0・5:ノベルダイブ その2

「んー? どこだここ?」


 ジジジジジッ!

 手足のシルエットが、稲妻で縁取られている、……気がする。


 えっらい、高いとこに再出現リダイブしたな俺。

 すっげー下の方に、地面が見えている、……気がする。


 よし、視線制御カーソルが戻ってきた。

 俺は自由になった首を動かして、周囲を確認する。吹き上がる風が気持ちいーな。上空からの眺めは楽しー。


 えーっと? 離れたとこに木が生えてっけど、それ以外は何にも無え所だな。

 と思ったら、ちょっと上の方から、何か騒々しいのが近づいて来やがった。


『鳥』

 ―――読める。


小鳥ことり

 目を凝らしてみていたら、『小』の文字がポコンと増えた。

 見続けていたからか、同時にふりがなルビも表示される。


 『パタタタパタタタッ。』

 音が、読める、―――読める・・・


 ピピッッチュイッチュ♪


「あ? あああ、なんだ、オマエ、小鳥じゃんか! 漢字が飛んでくっから、あせったー!」


 ゆっくり落ちてる俺の頭に、小鳥は着陸した。

 俺は小鳥それを、手で掴んだ。


 顔の前に持ってきたら、抹茶色が羽を片側だけ広げた。そして、くちばしで何かを引っ張り出した。

 ごっちゃり。

 それは、歯車状の円盤と、一対の針金だった。


 小鳥と俺の顔の間に、出現したアイテムたちが、重力定数に引かれて落ちてく。

 円盤はすんでの所で掴むことができたから、小脇に抱える。


 ぼそっ、ぼそっ!

 落ちた針金が、段ボールみたいな地面に当たって、音を立てた。


 小鳥とか、円盤とかを掴んだりしたから、もう行動開始したと判断された・・・・・っぽい。

 再出現時の高低差・・・を受け止める、ゆっくりと落ちていくヤツが、急に切れた。落下速度が倍増して、慌てたけど、足元を見れば、もう地面に足が着く。


 ドゴシャッ!

「あぶねー、せっかく再接続リダイブ出来たのに、自爆するとこだった」


 ちょっとシビレたけど、両足を踏ん張って何とか耐えた。

 目の前の平地が、最初に来た時よか、広くなっている気がする。


「あの、巨大機械は、どっか行っちまったのか?」

 俺は小鳥に聞いてみた。


 ピチュ♪

 抹茶色が、ヒト鳴きして、首を横へ向けた。

 脳裏に、『鳥』の漢字が、首を回しているアニメーションが再生されているが、俺は気にしないことにした。


 見れば、結構遠く離れた空き地の端っこ、巨木が密集しているド真ん中に、デカい通り道ができてた。

 更にその向こうの、天井の膜みたいなのと地続きの巨大壁面にも大穴が開いてる。穴の先に、こっちと同じ様な空間が有るのが見える。


 俺は小鳥を放してやり、足下の針金を拾って、両手に持った。


 クククッ。

 探査棒ダウジングロッドは即座に作動し、銃口を上に向けて拳銃を構える兵士のようなポーズを取らせた。


 視界の隅に表示されるはずの、探査対象の現在地点を示す、グラフィカルな座標表示がどこにも現れない。

 不思議に思いつつも、大穴へ向かって続く、巨木がノされてできた道を歩き始めた。


 小鳥が、肩に止まってブルブルと震えだした。

 プルルルルッ♪ ガッチャ♪

 ピピチュイ?


「お、どした? 痛って! つっ突くなよ!」

 くちばしで耳たぶをツツかれた。

 小鳥を掴もうとしたけど、俊敏なフットワークで避けられた。

 かといって逃げるわけでもなくて、俺の手を押しのけて、自分の頭を俺の耳に押し当てて来る。

 何甘えてんだ、ちょっとカワイイとか思ってたら、……人の声が聞こえてきた。


「えー? だーれー? 眠いんだけどー?」

 この、悪い意味で適当・・な口調。


「その声、―――コウベか?」

 フルダイブ中には、いろんな通話形式が使える。

 けど、こんな接触通話形式は、今まで話にも聞いたこと無え。何てのこれ?

