第二話 呉服屋の美人妻
「いやあ、またこうしてお嬢さんとご一緒できるなんて、おいら幸せもんだなあ」
ゾロイとオリズスは前回と同じくバナムの背に跨がり、ニヒサスムへと移動している。
「わたしもバナムさんとまたお会いできて嬉しいです」
オリズスはゾロイの前にいるため、顔は確認できないが、声から微笑んだ様子が窺えた。
「話すのも結構だが、のんびり旅を楽しんでいるわけにはいかないんだ。悪いが急いで向かってくれ。このままの速度だとニヒサスムに着くのは昼を過ぎちまう。せっかく早朝に出てきた意味がない」
今日も前もって持参した人参をバナムに食べさせてある。不吉の森へ足を踏み入れたとき、あの蠢く煤が出てくるのではないかと危惧したが、心配は杞憂だった。警戒しながらバナムを呼んだが、周囲に煤が出てくる気配はなかった。
「ちぇっ、なんだよ。おいらの元気の源は、可愛い女の子とおしゃべりすることなんだぞ。今は元気を溜めている状態なの。だいたいゾロイはいつもそうなんだ」
不機嫌さを隠そうともせず、バナムはぶつぶつと文句を言う。
「すみません、バナムさん。ゾロイさんに代わって謝ります」
「どうしてオリズスが謝るんだ。おまえは俺の女房か?」
「女房って、ど、どうしてそんな発想に、な、なるんですか!」
ゾロイの軽口に、オリズスは慌てふためき、過剰な反応を見せた。耳が見る間に赤く染まっていく。
「うぬぼれんなよゾロイ。おまえんとこに、こんなべっぴんさんが嫁にきてくれるはずないだろうが。こんな不出来な男に」
「やかましい。それは聞き捨てならんな、バナム。俺はこう見えても引く手数多なんだ。よろず屋稼業という職業柄、出会いは多い」
売り言葉に買い言葉で、ゾロイは事実とは異なることを口にした。出会いが多いのは本当だが、ほとんどがもめ事を介してなので、嫌な記憶を捨て去りたい心理が働くのか、お客は一様に、任務を完遂した後で店には寄りつかないのだった。
「えっ、ゾロイさんてそんなに女性から人気だったんですか?」
「いやいや、ゾロイはほ見栄っ張りだから。おいらがけしかけたもんだから、引くに引けないんだよ、きっと。こんな口べたで人付き合いが苦手なやつに恋心寄せたりする女性は、よほど心の広い方に違いないよ」
バナムに見透かされて、ゾロイは言葉に詰まる。
「なるほど……たしかに、バナムさんの言うとおりかも」
ちらりと後ろを振り返り、ゾロイの顔を見てオリズスは頷いた。
「おまえなあ、昨日俺がベドのことをあれこれ言ったときには怒りをぶちまけていたくせして、バナムの言うことは素直に受け取るってどういう了見だよ」
「それはゾロイさんだからですよ。わたしはゾロイさんのことを知っているけれど、ゾロイさんはベドさんのことを知らなかったじゃないですか。知りもしない人のことを悪く言うことに、わたしは腹を立てたんです」
ひひん、とバナムは鼻を鳴らした。ゾロイがやりこめられる様を見て、喜んでいるようだ。
「それについては悪かったよ」
昨日もめた話題を蒸し返すつもりはなかったので、ゾロイは謝罪する。
「いえ、わたしこそ……。ところで、本当に引く手数多なんですか?」
思い出してばつが悪くなったのは、オリズスも同じらしかった。本題よりも、ゾロイの女性人気について聞いてきたのはその証拠だろう。
「ああ、これから向かうベドの店でだって、もしかしたら誰かを虜にしてしまうかもしれん。それが依頼対象であるベドの妻って可能性もあるから、俺は注意しないといけないな」
浮気調査をしに行くというのに、未来の浮気相手を示唆するなど不謹慎ではある。しかし、この話題をしていた方が、オリズスを怒らせるよりは幾分ましだとゾロイは思った。
「それは心配いりません。ベドさんの奥さんはきっと、誰よりもご主人を愛していますから。ゾロイさんの入る余地なんて見当たりませんよ。むしろ、ゾロイさんが心奪われてしまわないか、その方が心配です。なにせ美人のようですから」
