだよ。

 だから本来は祝福されるべき存在なんだ。

 ウケちゃんはごはんの神、そして金運なんかの幸運を司る神でもあるんだ。

 なんだけどね…”

 彼女はそこで陰鬱な雰囲気を纏った。

“幸運と言うのはどこかで不幸を呼ぶ、そう言う事もあるんだよ。

 諺を知ってるかな?

 ほら、『禍福は糾える縄の如し』って”

 確か漢文の授業で習ったような気がする、みのるはそう思った。

 実際の所は漢書である「淮南子」の中、「塞翁が馬」のエピソードにちなんで教えられているのだが、残念な事にみのるはそこまで記憶力が良い訳でもないし、漢文に興味がある訳でもなかった。

“でね、ウケちゃん達神には『影霊エイリアス』っていうのがあるんだけど…”

 影霊。

 それは情報生命体である神の影。

 同じ神の情報を持ちながら、本体である神の違う側面を担うモノ。

 神話の中において同じ神の矛盾するエピソードがある場合、大概の場合影霊が関わっているのだ。

“で、その中には凶悪だったり、性悪だったりする影霊もあるんだよね”

 これは日本人の宗教観には分かりやすいとも言えるだろう。

 日本神道においては一柱の神に、神々の平和で優しい側面である「和魂にぎみたま」と自然の荒々しさ、祟りや暴力的な側面である「荒魂あらみたま」の両方が存在する、と言う事になっている。

 それを考えるならばウケモチにもまた「荒魂」としての側面があるのだろう。

“で、君が生まれた時なんだけど、ウケちゃんに君への予言が降りて来た”

 彼女は悲しそうな顔をした。

 ここからだ。

 みのるは腹を決め、続きを聞く事にした。

“良い? 心して聞いて?

 …『汝は世に仇なす大悪魔の依代となるであろう。

 その身に訪れる試練も幸運も、全てその瞬間の為と知れ』”

 …は。

 なんだそれは。

 みのるはどう反応すべきか、それを躊躇った。

 笑えば良いのか、怒れば良いのか。

 どうとも出来ず、みのるはポカンとした間の抜けた顔を晒していた。

“予言とは絶対のものなの。

 覆す事はまず不可能。

 もしそれが出来るとしたら”

 それは神話の域まで達したもの、神の領域であろう、そうウケモチは話を締めた。


“君は己を知り、敵を知り、そしてその全力を以って予言を打ち破らなければならないの。

 そうしなければ、多分君は最悪の災厄を解き放つ鍵になってしまうから”

 ウケモチは辛そうにそう言った。

“今回の事もそう。

 いい?

 君がいるのは『絶界アイランド』なんだよ”

 アイランド

“そうじゃなくて、『世界を絶つ』と書いて絶界。

 本来の世界から切り離されちゃった『魔界の卵』ってところかな?

 今、みのるちゃんがいる所は普段君が住んでる所と全然違うでしょ?

 それは絶界を支配している『怪物モンスター』の都合のいい世界なんだ”

 ウケモチは忌々しそうにそう言う。

“で、放っておくとそこは、そこに居た人達ごと世界から消えちゃう。

 そして『魔界』っていう1つの小世界になっちゃうんだ。

 そこを支配する怪物はその世界の神様になるんだね。

 自分を神様にするために、怪物はそうやって絶界を作り、世界を切り取って『魔界』の王様になろうとするんだ。

 そして多分だけど、その怪物っていうのは…”

「僕の予言に関わっている可能性がある、と言う事ですか…」

 疲れたようにみのるがそう言う。

 つまりはここで戦い、何とか怪物とやらをどうにかしないとみのるは怪物に喰われるか何かして、大悪魔が復活する、そう言う事なのか。

 不安を抱えるみのるにウケモチは、

“頑張ってね、ウケちゃんの子。

 君はきっと出来るよ、この幸運をもたらす神の子なんだから”

 そう努めて明るく言った。

 その言葉に心が軽くなるみのる

 これもウケモチがみのるの親神であるためなのだろうか。

 ウケモチは言葉を続けた。

みのるちゃん、生き延びてね。

 君には今まで辛い事がいっぱいあったよね。

 それはこれから幸せな事がいっぱいある、その前段階だったんだって思って。

 …ごめん、そろそろ怪物の影響力が強くなってきたみたい。

 話し続けるのが難しく…なってきた。

 じゃあ、何か…あったら呼び掛けて。

 繋がるので…あれ…ば…ウケちゃんは君の呼びかけに…答えるからね。

 君は私の…息子、愛する子…なんだ…からね。

 それを…忘れ…ないで…”

 そしてみのるは傍から何かが離れていったのを感じていた。

 どこか寂しさを感じる静寂。

 みのるはそれでも苦笑いと共に、そこから歩きだした。

 寂しさと、ほんの少しの喜びを糧に。




 みのるは絶界から出る為にあちこちを歩き回っていた。

 とは言え、みのるは人と話すのが苦手だ。

 勢い他人に聞くのではなく、自分の足で、と言う事になるのだが、だからと言ってみのるがそのような調査が得意かと言えばさにあらず。

 元々がインドア派の人間なのだ、そう見つかる訳もない。

 ふらふらとしていたみのるが今いるのは道観の中。

 動観とは中国発祥の宗教である道教、簡単にいえば仙人信仰の寺院の事である。 

 実際の所はそんな簡単なものではないのだが、みのるの認識としては「中華街にあるやたらと線香をたいているお寺」程度であった。

 何とも豪勢な衣服に身を包んだ神主さん、道士と言うのだがみのるにとってはそう言う認識だ、が粗末な服に身を包んだ農民達と思しき集団に「信ずる者は救われる、今こそ異民族に正当な支配者の鉄槌を!」と檄を飛ばしている。

