一章2話
三人の計画はこうだ。まずカインは近衛騎士団に訓練と称し、国境までの行軍を命じる。国境までは馬で二日ほど、その間の食料などを多めに積み込む。もちろん、その中には流民に配る物も含まれている。流民の規模は今の所五百人程と聞いている。あまり大量に持ち出しては怪しまれるかもしれない。なので、いつもより少し多いくらいの量を持っていく事にする。そして、リーゼロッテは先ほど通った通路を使ってピエールと共にあばら家まで行く。そこでカイン達と合流。そのまま国境へ。
「しかし、陛下。一週間も城を開けてしまうといろいろ問題が出てしまいませんか?」
「問題ありません。もともと私は御飾です。私がいなくてもルーベールがいれば国は動きます。もし何かあっても、ザイーツもいます。問題は無いでしょう。私がいな間私は病に倒れます」
そう言ってリーゼロッテは侍女を呼ぶ。
「クリスティンはいますか?」
そう呼ばれて直ぐにリーゼロッテの部屋に入って来る侍女。
「はい陛下。ご用でしょうか?」
クリスティンに笑顔で話すリーゼロッテ。
「はい、私は明日から七日間ほど病に伏せます。その間は誰の面会も断る様に」
突然のリーゼロッテの言葉にクリスティンは頭の中で疑問符だらけになる。
「陛下? 申し訳ありません。いったいどういう事でしょうか?」
そう言うクリスティンにリーゼロッテはちゃんとした説明を始める。
「申し訳ありませんクリスティン。初めから説明をしましょう。私は明日から国境の視察に行きます。その行き帰りの時間で一週間ほど時間がかかります。その間、私が病に伏せていると皆には伝えてほしいのです」
クリスティンはその言葉を聞いて言葉も出ないようだった。
「そう言う事ですのでクリスティン。明日からそのようにお願いします」
そう言われてようやく、クリスティンは言葉を返す。
「恐れながら陛下……」
「どうかしましたか?」
「さすがにそのような事をされるのは……陛下の身に何かあったらと思うと私は気が気では……」
その言葉に、リーゼロッテは答える。
「大丈夫ですよクリスティン。ちゃんとカインもついてきてくれます。それに、ピエールも。もちろん近衛にも何人か護衛に着いてもらいます」
「しかし……」
それでも、やはりクリスティンは心配なのだろう。しかし、クリスティンも解っていた。この少女は一度言い出した事は恐らく意見を変える事は無い。どんなに障害があったとしても、リーゼロッテはそれを全力でやりきる努力をし、必ずそれをやり遂げていた。
「お願いしますクリスティン」
そう言って頭を下げるリーゼロッテ。頭を下げるリーゼロッテに慌てるクリスティン。
「陛下、私の様な者にそのような事はお辞め下さい。解りました陛下。しかし、陛下の身の回りのお世話をするものを何人かお連れ下さい。本当であれば私がお付しとうございますが……」
その言葉にリーゼロッテは慌てる。ここでクリスティンが付いて来ると言い出せば計画が難しくなるからだ。しかし、さすがにクリスティンはそんな事は言いださなかった。
「ミュゼ、フィン、お出でなさい」
クリスティンが声を掛けると呼ばれた二人が入って来る。まだどこか幼い顔の二人がリーゼロッテに頭を下げる。ミュゼと呼ばれた少女は赤毛を後ろで三つ編みにした大人しい感じで、もう一人のフィンの方は、短い黒髪で活発そうな印象を与える。
「陛下、まだまだ未熟な者ではありますが、この二人をお連れ下さい」
そう言われた二人は何の事か解らないようだったが、もう一度リーゼロッテに頭を下げる。
「はい。二人ともよろしくお願いしますね」
その言葉にまた慌てたようにぺこりと頭を下げるミュゼとフィン。
「良いですか、二人とも何かあれば自分の身を犠牲にしてでも陛下をお守りするのですよ? 解りましたね?」
「はい、クリスティン様。承知いたしました」
二人はそう言うと、頭を下げる。
「では、私どもは準備をしてまいります。陛下、他にご用は有りませんでしょうか?」
「はい、ありがとうございますクリスティン。よろしくお願いいたします」
リーゼロッテにそう言われると三人は部屋を後にする。その三人を見送るリーゼロッテ。
「これで、万事大丈夫でしょう。さて、計画の続きを考えましょう」
そう言って、三人はリーゼロッテの視察の計画をまるで悪巧みでも考えるかのように話こむ。
