17:ノベルダイバー

0・5:ノベルダイブ

 目の前に 表示される文章を 声に出さずに 頭の中で 音読してください


「表示されるって、この文庫本のことか?」

 言われるままに、真っさらの量子メモリPBC2個・・セットしたら、VRHMD巨大おはぎの頭頂部が開きやがったのは、―――覚えてる。

 そん中に、入ってた、一冊の小さい本がたしか、こんなだった気が。


『ノベルドライブ TM Ver:0.3.13r2』

 表紙に、達筆な手書きのタイトル。万年筆で書かれてて、なんか朱色。

 読書感想文の、添削てんさくなんかが、頭をぎった。

 手に取って、ひっくり返したら、裏表紙表4向日葵ひまわりとスイカの絵。写真みたいに上手いけど、何でかクレヨン画だった。

 なんか、”夏休みの宿題・・・・・・”みてえ?


 俺が居るのは、コンビニ部屋よりも小さな、本当に物置部屋という形容がぴったりな小さな空間。3畳くらい?


 俺は、真っ白い長袖Tシャツを着て、真っ白い膝丈ひざたけのショートパンツを履いてた―――いつ着替えたっけ?

 靴下は履いてねぇから、絨毯敷じゅうたんじきの感触があしうらに伝わる。

 幾何学模様きかがくもようの絨毯には、なんか見覚えがあったけど、まあ、どうでもいいや。

 窓は無くて、椅子も無え。壁は板張り、天井は壁紙の模様が真っ青で、一瞬、天井が抜けて空が見えてるのかと思った。

 しばらく、天井を見上げてたけど、壁紙自体が発光してるおかげで、部屋の中が明るいってこと以外は、普通だ。鳥も飛んで無えし、雲も流れてこない。


 目の前のテーブルには、引き出しが付いてたけど開かなかった。

 俺は文庫本を、その上に戻して、せーのと、力一杯取っ手を引っ張ってみた。

 びくともしない。

 俺は、へこたれ、床にしゃがみ込んだ。


「これ、どうなってんだ? 何かないか?」


 目の前に 表示される文章を 声に出さずに 頭の中で 音読してください


「―――表示されるって、この・・文庫本のこと……だろなー」

 俺はもう一回、手にとって、ページをめくってみた。


 ぺらり。

『彼の地に万有が降り立ち、地に手を伸ばすなりけり。』

 めくった、本文1ページ目。

 これ、スターバラッドのCMの文句コピーだろ?

 ”降り立ち”の後に続きがあったのか。”地に手を伸ばす”って、どういう意味だ?


 ぺらり。

『指先の切り傷から、したたり落ちる血の色は何色です。』

 本文2ページ目。

 です。って言い切っちゃってるじゃんな。なんだこれ?


 ぺらり。

『室温と、土鍋の関係性N.N.について、30文字以内で、簡潔に述ベルドライブ。』

 本文3ページ目。

 室温と土鍋の関係性N.N.ってなんだよ?

 は? 述べるどらいぶ……ってダジャレか?

 なんだこれ、言いたいだけかよ!?


 ぺらぺらぺらり。

『ボタンを押してくだりは筆舌包みを打ったー。センターフライで、ゲームカセットへの落書きは、256文字まで許容範囲をちゃんと予習してきてくだりは筆舌包みを打ったー。センターフライで、ゲームカセットへの落書きは、―――』

 本文6ページ目。

 ぺらららっらららららららららり。

 指先で弾いて、先のページを見た。

 ずっと同じ文面が、ループしてて、所々、”■ーム■■ッ■”って伏せ字にされてた。


 なんだこれ、っつか俺何やってる。何やってたんだっけ?

 こんな、モタモタしてっと、禍璃マガリのヤロウが、蹴っ飛ばしてくる。

 いそげ、禍璃マガリって誰だ?

 ぺららららっらららららっらっらららっらららららららららららっららららららりっ。

 ループ文面は続いていく。


「あ。挿し絵」

 ぱらっ。

 俺は行きすぎたページを、めくって戻った・・・・・・・


 そこには、魔法使いの少女が”森の木の怪物”と戦っていて、空にはウシが飛んでた。

 どういう話だよ。俺はちょっと興味を引かれた。

 よく見れば、怪物が飛ばしてきた丸太を、猫が猫パンチで叩き落としているシーンだった。この猫は、魔法使いの家来かもしれねーな。

 しっかし、ほんと、どういう話だ。俺はすでに面白くなってた・・・・・・・


 目の前に 表示される文章を 声に出さずに 頭の中で音読してください


 挿し絵のページをめくると、さっきは普通に、ループ文面だったページの真ん中に、鍵みたいなのが、立体的に描かれて、つかコレ、ページくり抜かれてて、本物の鍵じゃん。


 視覚野をメインターゲットとして複製する のではなく言語野をメインターゲットとして リアルタイムに運用します


 俺は、文庫本から鍵を取り出した。


 絶えず 脳裏で 文字列を 読む 必要が あります


 この部屋には、ドアも窓もない。あるのは鍵と本とテーブル―――。


 読者の 想像を 超えた VR感覚も 再現不可能 代替イメージに 置き換わる ことに なります


「鍵穴有った! 引き出し!」

 俺は、鍵穴に鍵を差し込んだ。


 がたたっ!

 引き出しの中には、10センチくらいで全身緑色の、仏像みてーのが、転がってた。


「つまり キサマの イメージ想起そうきが カスなら 隆起りゅうき出来んと いうことだ! ダイブオンすること まかりならぬぞ!」

 フハハハッハハハッハハハハッハハッハハハッ!

 小さな部屋で、どんどんと大きくなっていく笑い声。

 うるせー。俺は、俺を指さす生意気な、小さな仏像を掴んで、床へ落とした。


 ぱりーーーん!

 中から緑色の液体みずが、飛び散った。

 仏像の大きさからは信じられないほどの、大量の液体。

 ちょっとだけどろりとしてて、ゆっくりと円形に広がっていく水面。

 俺の裸足の指先に届く。

 水面がうごめき、緑色のトゲトゲが出現する。

 足を登ってくるトゲトゲ。うっわ、気色わる!

 飛び退いて、壁まで逃げたが、時すでに遅しだ。

 すぐに俺の全身が緑色になった。

 トゲがどんどんと育っていく。トゲの長さの分だけ俺の体が持ち上がっていく。


 目の前に 表示される文章を 声に出さずに 頭の中で 音読してください


 俺は、部屋の内側とテーブルと一緒に、緑色のトゲトゲになった。


 光源だった天井が浸食され、室内は薄暗くなる。

 かろうじて見えている視線の先、文庫本だけは浸食されずに、トゲに持ち上げられている。

 いつの間にか、文庫本には帯がつけられてた。

 その文面はこうだ。


『トポロジックエンジン・イグニッション!』

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