「そんなに美人さんなのかい? 似顔絵かなんかあるなら、おいらも見てみたい」
ひょい、と振り返り、横顔を見せるバナム。美人だと聞いて、興味がわいたらしい。
「この色ぼけ馬。さ、この話はもういいだろ。速度上げてくれ、バナム」
似顔絵を見せること自体はさほど時間を食う行為ではない。しかし、いくら仲の良い間柄とはいえ、バナムはよろず屋の人間ではないので、軽々しく口外はできないのだ。
「ふん。まあいいさ、次回から料金を値上げするから」
ベドの妻の似顔絵を見られない不満から、嫌みを口にするバナム。
ゾロイは眉根をもみながら、まだ始まったばかりの一日の行動予定に思考を巡らせた。
「ゾロイさん、こっちです、こっち!」
すでに活気づいているニヒサスムの街、人混みをかき分けて肉厚な男がゾロイの元へとやってきた。ベドである。
ベドの後ろには大きな屋敷が見える。のれんには「呉服屋ベド」と書いてあった。もうすぐ昼だという時間で、遠目から見ても店に出入りする客の姿がひっきりなしであることが窺えた。オリズスの言っていたことは本当のようだとゾロイは思った。
「大声で名前を呼ぶな。それにこんなところをあんたの妻に見られでもしたら、後々やりづらいことになるだろうが」
現段階では問題はない。しかし、調査が進めば支障が出てくる可能性も否定できない。尾行することになった場合、なるべく顔を知られていない方が良い。もし見つかっても、言い訳の効く状態にしておきたかった。
「平気ですよ、まだ妻は戻ってきてませんし。万が一見られていたとしても、今はお客さんと会っているとでも思うんじゃないですか」
事前に調査に関しての注意事項を説明してあったのだが、ベドはそれを軽く考えているらしかった。
「戻るのは昼頃だと言っていたな。俺は対象が到着し次第、聞き込みを行うつもりだ。例のものは用意できてるか」
「ここに書いてある場所が、今まで妻が研修に行っていた場所です。全部ではないんですが、家にあったものは可能な限りその紙に書き写しました」
ベドから差し出された紙は、彼の掻いた汗でふやけていた。広げようとしたが、べったりと張り付いて破れてしまいそうだ。
二つ折りになっていた紙を丁寧に広げると、墨が滲んでいた。ところどころ読みとれなかったが、おおよその場所は把握できる。
「ここに書かれている場所にはすべて行ったのか?」
見たところ、全部呉服屋のようだ。店の屋号が事細かく書かれている。当然ではあるが。
「それができたらあなたに頼んでませんよ。それに、呉服屋関係の者に『わたしの妻が来ていませんか』なんて訊けるわけないでしょう。妙な噂が立つばかりではなく、身内の恥を外にさらすわけにはいきません」
たしかに、とゾロイは納得する。研修という名目で商売敵のところへ行くこと自体、すでにおかしい気がするが、おおっぴらに聞いて回るのは恥の上塗りにほかならない。店を構え、商売をするものならば、悪評がどれだけ恐ろしいのか、ゾロイはよく知っていた。
ベドと話をしながらも、ゾロイはずっと呉服屋の入り口に目をやっている。
そのとき、気になる人物を見かけた。
「おい、今店に入っていったの、あんたの妻じゃないか?」
ゾロイの言葉に、ベドは振り返って店の入り口を確認している。しかし、すぐに違うとわかったようで、首を横に振った。
「ああ、あの方は常連さんですよ。大口のお客さんで、いつも上等な着物を買っていかれます。それに店の者がお客さんよりも目立つような格好はしません。これは常識ってやつですよ、ゾロイさん」
キシシシ、と不気味に笑うベド。
気になったのは、一際目立つ装いだったからである。呉服屋の女将たるもの、上等な衣服や装飾品を身につけているといった勝手な想像が、ゾロイの注意を引いた理由であった。
