1:ノベルダイブの功罪

 段ボールみたいな質感の広大な空き地。そこに寝転がり、目の前の光る円柱を眺めているサイボーグ。円柱の直径は彼のサイズと比べると、約10メートルほど。

 輪切り形の円柱ひかりは、サイボーグの頭上、斜めになった頭の天辺から照射されている。頭上にアタッチされた小鳥型プロジェクターは、彼にとてもとてもよく―――似合っていた。


 その、巨大な映像空間に、猫耳ヒューマノイドと、悪夢のナイトメア処刑人エクスキューショナーが駆け込んできた。


「先生!? 先生! 歌色カイロさん!」

 灰色髪のサイボーグが飛び起きて、必死に叫ぶ。


「あらぁ? いまぁ、何かぁ……」

「……え゛らい、間゛の……抜けた声゛が、聞こえ゛……ま゛したな゛あ?」


「先生! 先生! 歌色カイロさん!」

「……この゛、引゛きず……られ゛とるの゛・ から゛、……聞こえま゛すな゛」

 メカ猫耳とB級映画のクリーチャーが、そろって、簀巻きスマキ状物体オブジェクトに併走する。


「先生!―――」

「ひょっとしてぇ、……鋤灼スキヤキ君ー?」


「はい! 1年X組、出席番号14番。”鋤灼スキヤキシルシ@彼女とカンパ募集中”です」


「この゛、フザケた口調゛……間違いな゛いどすな゛」


「よかった! 今、俺、誰とも通話できないんですよ」

「えー? そんな訳…… ポポン♪ ブー♪……あらやだぁ、ほんとぉ。繋がらないわぁ」

「……ポポン♪ ブー♪ ……こっちも゛繋がりま゛へんな。先生、こらぁ―――『ノ゛ベルダイブ……の゛功罪゛』どすな゛」

「ノベルダイブの功罪? なんすかそれ?」


言語野経路ノベル隆起ダイブ型ドライブによるぅ、フルダイブって言うのわぁ、つまるところぉ、被験者・・・のぉ脳の言語野部分にー、フル介入・・・・してぇ、半強制的・・・・にー夢を見てもらっているようなぁ状態なのねぇ」


