第三話 幽体の馬
「この森って、中にこんなに開けた場所があったんですね」
「施設の跡地だ。建物は取り壊しちまったし、名残といえば木々をなぎ倒してできたこの空間くらいだけど」
ゾロイとイレスは、森の中にぽっかりと穴を空けたような場所に立っている。人工的な匂いを感じたのか、イレスは辺りの木々や丸く切り取られた空を交互に眺めていた。
「それでこんなところにまで来て、一体なにをしようっていうんですか」
「こいつで馬を呼ぶんだ」
ゾロイは背負った荷から笛を取り出す。手の平にすっぽりと収まるような大きさである。
「馬ってそんな笛なんかで呼べるものなんですか? というか、そもそもこんな辺鄙なところに馬がいるものなんですか?」
イレスは眉を八の字にして懐疑的な様子だ。
「普通はいないだろうな。特にこんな人工物跡地には人の気配が残っているから、馬も警戒して近寄ってはこない」
「だったら」
「ちょっとは俺を信用してくれ。大事な依頼者様を丁重に扱うよう、アジネからも言付かっているんだ」
「それならまあ、信用できますけど」
アジネが聞いたらきっと嬉しがることだろう。そうは思ったが、同時にゾロイは自分が軽んじられたようで面白くなかった。
互いに距離を測りかねて妙な沈黙が場を支配した。
人は聞いた話よりも、実際にその目で見たものを信用する。何はともあれ、ゾロイは苦手な言葉で説明するよりも、笛の効果をイレスに実感してもらうことにした。
ヒューイ、と甲高い音が響く。
しばらくすると、前方の茂みから軽快な足音が聞こえてきた。
「よっ、バナム、久しぶりだな。すまないがまたちょっと頼まれてくれ」
バナムと呼ばれたのは、白い毛並みの馬である。
「本当に来た……賢いんですね、この子」
イレスは驚いた様子で、バナムを眺めた。
「賢い? 他の馬と比べればちょっと変わったやつではあるがなあ。ほら見てみろ、この顔、少し間が抜けてるっていうか」
ゾロイの言葉に引っかかりを覚えたのか、バナムは鼻息を荒くする。
「しばくぞ、ゾロイ。なにしに来た」
イレスはどこから声がしているのかわからず、周囲を見渡している。しかし、辺りは木々が立ち並ぶばかりのその景色の中に、声の主を見つけられていないようだった。
それもそのはず、声は目の前から聞こえているのである。
「乗せてってもらおうと思ってな、頼むよ」
「断る。前の礼ももらってない」
「ちょっと待ってください、もしかして、この子がしゃべっているんですか?」
ゾロイは言葉の代わりに軽く頷いてみせる。しかし今大事なのは、イレスに対しての説明ではなく、バナムの説得だ。ここでへそを曲げられては困る。断られた場合、半日歩かなければならないのだから。
ゾロイの言に不満顔のバナムだったが、イレスの反応を見て態度を変えた。
「あれ? おいらの言葉がわかるのかい、この女の子さん」
「ああ、そのようだな。イレス、紹介が遅れたが、こいつはバナムという。見ての通り馬だが、一部の人間とは話が可能だ」
あんぐりと大口を開け、イレスは目の前の現実に理解が追いついていない様子だった。
「いやあこんな可愛らしい女の子さんが依頼者だなんて、おいら照れるなあ」
どうやらバナムは乗せていってくれるようだ。心なしか笑っているようにも見える。
期せずしてゾロイの目論見は達成したが、今後の機嫌取りも兼ねて前回の礼を渡すことにした。
「これがツケだ。最高級の人参だから心して食えよ」
カーチム界隈で手に入る上物を持参してきたのにはバナムのご機嫌伺いの他にも理由がある。
「どれどれ。ほうほう、ふむふむ、なかなか良い香り。色つやも良いし、奮発したな」
差し出した報酬に顔を近づけ、バナムは見定めているようだ。
