一章
一章 1話
「…………と言う事でして、今現状、イーリスの周りの状況は予断を許さない状況で……」
内務大臣ルーベール・ハートレット公爵が、イーリスの周りの戦乱の状況を説明している。それを大きな円卓に集まっているイーリス王国の重鎮達が黙ってそれを聞いている。
「陛下、どうかなさいましたか?」
ルーベールに陛下と呼ばれた少女、リーゼロッテは、声の聞こえた方に顔を向ける。
「いえ、何も。続けて下さい」
ルーベールはその言葉に頷き話を続ける。
「そして、今一番の問題は隣国、グライラット帝国の事ですが。グライラットと、セルジオとの戦況はグライラット側が若干劣勢な状況になっております。少し前の話になりますが、かなり国境を超えられたとの報告も入っており、その影響か、我が国とグライラットの国境にかなりの数の流民が集まって来ているとの事です」
それを聞いたリーゼロッテは静かに話し出す。
「ルーベール。その流民たちをイーリスで受け入れる事はできませんか?」
リーゼロッテの言葉に、ルーベールは難しい顔をする。
「陛下、恐れながら流民の受入は難しいかと……」
リーゼロッテはその答えは解っていたように頷く。しかし、それでもリーゼロッテはその流民たちを何とか救いたいと考えていた。
「解っていますルーベール。しかし、食糧の援助等何かできる事はありませんか?」
少し困った顔をするルーベール。そこで、ルーベールの部下のシャインが発言する。
「恐れながら陛下。今のイーリスの財務の状況を鑑みると、これからますます増えていくであろう流民に対して、援助を行う事は財政的には不可能と思われます」
リーゼロッテは黙って頷く。恐らく、こういう話し合いは何度もされたのだろう。その度にリーゼロッテはいたたまれない気持ちになる。しかし、流民を受け入れる事も、それに援助を行う事も基本的にはイーリスはする事は無い。それが他国との摩擦になりかねないからだ。イーリスが永世中立国を国是にしている以上、こちらから不用意に摩擦を作る事は避けるべきだろう。それはリーゼロッテにも理解はできていた。
しかし、理解できる事と感情とは必ず一致するわけではない。その状況にいつもリーゼロッテはその無力さを痛感するのだ。
「はぁ……」
小さく少しため息を吐くリーゼロッテ。それに気が付いたルーベールはリーゼロッテに声を掛ける。
「陛下、少しお休みになられた方がよろしいのでは? ここから先は陛下のご裁可を必要とする様な案件は有りませんので」
あくまで言葉は丁寧だが、ルーベールは明らかにこの若い国王を煙たがっているようだ。そして、その言葉の意味をくみ取ったリーゼロッテは、その言葉に従う。
「そうですね……解りました。では、少し休ませていただきます。では、後の事はよろしくお願いします」
リーゼロッテはそう言うと席を立つ。それを円卓に座った全員が立ち上がり、見送る。リーゼロッテが部屋を出た後、全員が再び着席する。そして、国防大臣のザイーツ・ケイジオがルーベールに話しかける。
「いろいろと大変ですなルーベール卿」
その言葉を苦笑いで返すルーベール。その後、リーゼロッテがいない中会議は滞りなく進み、その日の会議はお開きとなる。会議が終了すると、ルーベールは自室に戻り、その日の会議の報告書をまとめさせた物をリーゼロッテの下に届ける。リーゼロッテの部屋の前には近衛騎士が二人構えている。
「ご苦労」
一言声を掛けると、近衛騎士は敬礼をしてリーゼロッテの部屋の扉を開ける。一つ目の扉を抜け、すぐに有るもう一つの扉の前で、立ち止まる。
「陛下、ルーベール・ハートレットでございます。今日の会議の報告書をお持ちしました」
するとすぐにリーゼロッテから入室を許可する声がかかり、ルーベールはリーゼロッテの部屋に入る。そこには近衛騎士団の団長、カイン・アルベールの姿。カインに軽く頭を下げるルーベール。カインはそれに敬礼で返す。
椅子に座るリーゼロッテに眼を向けると、その傍らには宮廷道化師ピエールの姿もあった。
「陛下、お休みの所申し訳ありません。本日の会議の報告書をお持ちしました。また後ほど御目通しいただきますようお願いいたします」
「解りました、ありがとうございます」
ルーベールはそう言われると退室する為軽く頭を下げ、リーゼロッテに背を向け、今入ってきた扉に向かう。ノブに手を掛ける所でリーゼロッテに声を掛けられる。
「ルーベール」
その声に振り向くルーベール。
「何か?」
少しためらいながら話し出すリーゼロッテ。
「やはり流民の受入はできませんか?」
ルーベールは顔色を変える事無く答える。
「はい。先ほども述べさせていただきましたが、流民の受入は他国との無用な摩擦を生む可能性があります。そうなってしまうと、最悪戦争に発展するかもしれません。陛下はそれでもかまいませんか?」
リーゼロッテにもその言葉の意味は解る。しかし、それでもやはり困っている人達を見捨てたくはない、そうリーゼロッテは思ってしまうのだ。
「それは……」
言いよどむリーゼロッテにルーベールは更に続ける。
「幾人かの流民を受け入れて、その為に自国民を戦争に駆り出させる……陛下はそう言う決断をされるのですか?」
「ルーベール殿。今の発言少し失礼ではありませんか? 陛下にもお考えがあっての事です」
隣に控えるカインがルーベールに声を掛ける。
「これは失礼いたしました。しかし、国の政治を預かる私にも考えあっての事です。どうか非礼をお許しください」
その言葉にリーゼロッテは言葉を掛ける。
「ルーベール、申し訳ありません。今の話は忘れて下さい。忙しいところ申し訳ありませんでした。下がって休んでください」
