一章3話
深い森の中を進むリーゼロッテ。鬱蒼とした木々が昼であるにもかかわらず、辺りを薄暗くしていた。この森を抜ければもう国境までは直ぐだが、森の殆ど整備されていない道を進むには時間がかかる。それに、この森には野盗が出るとも言われている。もちろん、そんな者が襲ってきた所で近衛騎士たちのまえではなすすべもなく捕えられるだろう。
「なんだか気味が悪いわね」
フィンが独り言のように呟く。
「そうね、この森は昔、精霊の森と呼ばれて悪い心を持った人間は精霊に地獄に連れて行かれるってお伽噺を聞いた事があるわ。フィンなんて連れて行かれるんじゃないかしら?」
ミュゼの言葉にフィンが返す。
「なんだって? あたしのどこに悪い心が有るっていうのよ?」
ミュゼはその言葉にしれっと返す。
「あら、自分では気が付かないものね、そう言うのって」
その言葉にフィンがついにキレてしまいそうになるが、そこをカインに止められる。
「陛下の御前だぞ? くだらない言い争いをするな!」
その一言で二人はしゅんとしてそのまま黙ってしまう。
「よいではありませんか、カイン。旅は賑やかな方がいいでしょう。でも二人とも。喧嘩はいけませんよ?」
リーゼロッテに言われてはカインも黙るしかない。二人は見えない所でカインに舌を出す。
そんな一行の中で、ピエールは一人辺りを気にしている。それにリーゼロッテは気が付いて、ピエールに話しかける。
「ピエール。どうかしましたか?」
今まできょろきょろと辺りを見渡していたが、今は一点を見つめている。カインもそれに気が付いているようだ。カインは副官に何やら小声で話をしている。それを聞いた副官は、緊張した顔で隊全員に伝達していく。その伝達が行き届いた頃、カイン達の行軍を遮る様に一人の人物が立ちふさがる。
「何者だ?」
隊列の先頭にいた騎士がその者に声を掛ける。その者は人間の様な姿をしてはいるが、耳が少し長く、身長が高い。そして、その美しく長い金髪に眼を引くほどの美形な顔立ち。しかし、その眼には警戒の色が浮かんでいる。
「お前達こそ何者だ? ここは我々杜の氏族の領域。武器を携えての通行は許可できない。目的はなんだ?」
杜の氏族と自分たちの事を呼んだ者は、鋭い目つきで睨んでいる。そこにカインがリーゼロッテの傍から離れ、先頭までやってくる。
「我々はイーリス近衛騎士団。杜の氏族と言ったか? 我々は国境に向かう為にこの森を通っているのだが、少々深い森で道に迷ってしまったようだ。そなたらの領域に踏み込んだことに他意は無い。どうか通行を許可されたい」
カインの言葉に、別の杜の氏族が姿を現す。すると、今まで正面に立っていた者はかしずく。その者も豪奢な金髪で、やはり整った顔立ちをしている。
「イーリスの近衛騎士団が国境に向かうとは何用でかな? まさか、戦争をしに行く訳ではなかろうな?」
その言葉にカインは本当の事を言うかどうか少し迷ってしまった。杜の氏族はエルフと呼ばれる者達で、めったに人前には姿を現さない。しかし、ここにイーリスの国王たるリーゼロッテがいる事が外部に漏れてしまう訳にもいかず、少し言葉に迷っていた。しかし、その迷いも次の瞬間吹き飛んだ。
「私はイーリス王国の国王、リーゼロッテ・イーリス・オーフェンフィールドと申します。杜の氏族の方々の領域に踏み込んでしまった事謹んでお詫び申し上げます」
深々と頭を下げるリーゼロッテ。その様子を少しの驚きをもって見つめ、徐に口を開く。
「ほう、そなたがイーリス国のリーゼロッテ陛下でありましたか。私は杜の氏族の長の一人、ジン・エント・フレイアムと申します」
そう言ってフレイアムは深々と頭を下げる。そして、頭を上げると、フレイアムはリーゼロッテに話しかける。
「して、リーゼロッテ陛下。何用で国境まで行かれるのかな?」
フレイアムの言葉に頭を上げ、少し悲しげな顔で話始めるリーゼロッテ。
「フレイアム様もご存知かと思いますが、今イーリスの周辺国は戦争に明け暮れております。そして、その戦争に罪もない人々は苦しみ、住み慣れた町を追われた人々がイーリスの国境に押し寄せてきていると聞きました。少しでもその流民になられた方々の何かの助けになりたく、今から国境に向かおうと思っていたところでございます」