「俺だってそんなに良いもの食べさせてもらってない。アジネがうちの財布の紐を握っているから、それは俺の小遣いから出てる」
ゾロイは当てつけがましく、持参した人参を入手するのに身銭を切ったことを強調した。
「良い心がけだ。引き受けるよ。でも勘違いすんなよ、あくまでその人参に敬意を払ってのことだからな」
ひょいと人参を口にくわえ、バナムは早速頬張っている。周りを気にせず食べているところを見ると、どうやら気に入ったらしい。
「ば、バナム、さん?」
イレスがやっと正気に戻ったのか、おそるおそるバナムに話しかける。
「女の子さん、初めまして。幽馬のバナムです。以後、お見知り置きを」
バナムは、ゾロイとやり取りしている時のようなくだけた態度を瞬時に改め、すっと首筋を伸ばしてから深く頭を下げた。
「は、初めまして、イレスです。ニヒサスムから来ました」
目を丸くしたまま、緊張した面もちで、イレスも深くお辞儀を返す。その後、いまいち現状を把握しきれていない様子で、視線はゾロイとバナムの間を行ったり来たりしていた。
「バナムの背に乗ってニヒサスムまで行こうと思ってな。こんな間抜け面だが、案外足の方は速いんだ。何せ幽馬だから」
「うるさい。おいらは間抜けな顔してないぞ。それに案外でも存外でもなく俊足だ」
むっとしてゾロイの紹介を跳ねのけるバナム。
「ゆう、ま? どういう意味かわからないんですが、バナムさんのことですよね。種の違いを表しているんですか?」
「ああ、幽馬ってのは幽体の馬ってことで、つまり有り体に言えば馬の幽霊だな」
今度は納得したみたいで、バナムはひひんと鼻を鳴らして自慢げな様子である。
「で、でも、どうして触れることができるんですか。幽霊なら触れないのではないんですか?」
至極当然の疑問をイレスは投げかけてきた。一般に幽霊といえば、足下が透明であるとか、身体が透けているだとか、誰かの知り合いに見たものがいるという触れ込みを媒介に人々に広まっていく噂話の類である。不思議なことに当人が見たという例はあまり耳にしたことがなく、伝染する恐怖の像が作り上げた代物だとゾロイは理解していた。
「たしかに、イレスの言うように幽霊には触れない。というよりも触っても自覚がない、という方が正しい。幽体というのは、ある条件下で変化した、現世に関わることが限定された存在ってとこだ」
「どうぞ、触ってみて」
口での説明よりも実際に触れた方が納得すると思ったのか、バナムはイレスの近くに寄って身体を差し出す。
言われるがまま手でそっと触れたイレスは、少し驚いたような顔をした。
「暖かい。ゾロイさん、もしやわたしを担ごうなんて思ってませんよね」
「そんなことして俺にどんな得があるのか、教えてもらえるか? 大体、しゃべる馬なんて他にいるわけないだろう。これが何よりの証拠だ」
何を勘違いしたのか、バナムはえっへんと胸を張ってみせた。おそらく、話すことができるという部分で、希少な存在だと評価された気分なのだろう。
「腹話術かなにかで、ゾロイさんが一人二役やっているようにも見えますよ。というかその方が幽馬とかそんな説明よりもよほど納得できます」
「別に煙に巻いて上がりだけかっさらおうなんて思ってないから安心しろってば。それにそんな技術が俺にあるんなら、見せ物小屋でも開いて大儲けしてるっての」
イレスの言葉に、バナムはしゅんと落ち込んだ様子である。しかしそれも束の間、さっと顔を上げてバナムはまくし立てる。
「信じてくださいまし、イレスさん! おいらはゾロイと違って、あなたを騙そうなんて思ってませんから」
「それじゃ余計誤解を与えるだろうが。自分だけ信用されたいがために他人を蹴落とすな。馬だからって何でも蹴って良いわけじゃないんだぞ」
「わかってるって。ゾロイだけだよ」
