第2章 彼ら彼女らの戦いが始まる
第25話 過去の記憶
俺は常々、正義は決して勝つものでもないし自己満足である、と考えている。
これは、俺が正義に敵対する凄い悪者であり、世界征服を企んだり、人を陥れようなどと企んでいるがためにそう考えているわけではない。
そう、根拠があるのだ。
あれは、そう、俺が小学校低学年の頃に遡る――
その頃の俺は、善良な無垢なる少年であった。いや、今もそうだけど。
特に、今とは決定的に違った面があった。
それは、正義こそこの世において決して侵されることのない不可侵たる絶対的存在であると確信していたことである。
きっと、誰にでもあるだろう。正義のヒーローに憧れていた幼少期が。
世界を脅かす怪獣から世界を守る正義のヒーロー、悪の組織の陰謀から人々を守る正義のヒロイン。俺も、そういう類のものを信仰する一人だったのだ。
だから、困っている人がいたらすぐに助けたし、電車の席でも何の思惑もなく席を譲った。
常に、正しいことが正義であり、そんな正義を遂行することこそが正しい、そう信じていたのだ。
だが、それはある出来事を期に変わった。
ある日、俺は小学校の教室で一人の少女が複数人に取り囲まれているのを目撃した。
遠くからじっと様子を伺うと、座り込んでいたその少女の目の前には、無残にもビリビリに破られた教科書が落ちていた。
「……な、なんてことを」
泣きそうになりながら言葉を発する少女に、取り囲んだ複数人の同級生たちは、嘲笑うかの如く言葉を告げた。
「はっ、きったねえ教科書。こんなもん捨てちまえよ」「そうよ、汚らわしい」
そう、これはまごうことなく、いじめであった。
少女の目前にある教科書をこのようにしたのが、今、少女を取り囲んでいる奴らであることは明白である。
――なんて、なんて酷いことをする奴らなんだ。
普通に考えても許されざることであるが、正義は絶対であるという思いが強かった当時の俺にとってはさらに由々しき事態であり、対処しなければならないものだった。
正義は勝つ。少女を助けなければ。
俺の脳裏にはその時、それしか考えられなかった。
だから、教師を呼ぶとかそういった一般論は考えられず、後先も考えずに俺は少女を助けようといじめっ子グループの前に飛び出した。
「おい、やめろ! その子が嫌がってるだろうが!」
相手は4、5人。
大して力がない俺が力で勝てるはずもない。
口から出たその叫びは少々震えていた。
だが、これでいいのだ。こうすることで、少女は救われ、皆が幸せになる。
そう考えての行動だった。
「ああ? なんだよお前。ヒーローぶってチョーシ乗ってんじゃねぇーよ。そこどけよ」
割って入った俺に相手は当然ご立腹である。
目を吊り上げて、俺の肩をドンと力強く押した。
「どくのはお前たちだ。こんな酷いことして、いいと思ってんのかよ」
「酷い? 何が酷いんだ? 俺たちはただ、この子と話してただけなんだよ。話しちゃダメなのかよ」
「嘘をつくな!」
言い争いが続いたところ、ここで相手がニヤリと鋭い目つきで少女に向かって、
「なあ、俺たち友達だよな? 友達だから話してただけなんだよ」
友達? これは、誰が見ても明らかなる虚言だった。
無論、俺だってこれっぽっちも信じてなんかいなかったさ。
だが、恐怖に怯えていた少女には効果は絶大だった。
「なあ、俺たち、友達だよな?」
相手はさらに顔を近づけて少女に迫る。
「やめろ、その子がかわいそうだろ! だから――」
俺がそこまで言ったところで、少女がか細い声を上げた。
「や、やめて……もう、いいの」
え?
俺は思わず短く声を上げた。
「そう、私はこの人たちと話をしていただけ……だから、もうやめて」
そういうと、少女は走り出していってしまった。
走り去る少女の表情はよく見えなかった。
だが、少女の青い瞳から涙がこぼれているのを、俺は知っている。
正義で全てが救われるんじゃなかったのか?
俺の頭はぐるぐると様々な思考が渦巻いていた。
俺は少女を助けに入った。これで、いじめっ子をやっつけて、少女を笑顔にできるはずじゃなかったのか。
なぜ、少女は泣いて走り去ってしまったのか。
訳が解らない。一体、どうなっているんだ。
呆然とその場に立ち尽くす俺に、嘲笑うかのようにいじめっ子が声をかけた。
「お前が間違っていたじゃねえかよ。おまけに、あの子を泣かしちゃって」
違う。そんなはずは。
「正義のヒーローなんて気取っちゃってバッカみたい」
正義って、一体……?
結局、その少女は次の日から学校に来なくなってしまった。
まさか、俺のせいで?
俺は、少女に会うべく、担任から少女の自宅を聞き出そうとした。
しかし、出来なかった。
なぜなら、事件のあったその後の下校中、その少女は交通事故に遭い、亡くなったという。
正義ってなんなんだろうか。これまで信じていたものって。
その時、俺の心の中で何か大きなものが崩れ落ちたように感じた。
………
……
…
倒れたスズカが運ばれている最中、俺の脳裏には遠い過去の記憶が蘇っていた。
そうだ。その時だ。俺が正義とか、友達とかそういった類のものを信じられなくなったのは。
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