 小鳥電話?

 羽毛がこすれてくすぐったいけど、コウベとの通話を優先して、俺は耐えた。


「あっれー? シルシじゃん? 今ドコ居んのー? まだ、大深度田舎ー?」

「大深度田舎っ!? なんだ、その謎ワード」


「こっちは真っ暗で何処だかわかんない。さっきまで、刀風カタナカゼが居たけど、青いのも、ワオンみたいなのも一緒に居たから、もうヤられちゃったと思うー」


「こっちの話ぜんぜん聞いて無ーな。真っ暗? どういう状況だよ? 刀風カタナカゼは撃破されたのか?」


「……鋤灼スキヤキ~」


「……おい、今、子供みたいな刀風カタナカゼの声がしたぞ!?」


鋤灼スキヤキ~」


刀風カタナカゼ!? 無事か!? 生きてるか? まあ、撃破されてねーなら、生きてるか……」


「あれ? マジで鋤灼スキヤキの声してね?」

 子供声が大きくなる。


「おう俺だ俺。小鳥電話でコウベと話してる」


鋤灼スキヤキか!? 俺だぜ俺!」


「小鳥、スピーカーホンか、映像空間パーティーチャットになんねえか? これ耳がくすぐったい」


「ムリムリ。小鳥になんて、プッッハッハ! ……あー可笑しかった! ……―――スャァ」

「おい、なんだその寝付きの良さ」

 スリープ状態か何かに入ったんじゃねーだろな。もう、俺が刀風カタナカゼと映像空間開いた方が早い、と思った瞬間。


 プオオオワァ―――コォオン♪

 小鳥が鳴って共鳴ハウリングを起こした。


「うるっせーーーーーーーっ!」

 なんだってんだ!?


 小鳥をつかむと、なんか様子がおかしい。

 置物みたいになっちまって、足下の四つ並んだ『てん』がだらりとぶら下がってる。


「うっわ、また漢字か!」

 怖っわ! なんだよコレ。恐ろしーな。


「ブオォォォォォォォォォン!」

 風切り音に顔を上げたら、目の前にでた。巨大映像空間が。

 その中央、簀巻すまき状物体の上に乗った魔女っ風が見える。

 そして、上から落ちてきた青鬼と、地面すれすれに急接近してきた、オウガニャンに挟撃きょうげきを食らった!


「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴン! ドドゴン、ゴゴガン、バガガガァァァァァン!」


「あああああっ! ―――あ?」

 確かに打撃のエフェクトが表示されてたんだけど、何故か刀風カタナカゼたちは無事だった。

「あっぶねーっ! 助かったぜ? その声、鋤灼スキヤキだ、ぜ! 直接呼んでも繋がらなくてよー」


刀風カタナカゼ、お前何してる?」


「は? 今、……青鬼にネコ掴みされてる」

 刀風カタナカゼは首を回して背後を、確認した。


「分かってる、見えてるからな」

 よし。コイツら、刀風カタナカゼを撃破するつもりは、無えみてえだ。


 刀風カタナカゼを掴んでる狛丑コマウシ

 その横で、簀巻き状物体を担いでいる、オウガニャン。

 簀巻き状物体には、太い荒縄みたいのがくっついてて、光る岩石と引っ張り合ってる。

 ボスクラスエネミー? コイツがエリアボス?

