第18話 人は常にひとり、苦悩する

 安全エリアはダンジョン内において、唯一敵の襲来から逃れることのできる場であり、心を落ち着かせることのできる場だ。

 しかし、いかにモンスターが侵入できないエリアであるとはいえ、そのエリアと外部との境界線としてなにかあるわけでもないのであるからに、容易に気を落ち着かせることができるはずがない。

 現に仮眠をとろうと、横になったとしても暗闇に包まれた外部からモンスターであろう遠吠えが鼓膜を揺るがせる。


「全く寝れねえ……。岩とかあってゴツゴツしてんだけど。マイ枕ないと寝れねえタイプなんだけど……!」


 ダンジョン内で文句を言うなとかいうけど、俺にも言い分はある。

 なにせ、この安全エリアは洞窟内だ。

 地面には大小様々な岩が転がっており、横になるとそれが体に直に刺さって痛い。なにこれ、全身つぼマッサージ機だろ。それで、全身痛いってことは俺はとても不健康ってこと?

 まあ、なんにせよ睡眠をとる環境としては全くもって適していないのである。


 俺がこの不快極まりない現状にぶつくさと文句めいた独り言を発していると、傍らで同じくして横になっていたシルバが微笑を携えながら視線を向けてくる。

 美少女に見つめられるなら気分いいが、男に見つめられるとか超気持ち悪いし不快だわ。

 しかし、一向に視線を外す気配がない。


「……っ」


 もう、ホントやめて。

 その状況にとうとう耐え切れなくなったのでこちらから話しかけることにした。

 べ、別にアンタに話しかけたくて話しかけたんじゃないんだからねッ! いや、マジで。


「な、なんか用か? 気持ち悪いからやめてくれ」


「これは申し訳ありません。特に悪気はなかったのですけどね。不快感を与えてしまったのならば、今後気をつけることにしますよ」


 最大限不快感漂う顔で言葉を発すると、シルバは別段悪びれた様子もない謝罪を口にした。

 であるからに、俺も簡単に返す。


「そうかい。是非ともそうしてくれ」


 相手が話さないならば、俺も特に話す義理はない。それが俺のポリシーだ。

 寧ろ、相手が話さないのに無理に聞けば、返って気持ち悪がられてしまう。

 だから、深入りしない。俺は、クールキャラだかんな!

 後、無口キャラでもある。後、インテリキャラとかな。そこ、インキャとか言うなよ。

 インテリキャラをインキャと略した瞬間、悪口に聞こえるからな。

 ……なんなの、ホントに。「うわー、休み時間なのにアイツ勉強ばっかしてインキャだわー。キモ」とか言わないでくれる?

 俺だって、好きで勉強してんじゃないぞ。話し相手がいなかったんだ。

 俺をインキャ呼ばわりして気持ち悪がるとかサイテーだな。

 悪く思うんだったら、友達紹介してくれ。そしたら許す。


 また話題が逸れてしまった。で、何してたっけ?

 ここはどこ? 私は誰? 状態だわ。

 親切心から見逃してやったというのに、シルバはなおも視線を外さない。

 だーかーらー、それ、キモいから。そういう趣味ないから。


「……だから、ホントなんか用か? 用があんなら口で言えよ!」


 ちょいとイラついてしまったためか、語尾が荒くなってしまった。

 これは、もしや嫌われちまうパターンか? 「うわー、何あいつキレ症だわ。キモ」とか言われちゃうパターンか。

 しかし、当のシルバは常時の微笑を浮かべたまま、静かに人差し指を口元に寄せる仕草をしただけだった。

 あー、静かにしろってことね。もしや、黙れこの下衆が、ってことかな。


「……すまなかった」


 少しへこんでしまったので、小さな声で呟く。

 すると、シルバも顔を近づけながら、小声で話し始める。


「いえ、話すのは構わないのですが、……できれば小声でお願いします」


 そういうと、シルバは首をひねり、顔を明後日の方向へ動かす。

 流れで俺も、そちらへと目線を向ける。

 すると、そこにはスヤスヤと小さく可愛らしい寝息を立てて睡眠をとっているスズカの姿があった。

 その姿は平時の責任感にあふれ、指示を出しまくるリーダー然とした雰囲気はなく、ただ疲れた羽を休めている渡り鳥のような、そんな可愛らしくかつ無防備なものだった。

 寝てるだけなら顔はいいのにな、とうかつにもそう考えてしまった俺を誰が責められよう。


「……よくこんなところで熟睡できたもんだな」


 俺は見たままの感想を漏らした。

 実際に俺の率直な感想は間違ってはいないだろう。

 だから、シルバもその点を否定するつもりはないようだ。


「ええ、僕なんかさっきから全く寝付けていませんよ。一応、体は疲労困憊状態なんですけどね」


「ああ、俺も全然寝れねえわ。なにしろ、地形が悪い」


「僕も彼女も疲労困憊なんですよ。いくらレベルが高くてもあの量をたった二人でさばくのは正直きついのです」


 ええと。この言葉、もしや俺が使えねえということを遠まわしに揶揄してませんか。しかも、なんか「たった二人で」の部分を強調してたし。

 ええ、すみませんね。役たたずで。

 シルバは俺の疑念をスルーしてなおも続ける。


「彼女は疲れているんですよ。本当に」


「それなら、さっき聞いた。もしや、俺の役たたずさをまだ揶揄すんの? 相当性格悪いな」


 俺の語尾に嫌味たっぷりの一言にシルバは不快感を示すかと思えば、何故か驚きの体を浮かべる。


「貴方が役立たず……? いえ、僕はその点はなんとも思っていませんよ。許容しています」


 許容ってことは、思ってはいたんだよな。そんなさらりと言わないで。悲しくなってきた。


「ですが、実に貴方は興味深い。そう思います」


「だから、そういう趣味はねえって言ってんだろ」


「人間的に、ですよ。実に興味深く、面白い。貴方は普通の人間とは少し違っている。ならば――」


 そこまで言って、シルバは一旦話を区切る。

 その表情は、俺がこれまでに幾度となく見てきた憎ったらしい微笑だ。

 しかし、その微笑はどこかこれまでとは違っているように感じられた。

 何かを案じているような、そんな表情。

 だが、どんなことをこいつが考えていようが俺には関係ない。

 なぜなら、俺と彼には一体何の関係があるのであろうか。

 家族? 友達? 結論はどちらも否だ。

 俺は死んでこの世界にやってきた。

 家族はこの世界にはいない。友達は元の世界にもいなかったからどうでもいい。

 だが、家族――俺にとって唯一とも言うべき関係性のある人間はもういない。


 そう考えると、なぜだろう――少し寂しさを感じてしまった。

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