ベドに、己の見立ての誤りを指摘され、ゾロイは歯噛みした。悔しいが、ベドの言う通りである。
それでも収まりのつかない気持ちを晴らそうと、ゾロイは言葉を探す。しかし見つからない。
悔しさに顔を歪めていると、後ろからふいに声がした。
「あら、あなた。こんなところでなにをされているの?」
振り返ってそちらを見ると、そこには端正な顔立ちの美人が立っていた。
「お、おかえり、ウリアツラ。早かったね」
ベドは突然のことに驚き、動揺を隠せないでいる。
ゾロイも驚いて、とっさに言葉が出てこない。
「あら、お友達?」
ベドの妻、ウリアツラは気を遣ったのかにこりと微笑み、沈黙を破って訊いてきた。
「ああ、そうそう、道を聞かれてね」
ベドの返答が、ウリアツラの訊ねたことと食い違っていることに、ゾロイは思わず舌打ちしそうになった。
(慌てるなよ、ベド。それじゃあ隠し事をしていると、相手に教えているようなものだ)
ウリアツラは薄く口元に笑みを浮かべながら、亭主の焦る様子を眺めている。母性からくる暖かみのあるそれではなく、どちらかといえば氷のような冷たさで、こちらを見透かすような笑みだと、ゾロイは感じた。
「そう。では私は店に戻っていますね」
軽く頭を下げて、ウリアツラは店に向かって行った。
店に入るのを見届けてから、ゾロイはふうっと盛大にため息を吐いた。横を見ると、同じようにベドもそうしている。
「ね、平気だったでしょう? あれが僕の妻です」
体温の上昇からくる発汗と、心の準備ができていないまま妻と遭遇したことからくる冷や汗とで、ベドは全身をびしょびしょに濡らしていた。
それでも胸を張っているところを見ると、ベドのことを憎めないやつだと、ゾロイは思った。
「どこが平気なんだ。言い訳もおかしかったし、あれじゃあなにか怪しいと勘ぐられても不思議じゃないぞ」
とはいえ、調査はのっけから失敗である。
「友達から道を聞かれることだってあるでしょう。必ずしも、この近くに住んでいるとは限らないわけですから」
「あんなにどもりながら言ったんじゃあ、それも難しいけどな」
「ま、まあ過ぎたことは仕方がないとして、これからを考えましょうよ。うじうじ悩んでいたって、なにも始まりません。嫌われますよ、ねちこい性格は」
キシシシ、と笑うが、いつもの嫌みさが感じられない。ベドは言葉とは正反対に、妻との遭遇が堪えたらしい。
「あんたが言うな。しかしまあその通りではある。店の見張りは俺でなくもうひとりに任せてあるから、俺はこれからあんたの妻のこれまでの足取りを探ってくる」
「もうひとり連れてきているんですか? ああ、もしかしてこの間の可愛らしいお嬢さんですかな」
すぐに思い当たったらしく、ベドはにんまりと顔を綻ばせた。
「あんたは普段通りしていてくれればいい。というか、それ以外なにもするな。うちの者にも話しかけたりするなよ」
余計なことをしでかす恐れもあるが、いかんせん依頼者を無視するわけにもいかない。
最低限守ってほしい注意事項のみを述べ、ゾロイはその場を後にした。
「ご苦労。どうだ、様子は」
ゾロイは一人で見張りを続けていたオリズスに労いの言葉をかける。
陽が落ちて、店から漏れた灯りが通りをほのかに照らしていた。
「あっ、ゾロイさん。遅いじゃないですか。すっかり夜ですよ」
振り返り、ゾロイの姿を確認するなり、オリズスは眉根を寄せた。長い時間待たされたことによる不安を口にしたというよりも、行き先を告げずに出かけたことへの不満を態度に表しているように見える。
「腹が減っただろうから、これでも食ってくれ」
免罪の意味も込めて、ゾロイはここへ戻る途中、焼鳥屋に寄って詰め合わせを買ってきた。
差し出された包みを見て、中身がすぐにわかったらしいオリズスは、ぱあっと表情を明るく輝かせた。
「わあっ、これってアカノ屋さんですよね! わたし大好きなんです」
