第26話 青い瞳の少女

 金属感漂うリフォーレストの街に吹く風は、以前よりとても冷たく感じられた。

 薄暗いダンジョン内で突如倒れたスズカは、今、この街にあるギルド『聖赤騎士軍』の本部上層部の一室で寝込んでいる。

 そして、その一室には現在、俺とシルバだけがいる。

 スズカが倒れた理由としては、先の戦闘での疲労が挙げられるだろう。実際、ダンジョン内の安全エリアですぐに寝たしな。

 だが、先の戦闘における疲労だけならばシルバも同等であり、それだけが原因だと断言することが果たしてできるのだろうか。

 俺は常時の憎たらしいまでの笑みをさっぱり悲痛な表情で覆い隠してしまったシルバに顔を向ける。

 すると、シルバは俺の視線に気づいたのか、少しばかり表情を緩めてこちらに向き、


「スズカ閣下がこうなってしまったのは、僕の責任です。僕の、力不足ですよ」


 シルバは自嘲気味に力なく笑った。

 力不足? なぜお前の力不足でスズカが倒れることになるのか。さっぱり解らないね。


「いえ、明らかなる僕の力量不足です。いつか、こうなることは解っていたんです。しかし、どうしようもできませんでした。僕がしっかりとお支えしなければならないというのに……」


 そういって、シルバは再びベッドに横たわるスズカの方を見やる。

 そして、ゆっくりと話を続けた。


「このお方、スズカ閣下は、非常に責任感が強く、正義感のある素晴らしいお方です。そのことは、あなたも見ていてお解りになったかと思います」


 ああ、まあ確かに正義感は強いね。落し物をわざわざ届けるとかね。俺なんか、面倒くさすぎて無視しちゃうわ。あと、正義感も強いね。なんというか、バカ正直なくらいに。

 つまり、ほぼ同意する。

 だが、俺に対する接し方には問題あり! あれは、人を見下すような悪い態度だと思います! 以後、気をつけるように。


「で、同意はするが、それだけでなぜお前のせいになるかまでは理解しかねる。というか、説明になってないだろ」


「いえ、責任の一端を担っていることに間違いはありません。だって、僕は彼女を救うことができなかった。いえ、そのことを他人が解決してくれる、なんてことを考えてしまっていたんですから……」


 そう呟いて、シルバは再びベッドに横たわるスズカへと顔を向けた。

 ベッドに眠るスズカは、未だ重い瞼を開く気配はなく、ただただ静かに眠るのみだった。


 直後、背後の扉からノック音がしたので、はいと短く答える。

 すると、恐る恐る入室するかのようにゆっくりと鉄製の扉が開かれた。


「……失礼します」


「あ、はい」


 失礼しますとか言われて入室されたため、どういえばいいのか解らず、ちょっとキョドってしまったもののどうにか体制を整えつつ、入室者の顔を確認する。

 すると、そこには青い瞳をしたなんだか見覚えのある同年代と思しき少女が少し俯き気味にその場に立っていた。


「あの時の……?」


 俺は少女を見て、ふと思い出す。そう、あの時の少女だ。

 それに気が付いたのは俺だけではなかったようで、シルバも少女を見るなりはっとしたような表情になる。

 そして、平常スマイルに移り変わった。なんだこいつは。


「あなたは、先の戦闘の時の……方ですよね」


 あえて奴隷などという言葉を慎んだのは、シルバなりの配慮であろう。勿論、俺も配慮してあの時の、しか言わなかったんだよ。シルバに遮られなかったら口走っていたなんてことは断じてないんだからな!


「はい、申し遅れました。私の名前は、ミカです。あの時は助けていただき、本当にありがとうございました。なんとお礼を申し上げていいのか……。感謝をしてもしきれません。本当に、ありがとうございました」


 そういうと、少女もといミカは深々と頭を下げた。


「お礼なんてとんでもない。ギルドとして当然のことをしたまでです。さあ、頭をお上げください」


 シルバはミカに笑顔でそう語った。はい、営業スマイルね。

 しかし、ミカはシルバお得意の営業スマイルを気にする様子もなく、頭を下げ続けた。

 そして、頭を下げたままベッドで眠るスズカへと目線を向け、震えた声で言葉を発する。


「私のせいで……」


「いえ、あなたのせいでは決してありませんよ」


 すぐさまシルバが優しい声音で諭す。


「いえ、私のせいです。私のせいで、私のせいで……」


 ミカはそう続けると、ぽつぽつと床にいくつもの涙を落とした。

 ああ、そうだ。この少女は、責任に押しつぶされそうになっているんだ。

 自分を助けたために、スズカが倒れてしまった。そう考えて。

 だが、俺にはどうすることもできない。

 例え、俺やシルバが再度ミカを諭したとしても聞き入れてもらえないだろう。

 俺も、シルバもミカの言葉に何も言えず、ただ立ち尽くしていた。


 その時だった。スズカの眠る居所から微かに声が聞こえた。


「……せいじゃないわ」


 はっとして、その方向に視線をやると、スズカの口元がわずかに動き、直後ゆっくりと瞼が開いた。

 そして、先程の言葉を再び、今度ははっきりと口にした。


「あなたが謝ることじゃないわ」


「えっ……?」


 突然のスズカの言葉に、俯いたままのミカが驚いたように固まった。


「でも……私を助けたために、倒れてしまったんじゃないんですか」


 ミカは顔を上げ、スズカを見つめる。

 スズカは深刻気なミカの表情を一瞥すると、ゆっくりとその体を起こし、優しい表情でミカに顔を向ける。


「アタシが倒れたのは、ただ単に体調管理を怠っていただけのこと。つまり、自業自得なのよ。だから、決してあなたのせいではないわ」


「でも……」


 納得しそうにないミカを暫し見つめた後、スズカはすぅっと息をゆっくり吸う。


「はい、この話はおしまい! アタシがいいって言ってんだから何の問題もないじゃない。こう見えても、アタシは結構忙しいからもういいかしら?」


 そういうと、スズカはふらつきながらもゆっくりと立ち上がった。


「じゃあ、アタシは仕事に戻るわ」


「いえ、閣下。まだご体調が……」


 シルバの静止に無言のままその場を立ち去ろうとする。その時、微動だにしなかったミカがふと立ち上がり、


「待ってください!」


 スズカを引き留めた。


「あの、……せめてお礼だけでも。本当に、ありがとうございました!」


 深く頭を下げるミカを一瞥すると、スズカは無言のままゆっくりと部屋から立ち去った。

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