一章4話
「もうすぐ森の出口だ」
杜の氏族と出会って二日間森の中を進み続けたリーゼロッテ達はミリアムの言葉に、ようやく森を抜け出せると皆嬉しそうな顔をしている。浮かない顔をしているのは森の民と呼ばれるエルフのミリアムだけだ。
「ようやく森を抜けれますね。国境まではもうすぐですね」
リーゼロッテの言葉にフィンとミュゼも嬉しそうだ。
「やっと気味の悪い森を抜けれてほっとした~」
ミュゼの言葉にミリアムが反応する。
「気味の悪い?」
「そりゃそうよ。日もほとんど射さない、薄暗い森の中でキャンプを張るのは良い気持ちしなかったわ」
ミュゼの言葉にフィンも頷く。
「ほんとに良かったわ。これで、夜トイレに行くミュゼにつき合わされなくていいものね」
その言葉にミュゼは慌てる。
「フ、フィン!? 何てこというの!」
その言葉に一行は笑っているが、ミリアムだけは怒りを顔に表していた。
「私に言わせればこんな木もないような所によく人間たちは住んでいられるわね! 森の精霊達もいない、自然に囲まれていないような暮らしをしているから人間達は戦争なんて野蛮な事をするんじゃないの? 本当にこれだから人間達は!」
ミリアムのその言葉にミュゼはミリアムに言い返す。
「なんですって!? あなたにそんな事言われたくないわ! あなた達だって最初森の中を通っているだけで威嚇してきたじゃないの! あなた達だって同じ様な者じゃない!」
もうこうなっては売り言葉に買い言葉で二人の喧嘩は激しさを増していくばかりだろう。そうなる前にカインが二人を止めに入る。
「ミュゼ! お前の言葉はあまり適切とは言えなかっただろう。森に住むエルフにとって森とは神聖な場所だ。それを気味の悪い森なんて言葉で穢すような事を言うんじゃない。それに、その森に土足で踏み込んでしまったのは我々の落ち度だ。ミリアムに謝るんだ」
「でもカイン様も森を抜けれてほっとしたでしょ? それにミリアムは私達を、いえ、人間達を野蛮だなんて言った。イーリスは、いや、リーゼロッテ様はそんな他の国の人達と違います!」
ミュゼにそこまで言われるとカインも言葉を返せなかった。
「ミュゼ。あなたの気持ちは解ります。でも、杜の氏族方々にとって大事な場所である森を気味の悪いという言葉で穢してしまう訳にはいきませんよ。それに私は森の中は何処か安らげる、守られてるように感じる場所でもありました」
リーゼロッテの言葉にミュゼは納得してはいないようだったが、一応謝る事にしたようだ
「わ、悪かったわねミリアム」
ミュゼの言葉にミリアムも言葉を返す。
「いや、私も言い過ぎた。悪かったなミュゼ」
「わ、解ればいいのよ解れば」
少し照れたように、そっぽを向いて答えるミュゼ。それをあまり気にせずにミリアムは進む。
「さあ、森を抜けるぞ」
木の数がだんだんとまばらになり、ようやく森を抜けた一行。目の前には平原、そして遠くに山々が見える。その山々に向かうように一本の道が続いている。
「国境までは後半日ほどの距離です。森を抜けるのに少し時間が掛かってしまいましたので、予定より少し遅れています。少し急ぎましょう」
そうカインはリーゼロッテに話しかける。
「解りました」
そうカインに言ってリーゼロッテはミリアムの方を見て話しかける。
「ミリアム。ここまでありがとうございます。このご恩はいつか返させて頂きます」
そう言って頭を下げるが、ミリアムはリーゼロッテに言葉を返す。
「いえ、どうせまた帰りにこの森を通られるのでしょう? では、私はこのまま帰りに森を抜けるまで同行させていただきます」
「しかし、フレイアム様には何も言っておりませんでしたが、よろしいのですか?」
「構いません。父には帰りましたら私の方から伝えておきますので」
ミリアムの言葉にリーゼロッテは少し驚いた。
「フレイアム様はミリアムのお父上だったのですか?」
「ええ……まあ」
少し照れたように顔を赤くして答えるミリアム。
「そうでしたか。今まで知らぬこととは言え失礼をしていました」
「いえ、お気になさらずに」
「しかし、本当によろしいのですか? 申し出は嬉しいのですが……」
「構いません。私も見聞を広めたく思いますし、これは良い機会でもあります。どうかご一緒させてください」
少し考えるリーゼロッテ。しかし、有難くその申し出を受ける事にしたようだ。
「ありがとうございます。では、よろしくお願いいたします」
リーゼロッテはぺこりと頭を下げる。頭を下げられたミリアムは少し驚く。やはり国王が簡単に頭を下げる事に違和感があるのだろう。リーゼロッテの横に立つカインがまた困った顔をしている。ミリアムはそのカインの顔を見て苦笑してしまう。