夜が明けると共にクリスティンがリーゼロッテの部屋を訪れる。
「陛下、準備が整いました」
「カインはどうしましたか?」
もうすでに起きて用意をしていたリーゼロッテはクリスティンにそう声を掛る。
「もう準備を整えて出発しております」
その言葉に頷くリーゼロッテ。
「解りました。では、参りましょう」
クリスティンの後ろに着き従う。リーゼロッテの後ろには二人の従者、ミュゼとフィンが付き従い、ピエールの待つ倉庫に向かう。
「おはようございますピエール。よろしくお願いします」
こくりと頷くピエール。そして、昨日の様に壁に手を掛けると壁が消え通路が現れる。それを始めて見たクリスティン達はそれに驚く。
「こんな所に隠し通路が? 長年宮廷に仕えていますが、初めてこのような隠し通路を見ました」
クリスティンの言葉に、ミュゼとフィンも驚いた顔で頷く。そんな驚いている三人を余所に、ピエールはスタスタと先に通路を歩いて行く。暗い通路にまたパチンと指を鳴らして松明に火を点け、通路を明るく照らす。
「ではクリスティン後の事は頼みますね」
「陛下、どうぞご無事で」
そう言って深々と頭を下げるクリスティン。
「さあ、行きましょう」
リーゼロッテはピエールの後ろに着き従う。
「ミュゼ、フィン。くれぐれも陛下の事よろしくお願いしますよ」
少し心配そうな顔をミュゼとフィンに向けるクリスティン。
「はいクリスティン様。この命に代えましても」
丁寧に返すミュゼ、しかし、それとは違ってフィンは活発に返す。
「大丈夫ですクリスティン様! 何かあれば私が蹴散らしてやります!」
そう大きな声で話すフィン。その姿を見てよけい不安になるクリスティン。
「ああ……ミュゼ。フィンの事もお願いしますね」
「はいクリスティン様、お任せください」
淡々と答えるミュゼ。それに頬を膨らませて文句を言うフィン。
「ちょっとどういう事よミュゼ!」
「そう言う事よフィン。では、クリスティン様行ってまいります」
そう言ってぺこりとクリスティンに頭を下げ、リーゼロッテの後を追うミュゼ。それの後を追うようにクリスティンにぺこりと頭を下げミュゼを追うフィン。
「ちょっとどういう事よミュゼ!」
一行を見送るクリスティン。
「元気がいいのは良いけど……大丈夫かしらあの二人は……ハァ~。人選を間違えたかしら?」
そう言うとクリスティンは隠し扉が閉まりまた壁になるまで一行の姿を見送った。
倉庫を出た所にすでにカインは近衛騎士を待機させ待っていた。
「お待ちしておりました陛下」
そう言って片膝を着いて頭を下げるカイン。それに倣うように他の近衛騎士もリーゼロッテに頭を下げる。
「カイン。ありがとうございます。それに他の近衛騎士も。私の我儘につき合わせてしまって申し訳なく思います」
リーゼロッテはそう言って、百人ほどいる近衛騎士に頭を下げる。
「さあ参りましょう」
リーゼロッテはそう言うと、歩き出す。
「陛下。申し訳ありません。御忍びでの視察の為馬車まではご用意できませんでした」
「構いません。ですが、馬をお願いします」
「はい。おい、陛下に馬を」
カインの言葉に近衛が四頭の馬を連れてくる。
「こちらの馬をお使いください。陛下の愛馬まではさすがに連れ出せませんでしたが、いい馬です」
「ありがとうございますカイン」
リーゼロッテがその馬を撫でると少し嘶く。そして、リーゼロッテは馬に乗ろうとした時、ピエールがそれよりも早くその馬に乗ってしまう。
「おいピエール。これは陛下の為に……」
カインが最後まで言い切る前に、ピエールはリーゼロッテを自分の前に乗せてしまう。
「ピエール、私は一人でも大丈夫ですよ?」
リーゼロッテはそう言うが、ピエールは頑なに馬から降りない。
「仕方ありませんね。では、ピエール。よろしくお願いいたします」
厚い化粧に隠れたピエールの表情はよく解らないが、嬉しそうしている事は、雰囲気で分かる。
「では、参りましょうか」
リーゼロッテはそう声を掛けると、近衛騎士たちはそれぞれ馬に乗り、リーゼロッテを守るように騎士たちがリーゼロッテの周りを囲う。リーゼロッテは一路国境を目指す。
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