被験者・・・フル介入・・・・半強制的・・・・なワードのオンパレードすね」

 会話中も書き割りの背景は、流れ続けている。

 すぐそこに、大きな湖が見えている。


「でー、夢見・・なんてぇ、各個人のぉ主観ですらない状態じゃなぁい? とうとう最後まぁでー、一般化出来なかった・・・・・・・・・ってぇ話のぉ続きなんだけどぉー」

 少年の杞憂きゆうなど気にした様子もなく、説明は口速くちばやに続けられる。


「VRシステム機能にー多少のぉ、欠損や拡張が生じます。―――しかも必ず」


「必ず!? なんか怖ぇ」

「むしろぉ、通常のぉノベルダイブ状態とぉ言えまぁす。なのでぇ、身体やぁ脳へのぉ負担も影響もぉ問題無いですねぇ」

鋤灼スキヤキは゛んの場合は゛、……通信機゛能に欠損、……制限゛が生゛じてま゛う……よう゛どすな゛あ」


「そしたら、俺に拡張されたのって何ですかね? ……バトルレンダは、元からだし」


「今のぉところー、分かぁりませぇんねぇー」

「ひ゛とま゛ず、置゛い……ときま゛ひょか」


「分かりました。すんませんでした。俺のHMDで時間取らせちゃって」


「いいんですよぉう。……あれぇ? じゃぁ、この音声会話・・・・って、誰が繋いでるのぉ?」


「それはコウベと小鳥が、ヤってくれてます。動かなくなっちまってるけど、大丈夫っすよね?」


「コウベちゃぁん? ココ、誰もー居ないわよぉ?」

 VR専門家とくべつこうしVR設計師たこやき大介は、辺りを見回し、やがて、足下の簀巻きスマキ状物体オブジェクトを見下ろした。

 物体上にポップアップしている、光る通話マークが、明滅している。


「……とりあえず、火も消えたみたいなんで、そこのぐるぐる巻き拾ってもらえますか?」

 火? と首を傾げつつも、言われるままに、簀巻きスマキ状物体オブジェクトを担ぐ2人。

 物体は、繋がっている荒縄に引っ張られている。定期的に急加速して、定期的に停止している。その引きずられる動きに、ついて行く担ぎ手。


「これ、まさか、コウベちゃん? ……プグ、クスクス」

「また、ア゛フォな事゛……してはり゛ますな゛。……な゛にか、高負荷゛が……掛かっとる゛……よ゛うどすけど……まあ問題はな……プッ、いどす、……クスクスッ」

 動きにあわせていた、2人の足が鈍る。

 簀巻きコウベを、落としそうになって、慌てて走り出した。


「光る岩みたいなのの根っこに、巻き付かれて、身動きとれないだけみたいすけどね」


「コウベ、……クスクス、……達の、実行中゛のプロ゛セスを、……可視化゛する゛ことなら゛コッチでも゛……できますな゛……クスクス」

 細身の巨漢で顔面骸骨のフェイスガード。悪夢のナイトメア処刑人エクスキューショナーは、AR・VR両対応の腕時計型デバイスを操作している。

 それほど重く無いのだろう。簀巻きコウベを、肩に乗せて、両手を使っている。


「あ、そだ、その辺に、でっかいトカゲみたいなの、居ませんか!?」

「さっき戦闘フィールドォにー、いた人ぉー?」

「ヒトじゃないけど、そうです、でかいトカゲ。さっき話したんですよ」


 キョロキョロする、猫耳ヒューマノイド。

 その造形すがたは、PLOTーANメインヒロインと並んでも遜色そんしょくが無いほど美しかった。制作サイド所属のプロが、連綿れんめんと作り上げてきた身体パーツを、環恩ワオンが厳選し、磨き上げた結果だった。


「だれもぉ、居ないわよおぉー?」

「でも、話゛できたなら゛、鋤灼スキヤキはん゛の交渉も゛、うまく行゛くかもしれ゛へんな゛ー」


「なんかアイツ等、その根っこの本体・・を、追っかけてるんで、なんとか追いついてもらえませんか?」


「わかりましたよぉー」

「了解゛どすえ゛」

 加速していく、簀巻き状物体ヨネザワコウベご一行様。


 ピピピ、ピーン♪

「あ゛、鋤灼゛スキヤキ゛は゛ん、……映゛りま゛したえ」

 シルシの前の巨大映像空間の中、簀巻き御一行様の、横に表示された小さな映像空間。現在、コウベ側のカメラ機能は正常に働いていない。

 そのため、再構成された映像は、少年が見ているモノと同じだった。

「なんとか、……鋤灼スキヤキ゛はん゛……が映る゛ように……してみ゛ま゛ひょか」

 デバイスの小さな盤面上で、異様な長さの指先を、せわしなく動かしている。 

 映像の座標を、骸骨カイロ外周へ・・・寄せているようだった。

 小鳥を作った本人たこやきだいすけの手に掛かれば、小鳥電話の解析くらい、朝飯前なのだろう。


「おお、映った? けどこれ、……小鳥電話通信プロトコルに、プロテクト掛かってねーのか? ……かまわねえけど」

「あ、ほんと、映りま―――ブプーーーーーッ、プークス!」

「どな゛いしま゛したん゛先生゛? ―――ブブーッ! ケタケタケタ!」


「どうかしましたか?」

 小さな映像空間の中で、少年の首から上が・・・・・、大映しになっている。


「―――鋤灼スキヤキ君ー!? ……プークスクス……先生ぇ、不意討ちはぁ、卑怯だとぉ思うのぉー! あははっ、カワイイッ」


鋤灼スキヤキはん゛! やめ゛なはれ゛! ……プブーーーーッ……そう゛いう゛の今時゛、……流行゛りま゛へんえ゛!?」


「は?」

 首を傾げる、灰色髪の一見格好良くも見える、少年サイボーグ。

 その頭上に設置アタッチメントされた、抹茶色。

 まるまるとした、そのフォルムの頂点。

 小さな両目が光っている!


 ピッカーーーーーーーーーーーッ!


「やめてー、鋤灼スキヤキ君、あんまりーしつこいとー、と、特講のぉ単位あげませぇんよぉぅー!」

「もーっ! ええかげん゛にしぃーや゛! ……神々゛しすぎて、邪魔! なにその光線゛!」


 む。少年の顔に、わずかに浮かぶ反抗的な表情。

 少年は、最近覚えたばかりの簡単なステップを披露する。

 が、彼のダンスチーム、”顔の長い猫たち”とは、はぐれてしまっている。


「「・・・・・・」」

「さ、先生゛、さき急゛ぎま゛ひょ」

「そうしましょぉ」


 むむ。スルーされた少年は、片眉を傾けた。

 動きを止め、大きく息を吸い、大きく息を吐いた。

 屈めた体と一緒に、小鳥の放つ光線が下を向く。

 少年の前の巨大な映像空間は移動しない。どうやら、実際に光線から投影処理されているわけではないようだ。


 少年の静かな動きに、彼女たちは、つい視線を向ける。

 視界の隅で、動く気配を感じたらしいサイボーグ。

 彼は、笑い上戸じょうごな、彼女たち向けの敵対行動に移った。


「俺のー拳がー、へいへい♪」

「闇夜を切り裂くー、へいへいへい♪」

「俺は俺は、とぐるおうがぁー♪」

「へいへいへいへい、おぅおうぉうおおう♪」

 くるり。

 背中を向け、遅れて回る腰つき。


 巨大な映像空間の少し上空。

 ■

 現れた小さなアイコン。

 特に美声ではない歌声に、反応する文字チャットけはい


 カタカタカタタッ―――カタンッ。

 ■シッテル、ラージケルタ、コレシッテルヨ_

 カタカタカタタタタタンッ。

 ■コレハ、トグルオウガノ、テーマソング_


「飛べ! 降りろ! ツノが生えたら空中ダッシューゥ♪」

 なに、この歌、だっさ! ヒソヒソヒソ。

 あてえは、聞いたこと、ありますけど、……下っ手くそやなぁ。ヒソヒソヒソ。

 息をひそめ、それでも、目が離せなくなっている、女性2名。


「へいへいへいへい、おぅおうぉうおおう♪」

 くるり。

 前を向き、急にモデルウォークで前進。

 バッ! スタタ、シュバッ! スタタッ、ババンッ!