「よく知っているな。有名なのか? たしかに賑わってはいたが」
ここへくる道々、オリズスの夕食を買うために、ゾロイは適当な店がないかと探していた。良い匂いがする店を見つけて入っただけで、オリズスがここまで嬉しそうな反応を見せるとは予期していなかった。
「はい、とっても有名で、おいしいんですよ! ゾロイさんは食べてないんですか?」
言いながら、気になっているのはゾロイの腹具合ではなく、包みの中身であることが、オリズスの視線からも窺うことができた。
「ああ。だがこれはオリズスがひとりで全部食べてくれてかまわない」
「本当ですか、後悔しますよ?」
「いいから食え。俺は後で適当に食うから。それよりも、ベドやウリアツラに動きはないか?」
オリズスは早速包みを開け、漂う香ばしい香りに、さらに表情を綻ばせている。
「やったあ、つくねも買ってきてくれたんですね。ゾロイさん、わかってます」
「食いながらでかまわないから、俺の質問に答えてくれ、オリズス」
よほど気に入ったのか、単に空腹だったからか、オリズスは焼き鳥に夢中で、返答への意識が希薄だった。ひとくち食べる度においしい、と舌鼓を打ち、結局は全部平らげるまでゾロイは待つはめになった。
「ごちそうさまでした。で、ええと、ベドさんのことですよね。わたしがここで見張っていた限りでは、特に動きはなかったです。いつも通りにお客さんの出入りは激しかったですが、目を皿のようにして注視し続けていましたから、そこは信用してください」
えっへんと薄い胸を張って、任務を全うしたことを表すオリズス。
「ということは今も、ベド夫婦はあの店の中にいるってことか」
裏口があるのは確認済みだ。ここからは遠目ではあるものの、店内の様子がわかるため、ウリアツラの姿もはっきりと見える。オリズスが言ったことを信用するならば、ウリアツラは研修から店に戻って以来、この店から一歩も外に出てはいないということになる。
オリズスはこくんとひとつ肯いて、報告を続ける。
「表情まではわかりませんけど、ウリアツラさんはいつも通り、接客業務をこなしているみたいに見えました」
「そうか。よし、おまえは宿で休んでいろ。今日はご苦労だったな」
ゾロイはオリズスに、宿の場所を記した紙を手渡した。
「ちょっとゾロイさん、わたしはまだ働けますよ。というか、なにもしていないような……」
「ちゃんと見張ってたんだろ? とにかく、おまえは休んでいろ。これからは大人の時間だ。お子さまは寝てろ」
ゾロイの言葉にむっとした様子で頬を膨らませ、オリズスは素直に引き下がろうとはしなかった。
「お子さまってなんですか。わたしはもう立派な大人です!」
「そうなんでも噛みつくなって。いいか、呉服屋はもうすぐ店を閉める頃だろう。夜中には出かけないとは思うが、万が一そうなったらおまえじゃ何かと困ることも多い。昼間とは違って、夜である今なら、俺みたいな三十男が街をうろついていても不審がられにくい」
「わたしは幽体ですから、それこそいつだって不審がられずに尾行することも可能です。むしろゾロイさんの方が不安ですよ」
「交代で見張った方が、互いの体力気力の消耗も軽減できるだろう。せっかく二人いるんだ。俺を信用して、休める時にはたっぷりと休んでいてくれ。動きがあった際には、絶対におまえも呼ぶから」
ゾロイの説明に反論の余地が見い出せないのか、オリズスは渋々頷いた。
「わかりました。でも本当に、何かあったら呼んでくださいよ」
「了解」
背中でオリズスの足音を聴きながらも、ゾロイは決して呉服屋から目を切ることはしなかった。
動きがあれば呼ぶと言ったが、それは嘘である。元々、ゾロイはオリズスに危険が伴うだろう仕事を任せるつもりは毛頭なかった。オリズスがやりたいと言い出したので、ちょっとした達成感を味わえば満足してくれるだろうと、ゾロイは危険の少ない昼間の見張りを任せたのである。