リーゼロッテの言葉に、フレイアムは少し考え、そして話し出す。
「しかし、そんな事をすれば、永世中立国を国是とする貴国の立場はあまり良い方向に向かわないのではありませんかな?」
その言葉にリーゼロッテは少し微笑み答える。
「はい。ですので此度はイーリス国国王としてではなく、あくまでリーゼロッテ一個人として、国境に向かっております」
「ほう、と言う事は御忍びで行かれておるのですかな?」
「はい、国王と言う立場は自由の利かない物で、内務大臣が反対しておりまして……」
少し困った顔で話すリーゼロッテ。
「はははは! そういう物でしょうな。解りました。この森は慣れておらんと道に迷う事もありましょう。こちらから道案内を付けましょう」
そう言うとフレイアムは隣に立つ先ほどの者に声を掛ける。
「そう言う事だミリアム。イーリスの方々を国境まで案内するように」
突然話を振られたミリアムは少し驚いたが、傅き頭を下げる。
「族長のご命令とあらば」
「ふむ。よろしく頼んだぞ」
そう言うとフレイアムはリーゼロッテの方に向き直る。
「リーゼロッテ陛下。このミリアムを道案内にお付けします。女ですがなかなかに腕がたちます。何かのお役に立てるでしょう」
フレイアムはそう言うと、深々と頭を下げる。
「では陛下。この度はこれにて。旅の安全をお祈りしております。陛下に森の精霊の加護があらんことを。では、失礼いたします」
「はい、フレイアム様にも神々の祝福がありますよう。では、またいずれこのご恩は」
リーゼロッテはそう言って去っていくフレイアムを見送る。
「さて、それでは行きましょう。ミリアム様、申し訳ありませんがよろしくお願いいたします」
そう言ってニコリとミリアムに微笑みかけるリーゼロッテ。
「ミリアムで構いません」
「そうですか。解りました、ではミリアム、私の事もリーゼロッテとお呼び下さい」
その言葉にカインは慌てる。
「陛下、それはあまりにも……」
その言葉を途中で遮る様にミリアムは答える。
「いえ、リーゼロッテ様と呼ばせて頂きます。一国の王の名前を呼び捨てになどする訳には参りませんので」
「そうですか……」
少し残念そうな顔のリーゼロッテ。その隣で安心したような顔のカイン。それを気にする事も無いミリアム。
「では、参りましょう」
そう言うとミリアムは口笛を吹き、馬を呼び寄せ、それに乗ると、先頭を進みだす。
「全隊前進」
カインの合図で近衛騎士団は動き出す。リーゼロッテは近衛騎士の囲まれるように進みだす。全体が進みだしたところで、カインがリーゼロッテに話しかける。
「陛下」
「なんでしょうカイン?」
「あまりあのような事はされませんように。今回は理性的なエルフ達であったから良かったようなもので、そうでない事もあります。どうかご自重下さいますよう」
「解りました。今後はカインにお任せいたします。出過ぎた事をしてしまいました」
自分の事をいつも気にかけてくれていると解っているリーゼロッテは、素直にカインに頭を下げる。
「陛下、そのように簡単に国王が格下の者に頭を下げられてはいけません。先ほどの言葉もそうですが、もう少し威厳を持っていただかなければ……」
カインが困った顔でリーゼロッテに言うが、リーゼロッテはそんな事は気にしていない。
「いえ、格下だとか、目下だとか、そのような事は関係ありません。感謝、謝罪、それぞれに頭を下げる事は当たり前の事だと思います。それに、友好的な方々にお会いできたことも嬉しい事です。これから友となるかもしれない方々です。こちらも相応に対応しなくては参りません」
当然の様にそう言うリーゼロッテ。その言葉にカインもリーゼロッテらしいと思いながらも、聞こえない様にため息を吐く。そして、ミリアムの案内でリーゼロッテ達は精霊の森を進んで行く。
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