第16話 少女は正義を貫く

 そして、俺を言い負かしたことでご機嫌になったスズカが俺の手にあるものにようやく目が止まったらしく、指を指して少々首をかしげながら問う。


「ところで、アンタが持っているソレ、なんなの? 隠さずに教えなさい」


 どうせ俺ひとりで所持していても得は全くもってなさそうなので、素直にスズカの前にそのブローチを差し出す。


「ふぅん……。ブローチ、ねぇ……。それも、家族写真の入った」


「ああ、さっきちょいとそこらを見回した時に落ちてたのを見つけたもんで拝借したまでだ」


 すると、スズカは俺の顔を、みたび哀れなものを見るような白けた目で見つめる。


「……もしかして、この家族のストーカー? もしくは、犯罪者?」


「どっちも犯罪者じゃねえか。このマジイケメン勇者的存在である俺が、そんな姑息なヤツに見えるのかよ。目にゴミでも入っているんじゃないか」


「もちろん、見えるわよ。それと、一応言っておくけど、アンタは保護 動物モンスターである『キバシシ』を倒した立派な犯罪者よ」


 そういえば……そうなるのか。

 確かに、ザコシシ肉は美味でした。美味しくいただきました。



 俺が見事に言いくるめられ精神を病んだ後、スズカはそれをなんとも思わないかの如く、ニヤリと広角を上げながらなにやら悪巧みでも思いついた少年のような表情を浮かべる。


「まあ、いいわ。取り敢えず、これではっきりしたじゃない。さっきの推測が実証されたってわけよ。このブローチによって、ね!」


「言われてみれば、そういうことになるわな」


 本来、ボスが挑戦者との戦いのために鎮座するはずだったこの場に、何事もなくブローチが存在し得るはずがない。

 つまり、先を行く人間が落としていったものに違わないのだ。

 と、ここまで思考を巡らせるなかでなにやら俺の脳裏に再び先のブローチが浮かび上がる。

 なんともないはずのただの仲睦まじく笑顔で写真に写る家族。

 そこには、何の闇もない。ただ単に、幸せだけを表していた。

 たくさんの人がいて、それだからこそ、多種多様、十人十色な生活があるのは当然だ。


 よく、「みんな違ってみんないい」なんて言われる。

 確かに、そもそも皆が違う個性を持っていて別人格なのであるからに、当然の原理であり、そこに関しては何の対意もない。

 みんな違うのだから。

 しかし、俺の心にはあの写真が脳裏に浮かび上がって仕方がない。

 理由は解らない。

 もしかしたら、俺もああいった満面の笑みを浮かべた、まるで幸せな家族の教科書的存在の一部になりたかったのだろうか。

 嫉妬のあまり、その光景が脳裏から離れないのであろうか。

 解らない。

 ただ言えることは、あの光景が頭から離れない、いや、引っかかるという一言のみだった。



 ◆◇◆



 今回の大きな成果である俺のブローチ発見により、仮説に確証が持てた。

 確証が持てたからに、ボスがこの場に存在しないのは先を行く集団が倒してしまったが故であり、俺たちがこの先を進もうと試みても結局は先の集団が先手に存在しているためモンスターは狩りつくされており、無駄足になるということが解る。

 ならば、この先を進んでも俺たちには一切利はないのであり、無駄な労力を使うだけだ。第一、俺が面倒くさい。

 だから、この際は即時撤退が当然であろう。

 さっさと帰ろうぜ。帰って、ゴロゴロしたい……。

 いっそのこと、そのまま一生働かずに過ごしたい。


 ということで、超のつくほど空気の読める俺は当然流れに乗っ取って、撤退を提案することにした。

 ちょうど、匂いを嗅ぎつけてニヤケづらのシルバも寄ってきたしな。

 匂いを嗅ぎつけるって、アイツ犬かよ。ここほれワンワンで金品わんさか出てくんの?


「なあ、これで確証が持てたんなら、帰ろうぜ。どうせ、これ以上進んでも利はないだろ。むしろ、疲れるというデメリットしか存在しない」


「そうね……。これ以上進んでも確かにアタシたちにとって利はないわね」


 スズカが納得したように呟くと、シルバもそれに同意したように頷く。

 そうそう。早く帰ろうぜ。一刻も早く!

 だが、スズカは再びあのブローチへと目を向ける。

 そして、なにかの使命感に突き動かされるが如く続ける。


「でも――、このまま進むわ」


 えっ、なんで!? さっきまでめちゃくちゃ帰ろうぜ雰囲気だったじゃん。

 お前、真性のKYなの? クラスでひとりぼっちで浮いちゃうぐらいのKYさんなの?

 で、周りから陰で、「アイツちょーKYなんだけどー。マジウザイわー」とか言われちゃう中学時代の俺みたいなやつなの?

 んで、最後に俺悲しくて泣いちゃう。

 なにこの俺的王道青春ストーリー。目から汗が溢れてきたわ。ああ、暑い暑い。今日、猛暑日だわー。

 しかし、理由があるなら聞こうじゃないか。

 ホント、俺優しいわ。

 も、もちろん。き、聞くだけなんだからねっ!


「だって、このブローチがあるじゃない? 届けないと」


 と、届ける? 落し物を、でありましょうか?


「そんなもん、警察にやらせておけばいいんじゃね?」


「警察? なによそれ。知らないわね」


 しまったー。ここ、異世界だわ。警察ないわ。


「じゃあ、誰か落し物を預かってくれるとこないの?」


 ないですよね……どうせ。落し物センターとかあったらいいのに。


「あるわよ」


「えっ、あるの!?」


 驚きのあまり、声が裏返ってしまった。

 で、それどこ? できれば、徒歩3分圏内でよろしく頼む。


「ギルドよ。つまり、アタシたち! アタシたちギルドで、落し物業務も遂行しているわ」


 そう誇らしげに言うスズカに、俺は暫し固まる。

 ちょ、タンマ。まさか、この展開って。


「さあ、このブローチの持ち主に落し物を届けに行きましょう! こんな大切なものを落としたんだから、持ち主はさぞや悲しんでいることでしょうね。困っている人を助ける、それがアタシたちの仕事よ」


 堂々と言うスズカ。俺の顔を一瞥して、一瞬ニヤリとしたのは見間違いだろうか。

 これは正論すぎる。正しく正論だ。

 正論過ぎて再び目から汗が吹き出るレベル。

 こうして、俺たちパーティの目的は、クエスト攻略から落し物届けに豹変した。


 おい、シルバも何か言ってやれよ。後でもいいじゃん、とかさ。

 そう思い立って、シルバに目を向ける。無論、シルバの表情はいつもの微笑スマイルだった。

 ただ一つ、最後に小さなため息をついた点を除いて。

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