一人通りに居残り、店を見張りながら、ゾロイは聞き込みで入手したベドとウリアツラと情報を頭の中で整理する。
ゾロイは昼間、ベドから受け取った紙に書かれていたウリアツラの研修先の中で、ここから最も近い距離にある呉服屋に向かった。他の場所へ赴くには時間がかかり、オリズスを残してきているため、今日は調べる場所を数件に限定する必要があったのである。
その店で聞き込みを行った結果、ベドはゾロイの見立て通りの人物であることが、店主の語るベドの人物像からも窺えた。根は善人のお人好しである。
肝心のウリアツラはといえば、研修には訪れていないということが判明した。来店はしていたようだが、あくまでそれは客としてである。美人であることが、店主の記憶に残った一番の理由だろうが、もうひとつ、気になる足跡を残していった。情報屋のリックからゾロイも聞いていたが、流行である輸入の着物についてしきりに話をしていたということだった。
これはどうにも腑に落ちない。なぜなら、流行り廃りの情報というものは、商売人にとって他人に漏らしてはならない大切な内容だからだ。同業者を募って市場の流れを作り出す行為もある程度はするかもしれない。しかしすべてを開示することもしないだろう。
この大切な情報を、ウリアツラは他のところでも口にしているという。
オリズスがベドの店を見張っている間、近隣に聞き込みをしていたゾロイは、ウリアツラを知るほとんどの者から、その流行りの輸入着物についての話題が上がったと聞いた。
亭主であるベドがこのことを知らないとすれば、秘密裏に情報をばらまくウリアツラの真意は一体どこにあるというのだろう。
ゾロイは考える。しかし、いくつかの仮定は脳裏に浮かぶものの、どれもこれといった決め手に欠けた。手にした情報は、けれどひとつの像を描いてはくれない。
(リックに連絡が取れていたら、もしかしたら何かわかったのかもしれない)
ニヒサスムに来る前、ゾロイは情報屋のリックを探してカーチムの町をうろついていた。しかし、どこを探してもリックのあの暗号のような印も見つけられず、また本人も当然見つけられなかった。
リックを探していたのは、オリズスに絡んだ件について情報を得るためだった。巷では薬が流行っているという噂もなく、オリズスや蠢く煤、それから街で戦闘を繰り広げたあの黒い獣についても、知っている者は誰もいなかった。
そこで、情報屋ならば、とリックを探しに出たゾロイだったが、ただでさえ発見の難しい人物であるうえ、他の情報屋も見かけないというのだから、これ以上労を費やしても仕方がないと判断して、今日の出発に至った。
(それにしても、ウリアツラ、とは。何の因果か、よほど縁があるのか)
ゾロイは、奇しくもベドの妻と同じ名前の、古い友人の顔を思い出す。
孤児院で暮らしていた頃、ゾロイはいつも年の近いウリアツラという友人を、姉と呼んで慕っていた。
ウリアツラは、施設の中でも優秀であった。とりわけ医術の道に傾倒しており、彼女が二十歳で施設を出た理由も、医術師を目指してのことだったとゾロイは記憶している。
そこで暮らしている子供は皆、なにかしらの事情を抱えていた。共通していたのは、身よりがないことと、戸籍がないことだった。つまり、公に紹介できる名前がないのである。名前がなければ、法の恩恵にあずかることもできないし、また店を構えたり職を探したりすることも難しい。そこで違法ではあったが、ウリアツラから教えてもらったマニグスのとある場所で、ゾロイは戸籍を買い、現在の名前を手に入れた。
だから、ウリアツラも、今はきっと違う名前を名乗っているだろう。
ゾロイと同じように。
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