リーゼロッテの言葉にルーベールは頭をさげ、リーゼロッテの部屋を退室する。
ルーベールが退室した後、リーゼロッテは自分の黄金色の長い髪を少しいじりながらため息を吐く。カインはそのリーゼロッテの姿に声を掛けることが出来ない。しかし、ピエールはそんなリーゼロッテを元気づかせるかのように、表情をころころと変えながら、手品や軽業を披露する。その姿を見たリーゼロッテは少し微笑む。
「ありがとうピエール」
その言葉に大仰にお辞儀をして答えるピエール。その後、リーゼロッテは何かを考えるようにふと黙り込む。そして、徐に口を開く。
「カイン」
「ご用でしょうか陛下?」
「カイン、申し訳ありませんが、私を国境まで連れて行っていただけませんか?」
さすがのカインもその言葉には驚いた。確かにこのところずっとリーゼロッテは他国の戦争の状況に心を痛めていた。それに流民の存在もなんとかできないかと、まるで自国民の事を想うかのように考えていた。しかし、自らその状況を視察したいと言い出すとは、さすがにカインも考えてはいなかったようだ。
「出来なくはありません。しかし……」
「ルーベールですか?」
「はい。ルーベール卿が首を縦には振らないでしょう。それに、陛下が出られるとなればそれなりに準備も必要になって来るでしょうし、直ぐに。とはいかないでしょう」
「準備などは必要ありません。カイン、あなたが来てくれれば後は特に必要はありません」
さすがリーゼロッテの言葉にカインも困ってしまったようだ。
「いえ、さすがに私だけでは問題があります。仮にも一国の国王が護衛もろくに連れずにそのような場所に行く事はできません。行くのであれば、近衛をお連れ下さい」
リーゼロッテは少し考えたが、頷く。
「解りました。では、近衛騎士団の何人かを連れて行きましょう。カイン、そちらは任せます」
「しかし……ルーベール卿の事はどうされますか?」
カインにそう言われ、考え込むリーゼロッテ。その時、ピエールがリーゼロッテの視界に入って来る。
「どうしたのですかピエール?」
ピエールは声を出さない、いや、出さないのではなく何らかの障害があるのか、声が出せないようだ。そんなピエールが、リーゼロッテとカインを手招きして呼び寄せる。ピエールの後に着いていく二人。あまり使われていないような部屋に入って行く。普段は倉庫か何かとして使われているのだろう、様々な物が整えられて置かれている。その、棚の一画をピエールが動かし、ピエールがそこに手を当てる。少し手が光ると共に、その壁がスッと消え、その奥に通路が現れる。
「こんな所に隠し扉が?」
カインは長く王城にいるが、まさかこんな所に隠し扉が有るとは思いもしなかった。確かに、近衛騎士として、有事の際には王家を逃がす為に幾つかの隠し通路がある事を知っていた。しかし、この通路は全く記憶にない物だった。それに、魔法で解除しないといけないような物などがあるとは思いもしなかった。
通路が現れると、ピエールはその通路をスタスタと歩いて行く。通路は石で作られており、所々に松明は置かれているが、当然今はそれに火は灯っていない。その松明にピエールがパチンと指を鳴らすと一斉に火が付き、通路を煌々と照らし出す。ついてこないリーゼロッテとカインに手招きをして自分はさらに奥に歩いて行く。
「行きましょうカイン」
それにカインは答え、リーゼロッテの後に続くカイン。通路は二人が並んで歩けるほどの広さで、かび臭いような感じは無い。コツコツと、長い通路を歩くと、行き止まりに辿り着く。
「ピエール?」
そこで、またピエールはそこに手をかざすと、その壁も消え、また奥から通路が現れる。三人が壁の有った場所を通り過ぎると、またそこには壁が現れる。
「なるほど、特殊な魔法によって壁を消して通路を隠ぺいする。これでは追手は最初の壁で引き返していくな。しかし、魔法使いがいなければ開ける事も出来ないのが欠点だな……」
カインはそう呟く。三人はそのままもうしばらく歩く。そして、また壁にあたる、その壁をピエールがまた魔法を使い開錠する。すると、そこは出口のようだった。出口を潜ると薄暗く狭い納屋のような所に出る。そして目の前にある扉を開けると、外の光が眼に入って来る。少しの眩しさに、思わず手をかざすリーゼロッテ。ようやく目が慣れて、辺りを見渡す。少し離れた所に城が見えた。リーゼロッテ達三人が出てきたところは古いあばら家のような所で、普段なら誰も気にも留めないような所にあった。
「ピエール、こんな秘密の通路をどうやって知ったのですか?」
リーゼロッテの言葉におどけるだけで返すピエール。
「まあいいでしょう。でもおかげで、誰にも知られる事なく外に出ることが出来ます。ありがとうピエール」
少し頭を下げるリーゼロッテ。その姿に嬉しそうにおどけて見せるピエール。
「しかし陛下。本当に国境の視察に出られるのですか? ルーベール卿ではありませんが、やはり少し危険なような気もしますが……」
「その時はカイン、あなたが私の事を守ってください」
やはりリーゼロッテの意志は固いようだ。もうこれ以上は何を言っても聞かないだろう。リーゼロッテとはそう言う人物だ。少し諦めたようにカインは言葉を返す。
「はい、命に代えましても」
「頼りにしています」
そう言って微笑むリーゼロッテ。
「では、一度戻って準備をしましょう」
リーゼロッテはそう言うと、またあばら家の中に戻って行く。そして、三人はまた通路を戻り、王城に戻る。そして、国境行の準備を行う。
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