 光る岩石は、その表面に穿うがたれた、大穴から破片をボロボロこぼしている。

 コウベのヤロウが見当たら無えーけど、この際構わねえ。


 目の前、地面から浮かび上がった透明な円筒は、直径10メートル、高さは半分くらいの映像空間パーティチャットだった。

 白焚シラタキが使ってた業務用の映像通信環境並の広さ。展開されたソレは少女カタナカゼの周囲を、広範囲に映し出してくれてる。


「こりゃ、いいな! 小鳥、お手柄だ、……小鳥? また漢字? 大ジョブかー!?」

 『小鳥』を掴んだまま軽く振ったら、羽毛が、わさりと、生えて、元の抹茶球になった。その額に通話マークが点いている。

「動かなくなっちまった」

 とりあえず脇腹スロットに格納しようとしたら、映像空間が揺らぐ。

 ダメだ、仕舞っちまうと通話状態が解除されちまいそうだ。


「仕方ねー、体の外にくっ付けられるアタッチメントは……頭の上に1個有ったな」

 俺、シルシボーグは、頭の天辺に、抹茶色の小鳥を設置。

 小鳥+鋤灼少年メジロマン、再誕! これで、両手武器も使える。


 見れば、簀巻きスマキ状物体オブジェクトにも通話マークが浮かび上がってる。

「あれが、コウベか!」

 状況は分からねえけど、分かった・・・・


「ドコ居んだよ!」

 わめく少女カゼ。 


「悪い、そっちからは見えないのか?」

 接続状況が少し入り組んでっから、刀風カタナカゼ主観・・なんて、想像付かん。

「だから何処だよー。一人にすんなってんだぜー」

「とりあえず、音声だけで我慢してくれ。こっちからは見えてる」

 見えてねえのか。映像は一方通行いっつうだ。


「……それにしても、おまえさ、なんか妙にカラッ風っつうか、ナヨッ風っつうか」

「だってよー。ふつうの雑魚戦じゃなくて、エリアボスみたいのとばっかり、やり合ってんだぜー。コウベとか、青鬼とかよー」

「コウベは、ボスじゃねー……いや、中ボスか?」


「笹ちゃん先生達も、来ねえしよー」

「先生らは、俺のHMDの調子見るのに、協力してもらったから、そっち着くまで時間掛かる。すまん」


「んだよ、しゃーねーな。じゃ、お前でいいぜ、鋤灼スキヤキ……」

 見ている間にも、刀風カタナカゼを巻き込んだ戦場が移動してく。

「助けてくれ!」

 ズドドドドドドドド!


「こっちは、大深度田舎だ。手が出ねえよ」

 狛丑コマウシは、刀風カタナカゼの小さな体を振り回すだけで、攻撃を加えて来ない。


「大深度田舎ー? なんだぜ、その謎ワード。あ、オマエ今どん底だっけ。忙しくて忘れてたぜ。じゃ、なんか、アイデア出してくれってんだぜ」

 映像空間の背後は、ゴツゴツした草むらから、舗装された街道に変化してる。


「どん底じゃねえ。かっこよく地底世界とかって言え!」

「はー? じゃ、大深度田舎な」

 刀風カタナカゼは置かれてる状況に、取り乱してるけど、元のポテンシャルは高い。

 俺との会話でもう復活して来てる。

 ただ、アイデアとか言われてもな。

 ―――『プレイボタン』が、無けりゃ、俺なんか、ただのポンコツだ。


「あ、今、ラージケルタ居―――!」


 不意に、刀風カタナカゼの声が、遠くなった。

 オウガニャンが、すれ違いざまに、突っ立っていたラージケルタもえるとかげに、簀巻き状スマキ物体オブジェクトをパスしてくれやがった!


