二章3話
「おい、様子はどうなっている?」
砦を様子を見つめる一人の兵にその兵隊の上司にあたるであろう男が話しかける。
「ハッ! 現状は特に変化は有りま……いや、今グライラットが砦に向かって前進を始めました! それに向かって砦から砲撃が開始されています」
「ふむ、殿の部隊の最後の砲撃だな……もうそろそろ殿も引いて来るだろう、我々は殿の部隊が引き上げてきたらこの場所を殿の部隊と交代して予定通り潜伏する。準備をしておけよ」
隊長はそう部下達にそう言うと自らも準備を始める。そうしている間にも、抜け穴からは殿の部隊がどんどんと引き上げてくる。その兵隊に声を掛ける。
「おい、退却の状態はどうだ?」
「ハッ! 順調に退却をしております。敵も我が軍の砲撃にうまく前進をできておりません。遅滞行動は上手くいっております。恐らく、また敵は一度退くことになるでしょう」
そう言っている傍から殿の部隊は抜け穴からどんどんと引き上げてくる。さっきまで聞こえていた砲撃音もだんだんと少なくなってきている。恐らく、グライラットもまた引いたのだろう。これが砦からの砲撃は最後になるだろう。またイーリスの物になるまでは、暫くグライラットに預ける形になる。一時的にとは言え、グライラットにイーリスを割譲した形になるが、後でそれ以上の領地をイーリスは手に入れる事になる。それも、そんなに遠い未来の事ではない。隊長はそう思いながらも、自らも用意の為にその場を離れる。そして、殿の部隊が全部引き上げたのを見届けると、殿の部隊の隊長に敬礼をし、以降の監視任務を引き継ぎ自らは部隊を率いてグライラットの後方遮断を行う為に暫くの潜伏期間に入る事になる。
「報告!」
リーゼロッテとザイーツの下に伝令が駆け寄る。
「報告せよ」
ザイーツがそう言うと伝令は直ぐに報告を始める。
「砦の前線部隊は当初の予定通り遅滞行動を取りながら砦からの退却を完了させました。今は監視任務と各地への潜伏を行っております」
「グライラットの状況は?」
「ハッ! 予定通り、我が軍の砦に入りました!」
「損害状況は」
「我が方は損害は軽微、グライラットにはおおよそ三千の損害を出していると思われます」
「わかった、ご苦労下がれ」
ザイーツの言葉に伝令の兵は急ぎ足で部屋を後にする。
「陛下、これから作戦の第二段階に入ります。恐らく、グライラットは準備が整い次第、侵攻してくるでしょう、それを待って迎撃を行います」
「解りました。しかし、グライラットは本当に進行してくるでしょうか?」
リーゼロッテのその言葉にザイーツは少し考える。
「グライラットは砦を返却の条件にミスリル鉱山の権利を奪い取るつもりかもしれません。もちろん、砦一つくらいではミスリル鉱山を渡す訳にはいきませんが、そう言う交渉をしてくる可能性は有るように思います」
その言葉にザイーツは顎に指を添え少し生えだした髭をさわりながら答える。
「ふむ……まあ、どちらでも構わないのです。仮に進行してこずとも、砦の中に籠っているならそれでも構いません。我々はグライラットの侵攻を食い止めるのが最終目標ではありませんからな。砦に戦力を留めておけるだけで十分でしょう」
ザイーツの言葉に頷くリーゼロッテ。
「はい、そうですね。無用な被害は敵味方共に望みません。どちらの被害も最小限に留めたく思います。しかし……」
そこで少し言葉を区切るリーゼロッテ。
「この戦争の原因は絶たなければなりません。グライラットへの侵攻はどうなっていますか?」
ザイーツはその言葉に頷き答える。
「はい、もうすでにグライラットの首都近辺に五千の兵が集結しております。もう何時でも首都を攻撃し、陥落できる手筈を整えております」
五千の兵と言う言葉にリーゼロッテは驚く。いくら兵を出しきっているとはいえ、一国の首都をわずか五千の兵で落とす事が出来る物なのだろうか? リーゼロッテはザイーツにその疑問を投げかける。
「いくらなんでも少なすぎませんか? それでは城を落とす事も出来ないのではありませんか?」
恐らく予想していたであろう言葉に、ザイーツは余裕をもって答える。
「はい、確かに普通に攻めていたのでは五千の兵では無駄死にでしょう。いくら少ないとはいえ、陛下のおっしゃる通り一国の首都です。恐らくまだ五万ほどの兵力は残っていると密使からは報告が入っています」
その言葉にリーゼロッテは更に驚く。それではとてもではないが太刀打ちする事は出来ない。そんなリーゼロッテの表情を察したザイーツは更に言葉を続ける。
「ご安心下さい陛下。恐らく、味方の兵は殆ど血も流すことなく城は陥落するでしょう」
ザイーツの言葉にリーゼロッテは余計に混乱する。その混乱を取り除く様にザイーツは更に話を続ける。
「実はグライラット側にイーリスの協力者がいます。その者の手筈で城門は開かれ、そのまま直ぐにグライラット王宮まで兵を導きいれることが出来ます。もちろん、総てのグライラット兵が味方になっている訳ではありません。しかし、後は城門さえ開いてしまえば後は王宮まで一直線で進撃できるでしょう。グライラットの城は夜明けにはイーリスの旗がたなびいているでしょう」
リーゼロッテはザイーツの言葉に驚きを隠せなかった。確かにその通り上手くいけばイーリスの兵は一滴も血を流す事も無く城を占領できるだろう。しかし、グライラットを占領後もグライラットの将兵は残る。もし、それが総て反撃をして来ればとてもではないが五千の兵では抑える事も出来ないだろう。リーゼロッテはその事をザイーツに話そうとしたが、その前にザイーツが話始める。
「我が軍がグライラットに入ると共に、グライラット側の協力者が上級士官や将軍、大臣を襲撃し、グライラットの反撃の意志を挫きます。将軍や大臣がいなくなってしまえば、後は烏合の衆に他なりません。頭を叩くのは一番効率のいいやり方です」
その段取りの良さにリーゼロッテは一つため息を吐く。
「解りました。では、そのように進めて下さい。ですが、くれぐれも……」
「解っております陛下。くれぐれも民衆には危害を加えない様に厳命しております。ご安心下さい」
その言葉にリーゼロッテは安心する。
「解りました。万事よろしくお願いします。貴方が味方で良かったと思います」
その言葉にザイーツは敬礼で答える。
「おい、グライラットが進軍を始めたぞ! 急いでザイーツ閣下に伝令を送れ!」
砦を占領後二日後にはグライラット軍は準備を整え、イーリス領に進軍を始めた。その数およそ五万。後詰の兵団を砦に駐留させ、その一部を加えた兵力で進軍を開始し始めた。
「よし、我々もここから後退する。何も残すなよ! 急げ!」
そう言って隊長は命令を下し、その数分後には準備は整い、後退を始める。しかし、グライラットの進軍は騎兵を中心としており、進軍速度は速い。何とかグライラットから逃げきり、所定の配置につく。これからはグライラットの後方を攪乱する任務が残っている。そう、グライラットの補給線を絶ち、グライラットの進軍速度を落とす。そして、頃合いを見計らって、各部隊と合流し、前面に展開するであろう本隊とタイミングを合わせて後方から責め立て、挟撃する手筈だ。後は時間を待つだけ。
『さて、閣下後は頼みますぜ』
隊長は一人心の中で呟き、遥か彼方を進軍するグライラット軍を見つめる。
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