第20話 社会の摂理は無情である

 俺たちが木影に身を潜めた直後、先程の金属音の根源であろう一団が現れた。

 身をちぢ屈めながら木々の隙間から顔を覗かせ、外の様子を垣間見る。

 先程の金属音が距離が近づくごとにリズムよく一定のテンポで放たれていることが把握でき、またその正体は金属重装備から発せられていることが解った。

 それにしてもえらく重装備だな、あれ全部で一体いくらぐらいになるのだろうかと脳内計算機で簡単に見積もっていると、同じ感想を抱いたのかシルバも一団を注視している。


「……金持ち狩り集団の御一行様か?」


「確かに、財力はあるんでしょうね」


 シルバは含みありげに短く答えると、再び目線を一団に戻す。

 そこで、何事かと再度一団に目を向けると、そこには衝撃の光景が広がっていた。

 ボロボロの装備で疲れ果てた人々がぞろぞろとまるで働き蟻のように行進しているのだ。


 いや、もはや行進とはいえまい。働き蟻という表現も似つかわしくないかもしれない。

 ぞろぞろと先を進む一行の顔に生気は覗えず、疲れきって中には倒れ込んでしまう者もいた。

 しかし、そこに先の重装備を携えたガタイのいい男が現れ、怒号を浴びせて無理矢理に倒れ込んだものを叩き起こし前進させるのだ。

 そう、まるでその光景は――


「――まるで、奴隷じゃない……」


 傍らで様子を見ていたスズカが苦しそうな表情で呟いた。

 まさにその通りである。

 さらに観察を続けて解ったのは、その事態の深刻さであった。

 奴隷ともいうべき残酷な状況下にある人々は数十いた。

 皆一様に疲れ果てており、虚ろな目で這うようにして進む者もいた。

 なんという酷い状況であろう。

 重装備の男たちに奴隷同様に扱われ、苦しんでいる人々。

 さらに、その一団のうちの一人の人物に俺の目は吸い寄せられる。


「……あ、あれは――」


 第1フロアのボス部屋でたまたま見つけた落し物のブローチ。そこにあった家族の幸せそうな笑顔。中でも満面の笑みで一際俺の脳裏に焼きついている少女。

 栗色の髪に美しいサファイアを思わせる透き通った青い瞳。

 ブローチの写真にあった少女をそのまま大きくしたような人物がそこにいた。

 見た目は、俺たちと変わらない歳に見えるが、その顔には他の人物同様に苦しさが現れていた。

 突如、おぼつかない足取りだった少女が何かにつまづいたのか倒れる。


「ごら、お前、早く起き上がれ!」


 すぐに男の怒号が響く。

 しかし、少女はまだ立ち上がれない。

 終いに怒り狂った男は、少女に手をあげようと拳を頭の高さまで上げる。

 なんということだ。このまま見過ごしてしまっていいのだろうか。目の前で酷いことが起きているというのに。

 しかし、今俺が止めに入ったところで一体何ができる? 俺がひょっこり出て行ったところで同じくやられてしまうのは目に見えている。


 人間一人の能力には限界がある。もし俺に権力だの財力だの筋力だのという力があればどうにかできるやもしれない。

 だが、あいにくそんなものは持ち合わせていないのだ。

 結局人間というものは権力にはあらがれないし、屈するだけである。

 これが社会の摂理であり、俺はそのようなことをこれまでの人生で幾度となく経験してきた。

 その度に、どうしようもなく、戦ってはただ屈し、終いには背くことさえもやめてしまい、ただただ諦めることにしたのだ。

 そう、これはどうしようもないのだ。

 そう、――どうしようも。



 俺は思考を止め、目の前の光景から目を背けた。

 その時、突然ガサリという立ち上がる音とともに少女の荒々しい叫びがこだました。


「アンタたち、止めなさい!」


「ああ?」とキレながら少女の声の方向に顔を向ける男。

 一体誰だよ、こんな恐ろしい野郎に正義のヒーローみたいに立ち向かっているのは?

 まさかと思い立って、視線を声のした方角へ向けると、俺の予想通りスズカがそこに仁王立ちしていた。

 そういや居たな。正義感が第一信条のような女が。

 借金取りたてに来たヤクザのような男に人差し指を差し出し仁王立ちしている姿は、実に学校で校則違反をしている生徒を取り締まる凄腕風紀委員長のようにみえた。腕章はめて校内巡回するのかよ。

 まあ、見えたのは一瞬だ。第一、あの野郎どもは学校のチンピラなんて比じゃなさそうだ。


 冗談はさておき、まず考えねばならないのはこの状況である。実に俺にとって危機的状況といっていい。

 眉間に深いシワを寄せ、目を鋭く尖らせて迫力満点、ナンバにいそうな強面男を前に、こちらも目つきで負けないといわんばかりに鋭く目を尖らせて睨みを利かせ仁王立ちしているスズカ。

 両者睨み合いの攻防が続く。眼力選手権かといわんばかりだ。

 実際に睨み合いがあったのはほんの数秒だったのだが、その時の俺には実に何十倍と長時間に感じられた。

 先に口火を切ったのは、如何にも短気そうな相手方だった。


「お前なんだ? 文句でもあるのかよ」


 男は実に不良にありふれた常套句を口にした。


「文句? そんなのありまくりよ。まあ、まずはその子を離してあげなさい」


 対するスズカも臆することなく、曰く文句を口にする。そしてさらに続ける。


「あと、ここにいる人々の開放も必須よ。だって、これじゃまるで奴隷みたいじゃない。奴隷は人権を無視した重大な規律違反よ!」


「ハッ。規律? 知ったこっちゃねえ。こっちはこいつらに狩りという働く場を提供してやっているんだ。それを指導して何が悪いんだ? こっちはこっちのギルドのやり方ってもんがあるんだよ。邪魔しないでもらえるか、副リーダーさんよぉ」


 言われて唇を噛むスズカに、男はニヤリとする。

 どうやらこの男は、スズカが『聖赤騎士軍』なるギルドのトップ2であることを認知しているらしい。一体何者なんだ、あの野郎は。

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