 みのるは何か違うのではないかと首を傾げるが、何がどう違うのか、と言う所までは分かっていなかった。

 よく見れば、動観の奥に安置された大きな石、そこから。


 黒々とした危険な気配。


 それを感じ取ることが出来たかもしれない。

「障らぬ神に祟りなし、だよなあ…」

 などと言いながらその場を離れていったみのる

 しかし、

「おい、そこの男!」

 厄介事は寄って来るものだ。

「はい?」

 振り向いた実の目に、

「貴様、知っているな!」

 奇妙な杖、その切っ先が突きつけられていた。

 その切っ先は蛇の下の如く二股に分かれ、その2つにわかれた切っ先が実の目を狙っていた。

「な、ななな、なにをっ!?」

 動揺するしかない実。

 彼は元々会話を得意としておらず、また人に慣れてもいない。

 その彼がこの様に脅迫されている、と言うような状況で動転しない訳がなかった。

「とぼけるな!

 この絶界の主だ!

 貴様に気配を感じる、貴様、怪物と一緒に居ただろう!?」

 はい?

 みのるは今度こそ呆れた。

 そんなんいたなら僕は逃げる。

 1人じゃ絶対に勝てない自信があるから。

 そう考えていたみのる

 それが相手にはぼうっとしていたように見えたのかもしれない。

「…大丈夫か、貴様?

 熱でもあるのか?

 なんなら飴でも食べるか?

 思考が鈍っている時は糖分が必要だぞ?」

 見当違いの事を相手は言い始めていた。

「ああ、いや、そうじゃなくて…」

 そう言い返そうとしたみのるの口が凍りついたように止まった。

「…? なんだ? 妙な奴だな」

 そう呟いた唇はバラ色で。

 少し顰められた目は若干つり眼気味だが大きくきらめいて、眉も美しい曲線を描いていた。

 ツンとした鼻は優美な曲線を描いており。

 曇り空の下でも艶やかな髪は天使の輪の如く煌めいており、後ろ髪を纏めた、いわゆるポニーテールがたなびいていた。

 確か有名な女子高の制服だと思われる衣装は健康的に引き締まり、出る所は出ている彼女の体形に非常に似合っていた。

 そう、彼女。

 みのるに奇怪な形状の杖を突きつけたのは、彼が初めて見る極上の美少女だったのである。


「すまん!

 君から『怪物』のものらしい気配を感じたものだから、てっきりヤツの眷属か何かだと勘違いしてしまった!

 君が『親父殿』が言っていた相方だったのだな。

 私は神子の覚醒をしたのが遅くてな、どうもまだ馴染めんのだ」

 見事に体を90度に曲げて謝罪した彼女、名を犬山いぬやま冥花めいかと言った。

 彼女の言葉に、

「いや、僕もそうだから。

 って言うか、僕はついさっきだからさ。

 犬山さんは先輩みたいなものじゃないか。

 だからそんなに畏まらなくても」

「いや、そうはいかん!

 君に濡れ衣を着せてしまう所だったんだ、本当に申し訳ない!!」

 堅苦しい。

 そして声が大きい。

 みのるは冥花に終始圧倒されていた。

 コミュニケーション能力に難のあるみのるにとって冥花の様にはっきりとものを言う相手、声が大きい相手は特に苦手とする部類であり、出来れば関わり合いになりたくないのである。

 例えそれがすこぶるつきの美少女だったとしても。

 いや、だからこそ、か。

 彼にとって「目立つ相手」とは、危険な相手と同義であった。

 目立つ相手の近くに居る為に嫉妬を買い、その結果として陰湿ないじめを受けたことが今までに何度もあった。

 みのるの場合、見る人によっては「怪談に出てくる幽霊の様な」髪型と、陰鬱な雰囲気が忌避感を持つかもしれない。

 だが、この髪を切るとみのるは人と会話が出来ない。

 髪を切ると会話が出来ず、かと言ってその髪型によって人から忌避される。

 負のスパイラルだ。

“僕はやっぱり駄目なのかなあ…”

 みのるが表情に感情を見せないよう落ち込んでいると、やっと冥花が落ち着いたようだ。

「すまない、私はどうも興奮すると周囲が見えなくなるらしいのだ。

 親父殿からも注意するよう言われているんだがな、なかなか直らない」

 冥花は苦笑いをしながらそう言った。

 みのるはそれにどう返そうかと考え、結局のところ一番無難に愛想笑いをしながら、

「いや、良いんですよ、分かってもらえれば。

 そう言えば自己紹介がまだでしたね。

 僕は田中みのると言います」

 そう冥花に言った。

「うむ、じゃあ私も改めて。

 聖百合乃丘学園高等部2年の犬山冥花だ。

 神子アマデウスとしてならば我が親父殿は冥界の神『アヌビス』だ。

 よろしく頼む」

 アヌビスと言う神の名ならばみのるは知っていた。

 確か北アフリカの、と言うか古代エジプトのジャッカルの神様だった筈。

 そう言う名乗りが妥当ならば、自分も告げるべきだろう、そうみのるは考えた。

「よ、よろしく。

 僕はウケちゃ…ウケモチ様の神子です」

 どうしてもおどおどと不安げなみのるに対し、自信に満ちた表情の冥花はにこり、と言うよりはにっと笑って、

「そうか、ではよろしく頼む!」

 そう言って右手を突きだした。

 そういった動きに慣れていないみのる

 それでも躊躇いながらも右手を出し。

 しっかりと握手をした。

 彼女の手は少々ごつごつしていたが、暖かく、そして柔らかかった。


 これより物語は始まる。

 強大なる「予言」と戦う神子アマデウス達の物語が。

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