バナムは器用に前足を一本ゾロイに向けて、軽口を叩く。
「俺だって蹴って良いはずないだろう。浮気を疑われた亭主が苦し紛れに言い訳するみたいに言うな」
「下半身に脳がある遊び人が、方々で使う口説き文句だよ」
「だからそれだと聞こえが悪いんだよ。それにバナムの言ったことは、つまりそこいらで見境なく蹴りを入れるってことじゃねえか」
罵り合い、というよりも、一方的にゾロイがバナムにあしらわれている。
「わかりました、信じます。俄には信じ難いことではありますが、今のやり取りを見ている限り、バナムさんはゾロイさんとは完全に別の人ですもんね。あ、もしかしてこの世ならざる者が出るというのは」
ひひん、と嬉し鳴きを辺りに響かせるバナム。
「そう、こいつのこと。商売上、バナムの力が頼りになることもあるし、ここを人の手で荒らしてほしくないってのもあるから、噂は却ってありがたいんだ。人嫌いだし、俺の店だと窮屈過ぎるから、町にはこないけど」
「ゾロイさんのお店でなくても、話すことができるなら、事情を説明してどこかの物件を借りるとか」
「人嫌いっつったろ。それにこいつが見えるかどうかは、相手の器にもよる。異能の力というか、こうして姿を捉えるにも特殊な才能が必要なんだよ」
「ということは、わたしはその特別な才能があるんですか? だとしたら」
何かを思い出したのか、イレスは笑みを浮かべた。堪えきれない、といった様子である。
「だとしたら?」
「わたし、本当に何の才能もないんです。だから、もしも人にはない才能があるのならとても嬉しいなあって。誰かの役に立てるかもしれないじゃないですか」
イレスは輝いた目でゾロイを見た。
このままイレスの話に乗っても良かったのだが、ゾロイはどうにもひとこと言わずにはおれなかった。
「役に立たなかったらそこにいちゃいけないのか? そうじゃないだろう。孤児院で教わらなかったのか。『ここが君の家だ。いつでも帰ってきなさい』」
先ほどバナムに触れたときとは違う種類の驚きを、イレスは顔に表した。
「それ、院長先生の口癖! ゾロイさん、お知り合いなんですか?」
一度口にした手前、ゾロイは自らの歴史を少しだけ紐解いて見せてやることにした。
「ああ、知り合いというか、親代わりだな。ニヒサスムと聞いてもしやとは思ったが、まさかイエソボ院長のところだったとは。妙な縁だ」
わざわざ明かす必要はない。ゾロイとイレスは、よろず屋と依頼者の関係で、友達でもなければ恋人でもないのだ。けれど、遠い親戚のようなものだと感じて、ゾロイは線を越えて少しだけ歩みよることにした。同じ孤児院の出身者として。
「あの、ちょいと」
不思議な暖かさに浸っていたゾロイの意識を断つように、バナムが口を挟む。
「なんだバナム。もう腹が空いたのか? さっき最高級品を食べたばかりなのに」
身を切って購入した人参は、今やバナムの腹の中だ。
「そうでなくてさ、ほら、あそこ見てよ。何か動いてない?」
バナムが顎で指し示した方向に目をやる。
と、そこには何やら蠢く煤のようなものが見てとれた。
咄嗟に身構え、ゾロイは叫ぶ。
「バナム、イレスを乗せて走れ!」
「よっしゃ!」
言うがはやいか、バナムはゾロイの指示通り、着物の襟をくわえて宙に放り、イレスを背で受け止めた。
「きゃっ! ど、どうしたんですか、突然」
状況を把握できず、イレスはゾロイに問うてきた。
「いいから早く逃げろ! 道に出てそのままニヒサスムに向かえ。後から追いつく」
蠢く煤は、木々の間から漏れ出ている。
闇が今にも、その姿を白日の下に晒そうとしているようだ。
それは地面を這って、ゾロイたちに向かっている。
「わっ、ゾロイ、こっちにもいる! 囲まれた!」
叫ぶ声に振り向くと、道へと通じる茂みの方からも、蠢く煤が漏れ出ていた。