「では、参りましょう陛下」
カインにそう声を掛けられ一行は国境に向け進んで行く。その途中、ミリアムはカインの馬に並走するように並び小声でカインに話しかける。
「あなたも大変ですね」
カインもその言葉に苦笑するしかなかった。だが、カインはリーゼロッテのそういう所が王としての資質かも知れない。そうも思っていた。そして、半日の移動の末、ようやく国境となる川が見え始める。
「陛下、ようやくグライラット帝国との国境が見えてまいりました」
カインの言葉にリーゼロッテは頷き、川の方に眼を向ける。そこにはイーリスの軍が張る幕舎が幾つか見え、渡ってこようとしている流民達をグライラット側から渡らせない様に橋の前に陣を張っていた。近づくにつれ、その様子がよく解って来るが、流民達は決して良い環境で生活をしているようには見えなかった。それに数も聞いていた数よりもかなり膨れ上がっており、今にも橋を渡ってきそうになっているのを、イーリスの兵隊たちが押しとどめている。その様子を見てリーゼロッテがカインに声を掛ける。
「急ぎましょうカイン」
そう言ってリーゼロッテは馬の足を速める。それに続く様に他の者も馬の足を速める。そして到着した国境の状態はかなり酷く、その状況にリーゼロッテは思わず眼をそむけてしまいたくなるほどであった。
「酷い……」
そう一言漏らすミュゼに、フィンも頷く事もせずにその状況を見ている事しかできなかった。国境となる川はそれ程の幅は無い。せいぜい三〇メートルほど。しかし、深く流れの速いその川があるせいで、流民達は唯一有るこの橋を渡らなければイーリス側に渡って来る事は出来ない。そして、川の向こう側と、こちら側ではかなりの違いがあった。川の向こうでは幾人もの人が倒れ、傷の手当てもまともに受けられず、全く動かない、寝ているのか死んでいるのかも川のこちら側では判別できないような者達があちらこちらに横たわっていた。
「守備隊の責任者を呼んできてください」
いつもと違うリーゼロッテの声色にカインは急いで副官に守備隊の隊長を呼びに行かせた。そしてほどなくして、守備隊の隊長がリーゼロッテの前に傅く。
「へ、陛下。どうしてこのような場所に!?」
かなり慌てた様子で話しかけるが、それには答えずにリーゼロッテは話始める。
「なぜあのような状態になるまであの人たちに手を差し伸べなかったのですか!」
突然の叱責に隊長は委縮しながら答える。
「ハッ。しかし、国からは流民達に手出しは無用、との命令が……」
その言葉を遮る様にリーゼロッテが話す。
「だからと言ってあのように困っている人達を、あなた方は何もせずに黙って見ていたというのですか?」
「も、申し訳ありません」
ただひたすら頭を下げるしかできない隊長を見かねたカインがリーゼロッテに話しかける。
「陛下、今はそんな事より早くあの者達に運んで来た物を」
その言葉で少し冷静さを取り戻したリーゼロッテはカインと守備隊の隊長に命じる。
「そうですね。運んで来た物をあの方達に渡してください。それと、治療が必要なものは私の所へ。私が治療魔術で治します。さあ、急いでください!」
リーゼロッテのその言葉で一斉に皆が動き出す。それ程物資を持ってこれたわけではないが、もともと守備隊が持っていた物資も含めて、何とか全員がしばらくは食べれるほどの食料がいきわたる。そして、次々と運ばれてくる怪我人にリーゼロッテはもくもくと治療魔術を掛け、怪我人を治していく。そして、何時間も寝食も忘れ一人で治療魔術を掛けていたリーゼロッテは最後の一人に治療魔術を掛けた所でその場に倒れてしまい、気を失ってしまった。
「陛下! 陛下! おい、直ぐに医者を呼べ!」
カインは守備隊の医者を急いで呼び、駆け付けた医者にリーゼロッテの容体を見させる。
「恐らく過労と魔力の使い過ぎでしょう。とにかく今は安静にしておくよりほかにありません」
医者の言葉に少し安心したが、カインは自分を責めているようだった。
「こんな事ならお連れするのではなかった……」
カインはそう言うとリーゼロッテを抱きかかえ、ベットの上に横たわらせる。そして、外にいる衛兵に話しかける。
「暫く誰も中には入れさせるな。いいな?」
「はい!」
衛兵二人はカインに敬礼する。それに眼で答え、カインは流民達の様子を見に行く為に歩き出す。
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