「なにしてくれてん―――!」

 俺の視界、直径10メートル位の円筒から消えていく青鬼とオウガニャン。

 そしてもちろん、青鬼に捕まってる、刀風カタナカゼも消えた。


「あーどうする!? コウベ起きろ! オマエしか、ソコに居ないんだからよ!」

「……―――スッカーッ……」

 就寝中の、簀巻すまき状物体に、俺の声は届かなかった。


「ボッワワッ? ニョロロロロリ?」

 華麗にスルーされた俺の叫びは、燃えるトカゲの耳に届いた。

 左右を見渡している。


「おまえの耳に届いてもなー!」


 コカ……コカ。

 なんか聞き覚えのある、打鍵音キータイプ


「ワルコフかっ!?」

 一瞬、宇宙服の方のワルコフかと思ったけど、違ったっぽい。


 ■_

 爬虫類顔のアイコン表示がトカゲの頭の上にポップアップポコッた

 灼熱の炎をまとう、でかいトカゲの指先が動いてる。


 ■ドc_

 ■ドチラ_

 ■ドチラサマ?_

 コカカココ、タン♪


 表示された文字チャット。

 小鳥電話の、”一方通行型巨大映像空間パーティーチャット”の機能か!?


 ダメもとで、いや、―――元からするつもりだった話を切り出すなら、今だっ!


「あの? 俺、えっと、―――『@SIGN†ORGE』って言います!」

 天才キャラの、キャラづくりってのは、内部処理的にどんな出来だろうが、目敏めざとくて、抜け目ないもんだ。

 設定上、IQ270を誇るラージケルタ相手に、駆け引きしても仕方ねえ。


 ■@SIGN†ORGE?_

 ■アー、シッテルシッテル、ラージケルタ、ソレ知ッテルヨ_


「は? 俺を知ってる?」

 想定外の返答が、戻って来やがった!


 ■”☆”ジャ無イ方デショウ?_


「””じゃ無い方? ……なんだそれ? ……って、”SIGNほしORGE”の事言ってんのか!?」

 俺のこと、つか、俺のIDを知ってる!? しかも俺が欲しかった『間に”ほし”が入ったサインオーガ』の事を、知ってるだと?

 なんだコレ、このゲーム初めてから、なんだコレばっかりだけど、―――なんだコレ、どういう状況だ!?


 けど、頭を抱えてる暇を、このゲームスターバラッドは、与えてくれなかった。

 映像空間の中央で、コウベを抱えてた燃えるトカゲが、画面の外へすっ飛んで行っちまった。

「あッ―――っ!」

 すっげー勢いで、岩石ボスが逃げてんだな。


 ゴッガ! ゴゴゴゴッゴツ!

「―――クカーーッ」

 簀巻きスマキ状物体オブジェクト野郎コウベは、タイル張りの街道に叩きつけられて―――も、起きねえ。

 ブツカる度にノイズが走るから、この映像空間は、システム自体の機能じゃねーのかもしれん。コトリとコウベ由来のリアルタイム通信、……いいのかコレ?


 ラージケルタに抱えられていたからだろう、プスプスと簀巻きスマキ状物体オブジェクトから、白煙が上がっている。

「―――クカーーッ」

 全身をいぶされても、―――起きねえ。

 コウベ~小鳥間の自前・・の映像空間を維持するのに、内部リソースをフル稼働させてんのかもしれん。


 なんかもう、俺に、出来ること無えなー。

 しばらく、コウベが跳ねる様を眺めてたら、遠くの背景に湖が見えてきた。

 これは映像空間の特徴で、書き割りみたいな遠景が、背後にハメコミ表示される。


 進行方向を反対側から覗いて見た。

 ……土煙の演出が邪魔して、何も見えない。


「先生達、来るまで、放っとくしかーなー」

 俺は元の位置に戻り、段ボールみたいな質感の地面に、ゴロリと横になった。


 たたた、だだだ、どかどかどかっ!

 フェードインしてくる足音。

「ちょっと化けネコ、ついて来るなってのっ!」

 引き回され中の、簀巻きコウベを華麗に飛び越え、駆け抜けていく、三角帽の海賊。


 ぺたたたたたっ!

「待つコフーーーッ!」

 ぎゅむ、ぺたたたっ!

 海賊を追跡する謎のネコ耳メイドさんは、何故か忍び足コソ泥走りだった。


「今、しっかり、踏んでいったなー」

 俺は起こし掛けた体を、もう一回横たえた。

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