第19話 怒号の目覚まし

 薄暗い洞窟内に朝日が差込み、俺のささやかなる極楽睡眠タイムを阻害する。


「もう、朝か……」


 そんな言葉が口から漏れる。

 果たして昨夜はどのくらいの睡眠をとることができたのであろうか。

 どうやらシルバとの会話後、すぐに寝てしまったようだ。5時間くらいかな?

 まだ眠い。人間っていうものは7時間睡眠がベストらしい。それ以上でもそれ以下でも健康に悪い。

 ならば、あと2時間は寝ても問題はないということだな。よし、そうとなれば二度寝だ!

 そう脳内で決定づけ、再度夢の世界へと潜り込もうとした最中、鼓膜に怒号が飛び込む。


「アンタ、いつまで寝てんのよ! 早く起きなさい。3秒以内っ!」


 嫌々重たい瞼をこじ開けると、そこにはスズカの怒顔があった。


「な、なんだよ。もうちょっと寝てもいいだろう?」


「何言ってんのよ! アンタ以外、もう朝食も済まして出発するところなのよ! ふーん。それとも、置いていってもいいってわけ? アンタのレベルでなんとかなるって言うなら別に構わないけれど?」


 そう言って、ニヤリと悪魔のように微笑むスズカ。恐ろしい。

 俺は、すぐさま飲み込むようにして朝食の固いパンを食し、支度を整えることとなった。



 ◆◇◆



 相変わらずのことだが、ダンジョン内は薄暗い。

 確かに、夜中と比較すればその明るさは歴然としているにせよ、依然長居したい場所ではあるまい。

 しかし、夜中には解らなかったことが把握できた。

 昨夜のシルバ・スズカギルド幹部両氏の活躍により、第2フロアの攻略は間近であり、ダンジョンボス部屋へ今日中にもたどり着けそうだということだ。

 一方、依然出現モンスター数は第1フロアとは比較できないほどに多い。

 昨夜からのことで解ってはいても、流石難易度の高いダンジョンだと言わざるを得ない。

 それは、ギルド幹部両氏も承知のようで、迫り来る敵を捌きながらも愚痴をこぼす。


「それにしても、敵の数が半端じゃないわね。アンタも少しは戦いなさい」


「無理だ。即刻、この場からさようならだ」


「くっ。確かに……」


 嫌味を言うスズカに、俺も口答えで対抗する。

 なんだか少し、嫌味に耐性がついてきたのかもしれない。余り褒められたことではないな。

 だが、耐性がつくのはいいことである。例えば、陰口に対する耐性とか……。――これは、あんまりついてないわ。

 思考のせいで少々気分を害していると、さらに追い討ちをかけるように気分を害すようなニヤケづらを携えたシルバが声をかけてくる。


「スズカ閣下の言うことも一理ありますね」


「俺に死の宣告か?」


「いいえ、ただ単に何もしないで口答えばかりされるのに少々腹が立ってしまっただけですよ」


 さらりとニヤケづらのままのシルバ。なんか恐い。

 人って、怒り顔で怒られるよりも、笑顔で怒られる方が数倍怖いよね……。


「そ、そう――か……ハハハ」


 恐怖の余り、乾いた笑いしか出ない。

 しかし、シルバの笑顔はそこまでだった。

 再び、ハッとしたように思案顔になる。

 なんだか、こいつは腹黒そうで怖いな。お近づきになりたくない奴ナンバー2だな。


「どうした、また考え事か?」


「え、ええ、まあ……一応、引っかかることがあるにはあるんですが、ね」


 そう言って、シルバは言葉を濁してしまう。そして、再び微笑顔になると口を開き、確信が持てたらお話しましょうとだけ答えたのだった。

 しかし、その『確信が持てたら』という事態は早々に起こる。

 それは、それから3時間ほど経過し、やっとのことでボス部屋近辺にたどり着いたときのことであった。



 傾斜のあったお天道様は既に真上に位置していた。

 俺たち一行は、この森を抜ければボス部屋だというところまでたどり着いていた。


「さあ、もう少しよっ! 張り切っていきましょう!」


 スズカの元気な掛け声に男組二名はおうと短く返事をする。

 午前中ぶっ続けで戦闘を繰り広げてきたはずであるのに、一体その元気はどこから湧いてくるのか大変疑問である。

 俺なんか、一桁のおこぼれモンスターを倒しただけで悪戦苦闘したんだからな。

 もう、疲労困憊だぜ。まあ、おかげでレベルは結構上がったけどな。

 さっと視線を視界上のステータスに向ける。



 ネーム:渡月向日

 レベル:10

 HP:400

 スキル:剣術スキル40

     隠蔽スキル810

     探索スキル510



 やっとのことで、ふた桁突入である。

 ここらのモンスターレベルは10前半付近が多い。そんな奴らを相手に俺が戦うのは苦戦して当然であり、そんなレベルの奴らをバッサバッサと薙ぎ倒してしまう両氏のレベルは如何程なのかと疑問に思ってしまう。

 さて、どのくらいなのであろうか? 今度こっそりとシルバあたりに聞いておくか。スズカに聞くのは面倒だしな。



 しばらくの後、森の開けた地点が視界に入るほどとなった。

 それを感知し、スズカは叫ぶ。


「さあ、もうすぐよ! 早く早くっ!」


 なんだかまるではしゃいでいる子供のようだ。

 まあ、罵倒されるよりは全くもってマシであるからにそんなことは口に出さない。

 俺もそれに続いて歩を進めようとした時、傍らで黙っていたシルバが、静かに! と俺たちの歩みを手で制した。

 一体何事かという視線をスズカと俺は沈黙で問いかける。


「誰かいるようです。それも複数人です」


 少々小声で囁くようにして告げる。

 途端、後方からガチャりという大きな金属音が聞こえたのを境に、俺たちはすぐさま近辺の林に身を潜めたのだった。

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