バナムだけなら通り抜けるのも容易に可能ではある。しかし背にイレスを乗せた状態では、速度の面からも安全の面からも難しいと思えた。
「くそっ、何でこんなにたくさん出てきやがる。ちっ、仕方ない」
ゾロイは袖から光る石を複数取り出し、蠢く煤に向かって放り投げた。
「レ・キ・ジャーハ!」
ゾロイの言葉をきっかけにして、光る石は閃光を放ち、轟音とともに爆発した。
風が巻き起こり、ぶすぶすと焦げるような音がする。
目配せすると、即座に理解してバナムは駆け出した。ゾロイもその後ろに続く。
ゾロイは後方から迫る蠢く煤に対して、同じように光る石で牽制しながら、どうにか道まで出ることができた。
出た先で待っていたバナムの背に飛び乗り、イレスを抱えるようにして手綱を握る。
「よし、行ってくれ、バナム!」
「任せろ、さっきの人参の力で超特急が出せそうだ!」
力強く大地を蹴って、バナムは見る間に加速した。
後方をちらりと確かめると、蠢く煤の姿が目に入る。
諦めずにゾロイたちを追ってくるようだ。
こういった緊急時を予見してはいなかったが、先ほど渡した人参は、バナムに限って特殊な効果を生む。いざというときの活力材として持参したもので、ツケを払うという理由の他にはこういう意味があった。
かなりの速度で移動しているというのに、しかし一向に蠢く煤を振り切ることはできない。二人を乗せて駆けているとはいえ、バナムは通常の馬どころか俊足の馬さえ適わないような速度を発揮しているのに、である。
景色は見る間に後方に流れていく。
「ゾロイさん、追ってきますよ、何ですかあれ!」
振り向きながら、イレスが叫んだ。青ざめた顔をしている。
「わかってる、ちゃんと逃げ切るから安心して掴まってろ。それよりも口を開いていたら舌を噛むぞ」
イレスを落ち着かせるように言ったが、ゾロイとて恐ろしく感じないわけではない。むしろ蠢く煤に触れた結果を知っている身としては、知らぬ者よりも恐怖が強いだろうと思う。
「さっきの爆発、あれを仕掛けたらどうですか? 何か石のような物を使っていたみたいに見えましたが」
この緊急時にそこまで観察していたとは、ゾロイは感心を通り越して笑いがこみ上げてきた。
ゾロイが口元に浮かべた微笑を見て、イレスはむっと眉根を寄せる。笑われたと勘違いしているのかもしれない。しかし今、それを説明している暇はない。ゾロイは訊かれたことにだけ答えることにした。
「悪い、あの石はさっき全部巻いちまった。だから今は逃げるのが最善だ」
「そんな。じゃあどうするんですか、あの変なのついてきますよ」
ゾロイがバナムから降りれば多少は速度も増すだろう。ほぼ等しい速度で逃げていく対象を追いかけ続けるよりも、蠢く煤は手近な人間を襲うだろうから、囮になるのも悪くない。しかしもし万が一自分が失敗したらと思うと、ゾロイはその躊躇いから一人離れる行動を取れずにいた。
道は左右を斜面に挟まれて細くなる。バナムの脚力なら駆け上ることも可能だろうが、速度が落ちてしまうと煤に追いつかれる危険が高まる。これは却下だ。
峡谷を過ぎると今度は林道が視界に映る。煤と等距離を保ったまま、ゾロイたちはそのまま木の枝が弧を描く林道の入り口へと突入した。空が木々で覆われ、薄暗い。光度の違いから最初は周りの景色が白くぼやけたが、すぐに慣れた。
(どうする? イレスの安全を確保しつつ、煤を撃退する方法はあるか)
思案するが、妙案は浮かばない。
代わりに浮かんできたのは、昔の友人の顔だった。こんな場所で遊んだ記憶がある。
優秀で機転のきくあいつならどうするだろう。ゾロイはふとそんなことを思った。
現状に行き詰まったのなら、前提を変えてみろ。
思いの外、人は凝り固まった考えで物を見ている。