 2歩進む毎に、鳥や蛇や猫のような、形態模写ポーズが、次々とカットインされる。


歌色カイロさぁん。あれぇ、何してるのぉかしぃらぁ? ―――ヒソヒソヒソ」

 猫耳ヒューマノイドが、隣にいる、悪夢の処刑人の腕をつかむ。

「わ゛かり゛まへん゛けど、……たぶん゛、ゲームの゛OPオープニング……の゛つも゛りみたい゛どすな゛ぁ―――ヒソヒソヒソ」


「へいへいへいへい……♪」

 くるり。

 再び、背を向け、遅れて回る腰つき。


「おぅおうぉうおおう……♪」

 腰つきを維持したまま、正面に戻る。

 そして、猫耳てのひらツノ人差し指を交互に頭上に突き出し始めた。


 怪奇舞踏オープニング映像は、最後の局面へ到達したっぽい。

 トグルオーガタイトルロゴの中央、<鬼>の文字。

 そこから生える、猫耳とツノを、表現したかったのかも知れない。

 ツノの時・・・・の、ぎこちない険しい顔。

 ツノを表しているらしい人差し指・・・・が、小鳥のふくよかな羽毛に届く。

 ビョッ♪ ビョビョッ♪

 そのたびに、漏れる、にごったさえずり。

 ビョビョビョッ……ビョェックション♪

 舞う小さな羽毛。

 羽毛は、少年の鼻に吸い込まれ、ビェクショーーイ!


 少年サイボーグは、その外装を使い始めて2日目だ。

 驚異的な適応を見せているが、外装に設定されている、全ての、身体操作を完璧に行えるわけでは無い。


 カシュンッ!

 ―――不意に、背中の武器弾薬スロットが開いた。

 ―――左脇腹の辺りへ、飛び出す、細い補助腕サブ・アーム

 但し、本人の意思とは無関係に、飛び出したためか、その勢いが強すぎたようだ。

 斜め前方へすっ飛んでいった、超小型の単発銃装弾数1/1を、慌てて追いかける。

 踏み出した脚にもある、武器弾薬スロット。

 飛び出す、単発銃。空中に浮いた、それに顔面から激突。

 顔を押さえようとした、両腕からも、単発銃が、上空へ射出される。

 それからは、彼の、いや、彼らの・・・独壇場どくだんじょうだった。


 痛でっ! ピギャッ♪ カシュカシュカシュン!

 ドカ、ドゴ、ドッゴン! ビャ、ビュ、ビョヨヨヨォオン♪

 カシュン、スッポーン! ボゴボゴボッゴオン!

 うでっ、あしっ、わきばらっ!

 ビビビ、ビビビビビッ♪

 いででっ、いででででででっ!


 ガッシャン! ゴッシャン!

 次々と伸びる補助腕サブ・アームに翻弄される。


 ゴト、ゴト、ゴト、ゴト、ゴトゴットン、―――ゴロ、ゴロ、ゴロロロロロッ!

 ビョンビョンビョォォォォォォン♪

 単発銃をばらまきながら、ひたすら地面を転がっていく。


 普段どちらかといえば、寡黙な少年が、キレッキレだった。フルダイブ中の意識拡張ブーストと、意識閉塞バイアスも影響していると思われる。

 刀風カタナカゼ少年が、女々しくなってしまうのも、同様の影響によるものと推察される。

 だが、ひょっとしたら、これこそが、彼にとっての、”ノベルダイブの功罪”、なのかもしれなかったが、本当のところは知る由もない。

 それと、最後の補助腕サブ・アームアーツは、彼の意思によるモノでは無い。不可抗力というモノだ。


 ゴッツン! バタ、バタリ。

 息も絶え絶えに、陥落した担ぎ手2名。彼女たちは、無惨にも地面に横たわった。

 頭から落ちた、簀巻き状本体ヨネザワコウベは、通話マークの周りに星を回転させる。

 気絶したピヨッたコウベから、遠ざかる2名。

 フレームアウトした2名を置いて、コウベ状物体カメラフレームは、引きずられていく。

 直後、砂嵐スノーノイズと化す、巨大映像空間。

 ちなみに、スターバラッドの世界には、アナログ放送は無い。ゲーマー特区にも無い。


「痛ってーーーーなっ! ……あれ? いつの間にか映像空間、消えちまってる!?」

 少年は、しばらく眺めていたが、やがて、散乱する武器を格納しはじめた。

 ソレが終わると、再び横になった。

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