枠組みを外せば、開けた風景が広がるはずだ。
懐かしい記憶が、一息に蘇ってくる。
おかげでゾロイは、ある作戦を思いついた。
「いいかイレス、バナムもよく聞け。一度しかできないが、この三人がいればどうにかできるかもしれん」
「三人って、もしかしてわたしも含まれているんですか?」
「他に誰かいるのか? ああ、バナムも人として数えるのかって話なら、便宜上そう呼んだだけだぞ」
「聴こえてるんだけど」
イレスは混乱顔を、バナムは不満顔をゾロイに向ける。
「各々言いたいことはあるだろうが、まあ聞いてくれ」
追われながらの高速での移動中、ゾロイは二人に煤を撃退する作戦を説明した。といっても詳らかに作戦内容を説明できる時間がないので、行動の指示だけである。バナムはすぐに理解したようだが、イレスは腑に落ちない表情だ。
逡巡した後、イレスはこくんとひとつ頷いた。
「わたしにはあれをどうにかできる案なんて思いつきませんから、ゾロイさんを信じます。後できちんと説明してくださいよ」
「もちろんだ。じゃあこれを持ってくれ」
ゾロイは荷から細長い縄を二つ取り出し、それぞれ別の端をイレスに握らせる。それから片方の縄をバナムの口に噛ませて、ゾロイも端を二つ手に取った。
「いいか、ちゃんと受け身を取れよ。それからこの縄を絶対に離すな。次に開けた場所に出たら決行の合図だ」
バナムとイレスは同時に頷く。
本来ならイレスを参加させるべきではないが、今はこの作戦に賭ける以外に方法がない。
少し先に光りが見えた。林道の出口が近い。
「よし、あそこに出たらちょっと速度を落とせ、バナム」
「了解!」
猛烈な速度で出口まで駆け抜ける。
林を抜けると、辺りには草原が広がっており、陽光が降り注いでいた。
バナムは作戦に備えて急激に速度を落とす。
「イレス、俺の両手に足を乗せるんだ」
指示された通り、イレスは身体をゾロイに預けながら姿勢を整えた。バナムの進行方向に対して真横を向く形だ。
「それじゃ作戦開始だ。やるぞ!」
イレスの呼吸に合わせて、ゾロイは両腕に力を込める。
手を踏み台にして、イレスの身体が宙に舞った。
それとほぼ同時に、ゾロイはイレスと反対方向に飛び出す。
二人分の重さの枷が取れたバナムは、それをきっかけにして足を止めた。
ゾロイは宙に跳んだまま、後方を確かめる。
蠢く煤はバナムに照準を定めたまま、移動方向を変えずにさらに加速した。
イレスの方に向き直ると、どうやら着地にも成功したようで、すぐに立ち上がっていた。
三人を繋ぐたわんだ縄の中に煤が入ったのを見届けてから、ゾロイは叫ぶ。
「ウ・カ・ボーフ!」
ゾロイが言葉を発した瞬間、縄は光を帯びた。
光は見る間に広がり、草原の上に大きな三角形を作った。
蠢く煤はその真ん中で移動を止め、小刻みに震えている。
そうしたまましばらくすると、煤の姿は宙に融けて次第に小さくなり、やがて散り散りになって見えなくなった。
(やれやれ、どうにかうまくいったか)
ゾロイはほっと息をついて、イレスを見る。未だ縄の端をぎゅっと握りしめているようだ。
「おい、もう離していいぞ。片づいたみたいだ」
しかし聴こえていないのか、イレスは返事を寄越さない。遠目には焦点が合っていないようにも見える。
近づいて肩を揺らすと、ようやくイレスは顔をゾロイに向けた。よほど緊張していたのか、ぎこちない動作で縄を離そうとしている。しかし手の力を弛められずに、ぶんぶんと縄を振り続けていた。
落ち着かせるためにと、ゾロイはイレスの身体を抱き寄せて頭を撫でた。かつて自分も誰かにそうしてもらったことがあったと思いながら。
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